第119話 後工程はお客様
この話を書いているとき、製品の傷の選別をしています。
選別作業が簡単に終わるチートスキルありませんかね?
それなら、不良が出ないスキルの方がいいか。
それでは本編いってみましょう。
「貴族が雇ってやると言ってきたの?」
「はい」
「嫌なの?」
「態度が気に入らなかったんですよ。条件もですけど」
今日相談に来たのはエッセである。
なんでも、どこぞの貴族がやってきて、工房ごと買い取ってやると言ってきたそうだ。
で、給金をくれてやるから作品は全部よこせという条件を突き付けてきたんだとか。
パトロンと言えば聞こえはよいが、実際の所は最近売れているエッセの工房を金づるにしようと思ったのだろう。
「相手の名前は覚えてないんだ」
「怒って追い返しちゃったんで。貴族本人ではなくて使いの者でしたが、きっと貴族もあんなんだと思いますよ!」
かなり怒っているなー。
わからなくもないが。
そういえば、前世で旋盤職人から聞いたはなしで、自社の設備が壊れて急ぎの部品作成を依頼してきた会社の購買担当者が、徹夜で加工した部品の値段が高いから値下げしないと買わないって高圧的な態度をしたから、目の前で「金なんか要らない」ってその部品を壊した話があったな。
素直に「ありがとうございます」って言えば設備停止は1日で済んだのに、他にできるところを探してってやったら1週間かかったと。
なんでそうなるかというと、古い設備になると制作した会社が無かったりするんですよね。
図面がないので、現物を見ながら加工することになるのだけど、特殊な加工だったりすると、治具を作らなければならないので、単に工作機械が扱えるってだけの作業者ではどうにもならないのだ。
その辺を数字しか見ていない事務の人間はわかっていない。
自分が救急車に乗っていて名医がいる病院に向かう途中に、「値段が高い」って言っているようなもんだぞ。
ちなみに、その会社は最終的に役員が町工場の旋盤職人に頭を下げに行ったと聞きました。
まあ、二人は知り合いだったので、その後は和解したとか聞きましたが、購買担当者はどうなったのでしょうかね。
「で、なんで俺の所に相談に来るんだ。追い返したならそれでいいじゃないか」
「それがですね……」
どうやら、貴族側が雇ったと思われるチンピラが工房の前でたむろして、入ってこようとしている客を追い返しているようだ。
いつか見た光景だな。
みかじめ料払わなかった店の前に、黒塗りのベンツ止めて客を追い払うやつだ。
「それは衛兵に言っても駄目だよな」
「はい。事件も起きていないので、それは対応できないといわれました」
やはりか。
嫌がらせ程度では衛兵は動かない。
日本の警察とは違うのだ。
違わない?
それはどこの県警ですかね?
手が足りていないので、凶悪犯罪以外は余程のコネがない限りは難しいのがこの世界だ。
店の前にチンピラがいるなどという、犯罪でもない状況では何もできない。
そうか、じゃあ犯罪にしてやればいいのか。
「このままじゃ商売にならないですよ」
「ちょっと時間をもらえるかな」
エッセには今日は帰ってもらう。
仕込みの時間が必要だからだ。
それからは俺は準備に入る。
詰将棋のように、相手の逃げ道をふさぐ感じでいけたらいいな。
そして準備が整ったところで俺は実行に移す。
エッセの工房の前にやってきた。
情報通りチンピラがいる。
「おっと、兄ちゃんここは立ち入り禁止だ」
俺が工房に入ろうとすると立ちふさがるチンピラ三人。
「どうしてですか?」
「どうしてだと。理屈じゃねえんだよ」
「でも、旦那様に言われたお使いですので、通らせていただきます」
「じゃあ、旦那様とやらにお遣いは出来ませんでしたって言っときな」
そう言って殴りかかってくる。
俺に殴りかかってくるとは他の街からきた奴等だな。
この街の者であれば俺がフロアボスを倒したというのを知っていて、絶対に手を出してこない。
「ああ、痛い、痛い。誰か助けてー」
わざと殴られて助けを呼ぶ。
痛い。
「こら、何をやっている」
そこに通りかかった衛兵が駆けつけてくる。
「こいつからぶつかってきたんで喧嘩になったんですよ」
そう言い訳するチンピラ。
しかし俺も黙ってはいない。
「旦那様からのお遣いでこの店に来たのですが、この人たちが立ち入り禁止だと言って殴ってきたのです」
と訴えた。
「そんなことないって」
チンピラは言い逃れするが、そんなものは想定済みだ。
「将軍の所のアルトさんじゃないですか。それを殴るとはちょっと来てもらおうか」
「「「えっ!?」」」
チンピラ三人は固まる。
将軍といえば、この街の最高責任者であることはわかっているようだ。
そこの使用人を殴ってしまったのだ。
しかも、単にぶつかったというわけではなく、主人の命令でここの店に来たのを邪魔するために。
そして衛兵の上司も同じ人物である。
チンピラ達にしてみれば、ここで店の営業妨害をする程度ならそんなに大した罪にはならないだろうと思っていただろう。
場合には罪にすらならない。
それが、かなりの大物にぶつかってしまったのだ。
