第145話 設備投資してください。20年前のNCでどうしろと
オッティと鉄メッキを試してみたあとで、グレイスが相談があるというので、オッティと二人でグレイスの部屋にやってきた。
彼女の部屋はカイロン侯爵領領都にある城の中の一室だ。
私室ではなくて執務室であり、俺達が訪ねたときにはグレイスは書類に目を通していた。
「やあ、忙しそうだな」
俺はこちらには目もくれず、書類に捺印するグレイスに話しかけた。
「ごめん、呼んでおいてなんだけど、もう少しで終わるから待っていて」
「わかった」
そう答えてソファーに座る。
オッティはいつもの事なのか、既にソファーに座っていた。
やがて、書類仕事の終わったグレイスがこちらに来た。
「相談ってなんだ?」
「経済の立て直しをしたいのよ。復興に予算が食われていて、中々領地経営が上手くいかないのよね」
グレイスからの相談内容は領地経営についてだった。
どう考えても、俺の専門外だな。
「そんなことを言われてもなあ」
「設備投資の促進をして、経済を回していきたいのよ。設備投資の経験はあるんでしょ」
「それはあるけど」
設備投資は確かに景気に左右される。
景気が上り調子であれば設備投資は積極的に行われる。
何故ならば、投資した資金以上に利益が生まれるからだ。
不景気なのに設備投資をさせると、過剰設備が過剰在庫を生み、値崩れを起こす。
というのは一般的な話だが、実際には定期的に設備投資をして設備を更新する必要がある。
リースの最長期間が7年であり、その後再リースをするかどうかだが、7年前の設備と最新鋭機を比較すると、性能が段違いなので、最新鋭機を導入することが多い。
そのへんをわかっていない経営者は、安くて古い機械の方が、マシンチャージが安くなるから競争力が出ると勘違いしている。
不良とちょこ停が多い機械で最新鋭機と競争するなど、最初から勝負は見えている。
南北戦争当時の兵器と、最新鋭の兵器のアメリカ軍が戦えばどうなるか、考えればすぐにでもわかるだろう。
NCといいながら、いまだに紙テープのプログラムでどうしろと。
記憶媒体がフロッピーディスクになったぞって喜ぶ作業者も感覚が相当ずれてきているな。
というわけで、設備投資は常に行ってください。
「設備投資しようにも、資金がなければどうにもならないだろう。それに、重要なのは設備投資が金を生むと認識させることだ」
「それをどうしたらいいか教えてほしいのよ」
「紙でも砂糖でも金属加工でも特産にすればいいじゃないか。そのためにオッティがいるんだから」
俺がオッティの方を見ると、オッティも頷いた。
やる気満々だな。
「工房でできた製品を領で買い上げて、輸出はこっちで管理すればいいだろ。買い上げる金額によって経済をコントロールできるんだから。当面は買い取り金額を吊り上げて、職人になったら儲かると思わせればいいんだよ。バブルの指標の一つとして、大卒の初任給よりも、大工の初任給の方が高いってものがある。みんな職人になろうとすれば設備投資も活発になるだろ」
「ああ、それもそうね。早速取り掛かろうかしら」
「その前に、農業改革が必要だけどな」
「どうしてよ」
「みんなが農業をやめて工業に移行したら、誰が食糧を生産するんだよ。輸入に頼るのはこの時代だと危険だぞ」
ここらは換金性のよい作物の導入も一緒だ。
米や麦の生産をやめてまでそちらを作り始めると、食糧危機が起こるのは歴史が証明している。
「土に根をおろし、風とともに生きよう。種とともに冬を越え、鳥とともに春を歌おう。どんなに優秀な工作機械を持っていても、沢山のY▲SUK▲W▲のロボットを操っても、土から離れて生きられないのよ」
「いや、プラントで土なしでも植物を育てられるけど」
「あ、はい……」
俺の決め台詞を台無しにしてくれるオッティ。
ここをお前の墓にしてやろうか。
3分待ってやる。
「じゃあ、農業改革が先ってこと?」
「んー、失業対策で公共事業を同時にやってもいいんじゃないかな。失業者なんて社会不安の元だし。経済を回すには公共事業が手っ取り早いぞ」
「予算と相談ね。で、農業改革の話なんだけど、取れ高を改善するにはどうしたらいいと思う?」
「俺が相談に乗れるのは土壌のペーハー管理かな。あとはリンや硝酸アンモニウムを供給するのもできるぞ」
硝酸アンモニウムは軍事転用されそうだけどそれも今更か。
有機肥料なら俺が関わらなくてもなんとかなるだろう。
それにしても、農業は儲からないよな。
荘園制では搾取されるばかりだし、現代となっても米の売価が安すぎてそれだけでは食っていけない。
