第146話 輸送トライ

「ん、輸送のクエスト失敗の原因調査?」


 今日俺の所にきているのはカイエン隊の面々だ。

 それと商業ギルド長のシャレードだ。

 相談内容は輸送中に鉄の防具に傷がついてしまった原因の調査だ。

 商人側は依頼した内容の未達成としたいらしいが、カイエン隊は自分達に非がないと主張しているのだ。

 そこで俺の所に相談が持ち込まれたというわけだ。


「商業ギルド長が出てくるくらい重要な事なんですか?」


「暇なのが俺しかいなくてな」


 シャレードが来たのは単に暇だかららしい。

 それはそうとまずは現物の確認だな。


「傷ついた品物はあるか?」


 そう訊ねると、シャレードが後ろの箱から擦れ傷のある盾と鎧と兜などを出してきた。

 まあ、どう見ても擦れ傷だな。

 筋が一本二本ではなく、面で擦れて研磨されたようになっている。


「これは出発時にはなかった傷で間違いないんだな」


「ああ。俺達も確認しているから、それは間違いないよ」


 カイロンがそう答えるならそうなんだろうな。

 最初からついていたと言えば、自分たちの失敗にはならないはずだから。


「シャレード、いつもこんな擦れ傷ができたりしますか?」


「いいや、そんなことはないぞ。いつもこんなことになるなら、梱包をもっと丁寧にするだろう」


 その通りだな。

 慢性的にこんな傷ができているなら、梱包で対策するだろうし、今回のクエストだって失敗だと騒がないだろう。

 やはり異常が起きていたはずだ。


「できれば輸送トライをしてみたいところだがなー」


「輸送トライ?」


 俺の言葉にカイロンが反応する。

 輸送トライを知らないようだな。


「実際の道のりを、実際の荷姿で運搬して問題がないかどうか確認する行為だ。今回のルートを実際にたどってみれば、どこで傷がついたのかわかるかもしれないぞ。まあ、時間がかかりすぎるからやらないけどな」


 輸送トライの結果提出を要求する会社もあるので、量産開始前には全て輸送トライを行っている。

 傷や形状不良は事前に全て確認し、輸送トライ実施後に、再び全数確認を行う。

 これにより、輸送時に不具合を発生させたかどうかを検証するのだ。

 国内だろうと海外だろうと実施しているぞ。

 これはきちんとやっておかないと、不具合の切り分けが難しくなるからな。

 部品欠品なら間違いなく製造工程なのだが、傷や形状不良の発生場所の特定は難しいからな。

 今回はそんな時間もないので、代わりに別の試験を行う。


「振動試験をやってみようか」


「振動試験?」


 今度はシャレードも知らなかったらしく、俺に説明を求めるような視線を送ってきた。

 振動試験とは、一定の周波数を製品にかけて、耐久性などを確認する試験だ。

 共振点の確認を行って、その有無から振動試験内容が決まる。

 JIS規格にも乗っている試験方法だ。

 自動車部品振動試験と包装貨物で試験方法が違うらしいのだが、あいにくと自動車部品の方しかやったことがない。

 自動車部品の方は車体の揺れを想定して振動をかけるのだが、割とよく振動で製品が破壊される。

 ただ、直ぐに破壊されるわけではなく、暫く振動が続くので、その間ずっと待っていなければならないのだ。

 あれってうるさくて嫌なのよね。

 

 さて、そんな感想はおいといて、今回はスキルに【振動試験】があるので使ってみよう。

 ここだとうるさいので、訓練所を借り切ってそこに振動試験機を作り出す。

 そこに輸送時と同じ荷姿で防具をセットする。

 試験治具もスキルで作ってあるから楽ちんだ。

 その事をシャレードとカイエン隊に説明した。


「そんなことでわかるのか?」


 とカイエンが心配したが、再現するかどうかはやってみないとわからない。

 俺はやってみようと説得し、準備を完了させた。


「これで試しに40ヘルツをかけてみましょうか」


 振動を40ヘルツにセットして、試験スタートだ。

 なお、ヘルツという単位の説明はしなかったが、雰囲気で察してくれたようだ。

 試験機からは直ぐにがちゃがちゃと金属が擦れる音がする。

 10分くらい放置して、そこで一旦試験機を停止した。

 そして防具を確認する。


「あー、元からある擦れ傷に印をつけておきましたが、他の場所にも同じような傷が新規で発生していますね」


「どれどれ」


 シャレードが防具を手に取って確認する。

 既についていた傷にはマーキングをしておいたので、新しい傷かどうか直ぐにわかるようになっている。

 マーキングの無い傷をみてシャレードも納得した。

 カイエン隊のメンバーも次々に確認をする。

 ヘルツ数を徐々に落としてみたが、40ヘルツから擦れ傷が顕著になるな。


「これで、特定の周波数以上で擦れ傷ができることがわかりましたね」


 そう説明すると、全員が頷いてくれた。

 しかし、40ヘルツの振動が馬車程度で起きるのかがわからない。

 運行日誌でもあればよいのだが。


「輸送中にいつもと違う変化点はありましたか?」


 カイエン隊に訊いてみた。


「急いで走るようなことはなかったな」


 とカイエン。


「盗賊やモンスターとの遭遇はありましたか?」


「そういえば、ハーピィと戦ったな。珍しいことだったぞ」


 ナイトロがそう教えてくれた。


「ハーピィのスキルに『超音波』ってのがあったよな」


 俺は以前シルビアに教えてもらったハーピィのスキルを思い出した。

 超音波とは2万ヘルツ以上の人間が聞き取れない音波である。

 工場だと超音波のキャビテーションを利用して、超音波洗浄を行っているぞ。

 メガネや指輪も超音波洗浄をするから、見たことがある人も多いと思うけど。


「あー、それなら危うく食らうところだったな。地上に叩き落して捕まえるときに、ずっと超音波を使っていたからな」


 カイエンがそういう。

 ああ、これが原因か。


「じゃあ、これはハーピィを捕まえる時にできた傷だな。だとしたらクエストは失敗だろう」


「え?」


 カイエンは呆気にとられたが、直ぐに正気に戻った。


「敵の攻撃で傷がついたんだから、護衛任務失敗じゃないか」


「そうか……」


 がっくりとうなだれる。


「振動での傷もこんなことになるのか。しかし、ハーピィが原因とはな」


 シャレードも納得してくれたようだ。

 さて、対策だがどうしようかな。

 振動で傷がつくなら梱包を見直せばいいのだが。


「さて、シャレード。対策として梱包を見直すことはできますか?」


「ハーピィとの遭遇なんて滅多にないことだから、そのために梱包を丁寧にしてコストアップというのは難しいな。それは冒険者の方で気を付けてもらうしかないだろう」


「そうなりますよね」


 というわけで、冒険者ギルドでの研修時に、ハーピィのスキルから商品を守る話を追加してもらおうか。



※作者の独り言

最近振動試験の最中に破壊されるのを待っている間って暇ですよね。

ついついスマホのゲームがはかどっちゃいます。

それがばれたのか、最近では振動試験の話がまわってこなくなりましたね。

輸送トライは全数確認するのが面倒なので、やりたくないです。

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