そうして連行される三人。
俺も事情聴取ということでついていく。
ここまでは全部仕込みだ。
「さて、雇い主を吐いてもらおうか」
ここからは取り調べ室である。
俺が尋問を始める。
「しゃべらなくてもいいけど、犯罪奴隷として売られるか、明日裏路地で冷たくなって発見されるかの二択だぞ」
そう脅してやるとチンピラ達はあっさりと口を割った。
俺がすごいんじゃなくて、将軍から教えてもらった【尋問】スキルを、【作業標準書(改)】で弄った結果だ。
これならスイス銀行に前払いの報酬を振り込ませる世界的なスナイパーですら口を割るだろう。
そこで得られた情報だと、黒幕はレクストン子爵。
執事のリーガルと一緒にこの街の高級宿に宿泊しているようだ。
他の随行員達は一般の宿、チンピラ達も子爵領から連れてこられたらしい。
最初から断られたら嫌がらせをしてという想定をして、最終的には経営権を握るつもりだったようだな。
「お前たちにはもう一仕事してもらうぞ」
「「「はい、喜んで!!」」」
実に気持ちの良い返事だ。
チンピラ三人に指示を出して、取調室から解放する。
といっても、尾行はしているので逃がすわけではない。
最後の仕上げだ。
「ついにあのドワーフが音を上げました。子爵に仕えるそうです」
「本当か!よくやった」
高級宿の子爵が宿泊する部屋にチンピラ達は入った。
子爵に報告をするためである。
「それと、これです」
「なんだそれは」
チンピラAがへら絞りで作られたステンレスのグラスを差し出す。
「こいつを奪ってやりました。なんでも注文を受けていた品だとか。どうせもうあそこは子爵様のモノですから」
「そうだな。素晴らしい出来だ。注文者よりも私が持つのがよいな。フフッ」
部屋の外で聞いているが、子爵は随分と悪人が似合う声だな。
時代劇なら悪の家老といったところか。
いよいよ突入だな。
部屋のドアをバーンと開ける俺。
衛兵たちと一緒に部屋になだれ込む。
「将軍の注文したグラスを盗んだ犯人、ついに追い詰めたぞ!」
ビシっと指を突き付ける。
「誰だ!」
「この街の衛兵隊だ。将軍の注文したグラスを工房から盗み出した犯人を追っていたらここに入るのがみえたからな」
「は?将軍のグラス?」
子爵は混乱した。
そりゃそうだ。
この国に将軍は数名しかいない。
そして、その権力は伯爵を超える。
さらに軍事も司っているので、その点においては公爵とも並ぶだろう。
そんな人物の注文したグラスを盗んだのだ。
「いや、ワシは知らん。こいつらが売り込みに来たのだ。盗品とわかれば買わぬ」
そうしらを切る。
だが、はいそうですかと逃がす訳はない。
「こんなこともあろうかと、逃げるそいつらに記録の水晶をつけていたのだー」
「あー、こんなところに水晶がー」
俺の演技に棒読みで付き合ってくれるチンピラB。
結構気分がいいな。
よし、お前減刑決定。
そして全員を捕縛して連行する。
「放せ、俺は子爵だぞ!」
と怒鳴っていたが、自領でもないステラではどうにもならなかった。
こちらは将軍の指示で動いていることになっているしね。
その後の調べで判ったことは、子爵領は凶作続きで資金が底をついていた事。
で、たまたま目に留まったのが最近出回り始めたエッセのへら絞りの製品。
見たこともない金属で作られており、貴族の間で高値で取引されていると。
そしてそれを生産している工房では、ペール缶やらリンスやらも売られている。
これなら傾いた領を立て直す産業になるんじゃないかって事だった。
尻に火がついているから、手荒な手段になったようだ。
だからといって許すわけではない。
後日聞いた話では、子爵はお家取り潰しになったとか。
エッセの工房に手を出していたというよりも、領の運営の不手際からだそうだ。
まあそうだな。
子爵が平民にちょっかい出した程度で処分されることはないだろう。
チンピラ三人は将軍が犯罪組織に送り込むスパイとして働くことになったそうだ。
まずは地元になじんでからだね。
一方エッセはというと
「ありがとうございます。これでやっと普通に営業できます」
と感謝してくれた。
よかったね。
あとは早く、元力士、元プロレスラー、元柔道家にのれん分けしてあげないとね。
いや、それはうどん屋か。
「それにしても、よく将軍が力を貸してくれましたね」
「ああそれか……」
実は将軍は無償で動いてくれたわけではない。
フロアボス討伐の時に泉の妖精からもらった金のノギスをプレゼントしたのだ。
この世に一品しかない逸品にたいそう満足してくれて、快く衛兵を動かすのを認めてくれたのだ。
ま、品質管理としてはトレーサビリティのないノギスなんていらないから、別に痛くはないんだが、エッセはひどく恐縮してしまった。
「俺の地元には『後工程はお客様』って言葉があってな。俺の作り出したステンレスを加工するエッセはお客様なんだよ。後工程の満足のために努力するのは前工程の務めだ」
使い方は違うかもしれないが、エッセが納得したのでよし。
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