日本の食料自給率が低いのも納得だ。
親の実家も農業をやめて、農地を貸し出す不動産業として生計を立てている。
いい場所を農地として所有していたので、今では総資産が30億円程度まで膨れ上がったそうだ。
そこまでいったら、絶対に農業なんてやらないよね。
まあ、日本の事情はさておき、この世界であれば農村から都市への移住を制限してやれば、農民の不足については防げそうだが、それでは工業の発展がない。
チートな農業スキルが欲しいところだ。
って、さっきオッティがプラントで植物を育てられるって言っていたよな。
「オッティ、プラントの話ってこっちの世界でのことか?」
「ああ、電照菊はうまくいったぞ」
「電照菊はプラントじゃなくて、ビニールハウス栽培だろ」
電照菊は人工的に菊に光を当てて、開花時期を遅らせる栽培方法だ。
温室で行うのだが、それをプラントと言ってよいものか。
そもそも、植物プラントは初期投資とランニングコストのからみで、一部の野菜でしか黒字化していなかったはずだ。
この世界に電気代という概念があるかはわからないが。
「公共事業としてプラント建設を行い、無機肥料についてはスキルで作れるんだから、ランニングコストを考える必要はないだろ」
という異世界チート前提の運営方法をすでに考えていたようだ。
流石異世界。
「光はどうするんだ?流石に人工的な光は無理だろう」
「付与魔法でライトがあっただろう。まあそれは補助的に使うつもりだ。基本的には太陽光を取り込んで行うつもりだ」
ん?
室内にどうやって太陽光を取り込むつもりだ。
「天井をガラスにすればいいだろ」
とオッティが言う。
「そんなにガラスを用意できるのかよ」
「ガラスは結構古くから教会などで使用されていたんだぞ。勿論スキルで作るから強化ガラスだけどな。クジラを入れる水槽だって作れるぜ(※オッティさんの勘違いです!決して作者の勘違いじゃないです!!)」
俺は知らなかったのだが、ローマ帝国では既に窓ガラスが存在していたらしい。
ガラスなんてプラスチック成形時に強度を増すために添加するくらいしか知らなかったが、歴史はかなり古いのだな。
大きなガラスについては、フロート法ができるようになるまで待たなければならないのだが、そこはチートスキルに任せれば問題ない。
「で、そのプラントで小麦は出来るのか?」
「それをこれから実験するんだろうが」
つまり、世界初の小麦プラントということか。
試作が上手くいけば、プラントの規模を拡大して、執念栽培を行うようになるのだ。
こうなってくると、農業じゃなくて工業だな。
「プラントが軌道に乗れば、農業従事者もプラントで労働してもらうことになる。干ばつや大雨でも飢饉が発生しない領地になるぞ」
「無機肥料が俺頼みの時点で問題があるだろうが」
オッティの計画は俺がいなければ成り立たないので駄目だ。
俺やオッティが死んだらそこで食糧の供給が止まってしまう。
農業のノウハウもそのころには廃れているだろうし、酷いことになるんじゃないだろうか。
オーバーテクノロジーすぎるのも問題だ。
やはり土に根を下ろし、風と共に生きるべきだな。
「実現可能なのは有機農法、深耕農法、根域制限、輪裁式農業あたりかな?」
俺の意見にグレイスが駄目だしをした。
「いいえ、輪裁式農業はだめよ。」
「なんで?」
「だって、すべての農家が酪農をしているわけではないわ」
「牧畜ならしているのか?」
「酪農と牧畜って違うの?」
俺の突っ込みで話が逸れてしまったが、酪農と牧畜はメッキと塗装くらいに違う。
間違ったら不良品だぞ。
酪農は乳牛や羊・山羊などを飼育して乳や乳製品を生産する農業のことだ。
牧畜は有蹄類の草食性家畜を群れとして管理する農業のことである。
つまり、豚の飼育は牧畜とは言わないし、一頭の牛や馬を飼っているだけでは牧畜ではない。
ついでにいうと、畜産は牛・馬・鶏・羊・豚などの家畜を飼育して食用にしたり、革や毛を採取したり、作業用としたりする農業だ。
意味がちょっとずつ違うのだよ。
それをグレイスに説明したが、すごく面倒くさい顔をされた。
お前みたいなやつが宅急便と宅配便を混同したり、ウォークマンとウォーズマンを混同するんだよ!
ウォークマンはポータブルオーディオプレーヤーだけど。
「そんなわけで、やるなら農業改革からだ。それと教育な」
「王道すぎるわね」
グレイスは不満な様子だったが、王道だからこそやるべきだぞ。
邪道をやってどうするんだ。
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