第147話 リバースエンジニアリング
今日はグレイスが豆腐ステーキを食べたいというので、コロラドの店に来ている。
オッティも一緒である。
お前ら、領地の復興が忙しいというのは嘘か?
「この味なら毎日食べたいわね。カロリーも少ないし」
グレイスは豆腐ステーキが気に入ったようだ。
店はいつも満席に近く、リピーターも多いので当然と云えば当然か。
「豆腐の製法を広める気はないの?」
「広めてもいいけど、にがりの調達が難しいだろ」
にがりの調整は製塩している地域にお願いしなくてはならない。
天然のにがり以外では、俺が作るしかないので、産業として広がるかは疑問だ。
「残念ね。こういうのは製法が広まればそれだけ新しいことに挑戦する人が増えるんだけど」
グレイスは心底残念な顔をする。
「豆腐は製法を秘匿しなくていいから構わないけど、軍事転用できる技術はそうはいかないよな。工作機械なんて公開したら新しいものが発明されそうだけど」
俺がそういうと、オッティは不思議そうな表情を見せた。
「最近は他国や他領からの間者がやってきているけど、情報は気にせず流しているぞ」
俺はその言葉を聞いて驚く。
「それってかなりまずいんじゃないか?」
「そんなことないだろう。1000年後のテクノロジーだ。たとえ図面を渡したとしても再現できないぞ。例えば電気メッキのラインだが、メッキ液の入った槽はプラスチックの一体成形だ。射出成型機も材料も、金型すらもないのにどうやって再現する?木や鉄じゃ酸でボロボロになるぞ。鍛造機だってそうだ。2000トンの圧力をかける機械を木で作れるとも?」
オッティは既に砲身用の鍛造機を完成させていた。
それは中世にあるような、水車を使ってハンマーで叩くような鍛造機ではなく、金型で上下挟み込みで成形する鍛造機である。
マンドレルを中心にセットして、ワンショットで砲身を成形している。
正直ワンショットは無いだろうと思うが、そこは異世界チートだ。
鍛造の砲身が量産できてるのだが、確かにこんなもん間者が持ち帰ったところで再現できる国などないだろう。
漏れても安心。
漏れる機密取り扱い体制に問題はあるだろうけどな。
「漏れても安心だから機密保持にはお金をかけてない」
あ、そうですね。
「リバースエンジニアリングもできないか」
「リバースエンジニアリングってなによ?」
リバースエンジニアリングを知らないグレイスに説明する。
「リバースエンジニアリングっていうのは実物から図面を作成する手法だ。鹵獲したり盗み出した敵の兵器から図面を作ったり、ライバル企業の製品を購入して分解して部品の寸法を測定するんだ。最近では3Dスキャナーがあるからとても楽ちんだぞ」
「そうなことしてるんだ」
「ああ。リーマンショックの時なんて、金型をスクラップ屋に売って夜逃げした会社も多かったからな。昔の部品で図面の残っていない奴なんかは、パーツセンターから部品を取り寄せて、リバースエンジニアリングでかなりの試作型を作ったぞ」
俺の説明にオッティも頷いている。
あの時は大変だったな。
とくに『シボ加工』が大変だった。
金型の表面に薬液を流して溶かし、わざと荒れさせて模様をつくるのだが、当然同じような模様にはならない。
ある程度の規格はあるのだが、全く一緒というわけにはいかないのだ。
そんなわけで、リーマンショック前後でシボが違うものがあるのだが、並べないとわからないので、なんの製品かは墓場まで持っていくつもりだ。
結構新しい部品だったけど、3Dデータのみで図面は残っていなかったのだ。
図面は夜逃げした会社しか持っていなかったからね。
当時、車両メーカーは3Dデータだけ作って、紙図面は作らなかったのである。
細かい公差などは製造メーカーしか持っておらず、同じものを作るのは至難の業だった。
何故なら、そんな作り方をしていれば、車両組付け時に干渉する問題が起きる。
そういう調整でプラス狙いだったり、マイナス狙いだったりと当初の設計から補正をするのだ。
今ある現物が中央値なのか、それともどちらかに寄っているのかは、立ち上げた関係者しかわからないのだ。
だからこそあそこの国がアメリカ製の兵器をばらして寸法取りしても、同じものを作ることができないのである。
なお、リバースエンジニアリングで作成した製品の成績書の提出を求められたが、そもそも公差がわからないので成績書は作成しなかった。
発注元が図面をおこすなら、それに沿って成績書は提出しますよと言ったら、そこまでの工数が確保できないから諦めますと言われたのだ。
あれから10年。
そろそろ部品もなくなるころだが、追加の依頼は来るのだろうか?
いや、異世界に転生しているから知ったこっちゃないんだがな。
「とまあそんなわけで、大戦中ドイツから入手した図面で部品を作ることが出来なかった日本みたいなもんだ。好きなだけ持っていったらいいさ」
オッティは情報の流出を全然心配していなかった。
そしてまた、思い出したのか
「そういえば、図面があっても組付け不良ってのもあったな」
と話をふってきた。
「あったあった。勝手に安い海外に転注した挙句、組付け不良で納品できなくなったから、徹夜してでももってこいって営業が客先で監禁されたやつな。よく恥ずかしげもなくあんなことができたもんだと感心したよ」
新規立ち上げ時に不具合が出て、部品を追加工したのだが、それを図面に織り込まずにそのまま生産し続けていた部品があったのだが、いつの間にか海外に転注されていたのだ。
結果、立ち上げ時と同じ不具合が発生して、慌てて日本でもう一度生産しようということになったのだが、そんな都合の良いことが通るわけもなく一旦断ったのだが、営業が客先の社長に捕まって部品と身柄を交換という事態に陥ったのだ。
メッキ処理も必要なため、メッキメーカーに特別料金を支払って、夜中に処理をしてもらったのだ。
これは自動車じゃなくて、とある設備メーカーの仕事だった。
自動車メーカーはここまでひどくはない……と思う。
あ、〇色の会社も似たようなことをしたらしいですが、怒った鋳造メーカーの社長が木型を燃やすところに立ち会っただけなので、真実はわかりません。
型を捨てたからもう無理ですって断るって言っていたな。
あ、自動車メーカーでも似たような話があったな。
転注後の部品があまりにも出来が悪く、担当の品質管理が「こりあーいかん」って言ってたとか。
パチンコ業界では「こんなもの使えないからすてちゃいな」っていうのもありましたね。
その後はグレイスそっちのけで、リバースエンジニアリングから転注の話になってしまいました。
※作者の独り言
勝手に転注しておいて、安いメーカーの品質が悪かったからといって、もう一回作れってよく言えたもんですよね。
泣きつかれても知らんがな。
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