第140話 豆腐を作ろう
「あら、また手紙?」
俺の手元には一通の手紙があった。
差出人はグレイスである。
シルビアはそれが目に留まったので俺に話しかけてきた。
「ああ。豆腐が食いたいんだと」
「トウフ?」
「大豆加工食品だな。前世では結構よく食べていたんだ」
「作れるの?」
「大豆は入手できたからやってみようと思う」
迷宮大豆があるから、できないことはないと思う。
因みに、豆富製造メーカーの設備を作ってました。
その時に言われたのが、「豆腐じゃなくて豆富」というこだわり。
これは泉鏡花が潔癖症で、豆腐という文字が気持ち悪いからというので、豆富という字をあてたらしいのだが、そんなわがまま言うんじゃない。
俺は泉鏡花嫌いなだ。
潔癖症で、外で食事ができないから、夫人の手料理しか食べなかったというが、夫人の体調が悪くても料理をさせていたとか。
何原雄山だよ。
「というわけで、参加することにしました」
何故かオーリスが目の前にいる。
場所はティーノの店に移った。
新しい料理に挑戦ということで、毎回のティーノの協力を仰ぐ。
「豆腐って言うのは絹ごしと木綿があるが、途中までは製法は一緒だ」
まずは大豆を水に浸して水を吸わせる。
これは大豆を砕きやすくするためだ。
その後、加水しながら大豆を砕く。
今度は砕いた大豆を煮る。
大豆は泡立ち安いので消泡剤を使う場合もあるが、そんなものは入手できないので噴きこぼれないように監視しながら煮る。
それに、余計なものを入れるとブラックさんに偽物だって言われるからね。
ブラックさん?
煮上がったらそれをこして、豆乳とおからに分離させる。
ここまでは同一の工程だ。
にがりを入れるタイミングで豆腐の種類が変わる。
にがりとは塩化マグネシウムのことで、天然の塩を作るときに一緒にとれる。
苦汁とかいてにがりと読むように、とても苦い。
過剰摂取すると死ぬ。
にがりは結構危険な食品添加物だ。
天然とか人工とか関係なくな。
にがりの抽出は遠心分離があればそれでやればいいが、ローテクで行う場合は湿度の高い場所で塩を吸湿させてやれば抽出できる。
今回はスキルで作成したけど。
異世界転生ちょろい。
絹ごしは豆乳を型に流し込んでからにがりを入れる。
木綿は豆乳とにがりを先に混ぜて凝固させてから金型に入れる。
木綿は型に入れた後、プレスの工程が入る。
金型にプレス、実に製造業っぽい響きだ。
この日のために、深絞りで金型を作ろうと思ったけど、深絞りをできる工作機械がなかったので、ステンレスを溶接して金型を作成した。
なので、溶接部が豆腐に反転してしまうのだが、それは仕方がない。
ついでに、大豆を煮た大鍋も新調したものだ。
これは叩き出しの一品ものである。
早いところ大鍋を量産できる文明レベルになってください。
早速できた豆腐を試食することにした。
「これって味付けはどうするのよ?」
「このまま食べてもいいんだけどな」
確か、本物の豆腐は薬味はいらないって言ってたよな?
「味が薄いわね」
「ええ」
シルビアとオーリスには不評だった。
何故だ。
「醤油をたらしてみてくれ」
そういって醤油で味付けさせてみた。
「肉の方が美味しいわ」
大豆は畑のお肉だぞ!
これは畑ではなく、迷宮で採れた大豆だけど。
シルビアの反応を見ていると、折角の豆腐用金型の出番は少なそうだな。
「ティーノ、すまんがいつものように新作料理頼んだ」
「どうやって調理すればいい?」
「豆腐サラダとか、鍋料理に入れたりしていたな」
「じゃあ、その方向で考えてみるわ」
「出来たらグレイスを呼ぶから」
「はいよ」
後日、ティーノから豆腐料理ができたというので、グレイスにそのことを伝える手紙をだした。
そして、グレイスがステラの街にやってきた。
どこにもよらずに、ティーノの店に直行である。
「どうして豆腐を送ってくれないのよ」
「ワインと豆腐には旅をさせちゃいけない、手紙に書いたとおりですよ」
「どこのグルメ漫画の第一話よ」
折角頼まれて作ったというのに、酷い言われようだ。
豆腐は鮮度が命なので、ここからカイロン侯爵領まで運搬したら、風味が劣化する。
というか腐る。
食いたかったら此処まで来いということだな。
大豆とにがりが入手できるなら、金型は売ってやるけど。
金型がなければ木型でもいいんだけどね。
そこは金属加工業者として、やはり金型を推しますよ。
まあ、ステンレスが入手できなければ木型になるとは思う。
「豆腐サラダ、醤油ドレッシングです」
メガーヌが運んできた。
「豆腐に醤油って大豆ずくしね。味噌も出てくるのかしら」
「今の所味噌はない」
味噌も期待していそうなグレイス。
残念ながら味噌はないぞ。
俺とオッティなら味噌プラントを目指すけど、それは本物の味噌じゃないって言われちゃうから我慢する。
つまり、味噌は作らない。
「残念ね」
グレイスは心底残念そうな顔を見せた。
「醤油と豆腐が再現できただけでも十分だろ」
「今まで読んだ異世界転生小説は日本食を再現していたわよ。刺し身だってあったし」
「諦めろ、この世界にはコンプレッサーもオリフィスチューブもない」
「冷蔵庫が無ければ冷凍庫を使えばいいじゃない」
「ナニーアントワネットだよ!」
実際は温度調整使えるから、冷蔵庫や冷凍庫はできるんだけどね。
でも、求めているのはそれじゃないんだ。
熱交がやりたいんだ。
そんなやり取りをしていると、醤油ベースの味付けがされた鍋が出てきた。
やはり、豆腐は鍋料理だな。
湯豆腐もいいけど、鍋の中で味が付いた方がいい。
「これなら麻婆豆腐もできそうね」
先程まで色々と不満を言っていたグレイスも、豆腐を食べながらニコニコしている。
「お口に合いましたか?」
ティーノが厨房からこちらにやって来た。
初めての豆腐料理が、元日本人の俺たちに通用するか気になっているようだ。
「素晴らしかったわ。前世の豆腐料理に引けを取らない出来よ」
グレイスが誉めちぎる。
本音だろうな。
実際にかなり美味しい。
煮取り法と生取り法の違いだろうか?
勿論、豆腐の質もいいのだが、味付けが素晴らしいのだ。
「豆腐の量産ってできないかしら?」
「あの豆の臭いが体に染みつくのが辛いんだよな」
機械の搬入や修理で半日工場内にいると、臭いが染みついて大変なんだよね。
家に帰ったら犬がその臭いで吠え続けるくらいには。
醤油、豆腐、味噌と大豆加工食品は臭いがきついので、体に合わない人は就職をお勧めしない。
ま、食品系はエンドユーザーからのクレームが大変なので、そもそもお勧めしないけど。
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