第111話 異世界チート品質管理3
本日はいよいよ迷宮だ。
と意気込んだものの、ハイレベルのパーティーが3組もいるので、やることが全くない。
「地下50階層までは出番はないわよ」
とシルビアも言っている。
先頭は魂の輪舞、次に赤き流星がきて、俺達冒険者ギルドの職員、しんがりが迷宮の黒狼となっている。
出てくるモンスターは全て魂の輪舞が危なげなく処理している。
とうとうシルビアが言っていた地下50階層まで、他のパーティーが何の仕事もせずに到達してしまった。
「これだけ余裕ならフロアボスも俺達の出番なしで終わりそうだな」
「そんなわけないでしょ。そんなに簡単なら、もうすでにフロアボス討伐がされているわよ」
確かにシルビアの言う通りだな。
今後はこんなに簡単に進めるわけもないか。
「次はいよいよ地下51階層。誰も帰ってきた者はいない階層だ」
エチュードがみんなの気を引き締める。
そうだ、人類未踏というわけではなく、踏んだ冒険者が帰ってこられなかっただけだ。
つまりは、強敵が待ち構えているということだ。
みんなが緊張して51階層へと足を踏み入れる。
「そこで我々討伐隊が見たものは……!!!!」
お約束なのでつい言ってみた。
「何かいたの?」
シルビアが緊張してあたりを警戒する。
「ごめん、探検の時はこう言わなければいけないんだ」
「そういうのは事前に言ってよね!」
怒られてしまった。
「止まれのハンドサインね」
ふざけていたら、どうやら本当に敵が出てきたらしい。
一気に緊張が走る。
俺も索敵スキルを使ってみると、ハイオークの群れが前方にいるようだ。
しかも種類が豊富だ。
ハイオーク、ハイオークシャーマン、ハイオークチャンピオン、ハイオークロード、ハイオークハイロードなどだ。
100体くらいいるようだな。
本来であれば少しずつ数を減らすように倒していくのだが、暫く待ってみても群れから離れる奴が出てこない。
あんなもんと戦えば、生きて帰ってこられないのも納得だな。
「ここはく利伽羅峠の牛火の計だな」
「何よそれは?」
「牛の頭に剣をつけて、尾には松明をつけて敵陣に突撃させる。それで混乱したら俺達が攻撃をすればいい。敵は組織だった行動ができなくなるからな」
「牛なんていないわよ」
「俺がゴーレムを作ればいいんだよ」
「その手があったわね」
なんて会話をしていたら、ハイオークの斥候にこちらが発見されてしまった。
――ウオォォォォッッッ!!!
ハイオークの斥候が雄たけびを上げて仲間を呼ぶ。
ブヒィじゃねーのかよ!
「見つかった。全員戦闘準備!」
エチュードから指示が飛ぶ。
混戦は避けたいところだが、そこは流石ベテラン冒険者達。
魔法使いが土壁を作って、ハイオーク達が直進できないようにした。
これで一度に相手をする数は減らせた。
こちらも前に出られなくなったので、先頭にいる魂の輪舞に戦闘を任せる。
洒落じゃないよ。
順調に数を減らしていた魂の輪舞だったが、相手の数が多く劣勢になってきたな。
ヘイト管理しているタンクが攻撃をくらう回数が増えてきたように見える。
「危ないわね」
「シルビアにもそう見えるか」
「多分長くはもたないわね」
「そうはいっても私たちが助太刀できるわけでもなし」
シルビアとプリオラは自分たちの力不足をわかっているので前には出ない。
他のパーティーも入れ替わるタイミングを見計らっているようだ。
普段から連携しているわけではないのでこういうのが難しいよな。
「あっ!」
魂の輪舞のタンクがハイオークチャンピオンの攻撃を食らって吹っ飛んだ。
「戦線が崩れるわ」
シルビアがそう言い終わるよりも早く俺は飛び出した。
タンクにとどめを刺そうとしているハイオークチャンピオンに体当たりをして攻撃を中断させる。
そのあとは自分のショートソードを抜いて、そこから真空波を撃ちだした。
ザシュっという音がして、ハイオークチャンピオンの体が真っ二つになる。
ついでに、その後ろにいた連中も真っ二つだ。
酷いチートスキルもあったものである。
手を止めずにハイオークの群れを斬って斬って斬りまくる。
気が付けば立っているのはハイオークハイロードだけだ。
「アルト、ハイオークハイロードの肉は貴重なのよ。傷をつけずに倒してね」
シルビアから無茶な要求がきた。
傷をつけずに倒すとか、お前はポーシャか!
そして俺はシャイロック。
そんなヴェニスの商人なんてどうでもいい。
目の前のハイオークハイロードをどうやって倒すかだ。
「あ、あれがあるな。シルビア」
「な、なによ?」
「君たちがいる場所は我々が既に2000年前に通過した場所だ」
「はぁ?」
どうにも理解してもらえなかったようだな。
俺はハイオークハイロードへと飛び掛かった。
奴も俺をとらえ切れていないので、簡単に肩の上に到達できた。
そこで胡坐をかくように、自分の足をハイオークハイロードの首へかけた。
両手も奴の顔を抑える。
「転蓮華!!」
そういって体重を右に傾けた。
ハイオークハイロードの首の骨が折れて、鈍い音が響く。
本当は有り余る握力を使った「握撃」にしたかったんだけど、傷をつけるなって言われたので涙を呑んで転蓮華にした。
どこかで「握撃」使ってみたいな。
「っと、こうしている場合じゃないな」
俺は倒れている魂の輪舞のタンクのほうへ向かう。
「状態はどうですか?」
「駄目だ。折れた骨が肺に刺さっていて、ヒールでは回復させられない」
癒し手からはそう返ってきた。
まだ息はしているが、意識はない。
その息も不規則で、治療できなければもうすぐ死んでしまうのだろう。
そして、ここには治療手段がない。
金等級の癒し手で無理なのだから。
と、誰もが思っているだろう。
「俺がやります」
俺はタンクの体に手を当てる。
「メガヒール!」
適当な魔法の名前を言う。
実は単なるヒールだ。
ただ、俺が作業標準書を改訂してあるので、どんな状態異常も一瞬で回復する。
怪我でも病気でも毒でもだ。
「あれ、敵は?」
意識が戻ったタンクが不思議そうに仲間に訊ねた。
オークチャンピオンに吹っ飛ばされたところで意識が無くなったので、戦闘が終了したことが判らなかったのだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
エチュードが俺に頭を下げてくる。
「今のはどんな魔法だ?あれを回復できるなんて白金等級だぞ」
興奮した癒し手に両肩を掴まれ、ガックンガックンと前後にシェイクされる。
「メガヒールというヒールの上位魔法ですが」
と嘘で答えた。
教えてくれと言われても無理だしな。
「そうか、そんな回復魔法があるのか。俺もいつかは習得してやる」
ごめん、多分無理。
ちょっと心が痛い。
「アルト、ハイオークハイロードの肉を回収しておいてよね」
プリオラから指示が出た。
折角の貴重な肉なので、忘れたらもったいない。
「残念だが、回収したところでこれからさらに地下に潜るんだ。帰るころには腐るぞ」
エチュードが諦めろというが、残念ながら俺には収納魔法がある。
「収納魔法があるので大丈夫です」
「収納魔法でも肉の腐敗は止められないよ」
と、今度は魂の輪舞の運搬人が口を挟む。
「収納した時点で時間が停止するので大丈夫ですよ。ほら」
そういって俺は冒険者ギルドの食堂で作ってもらった食事を取り出した。
そこからは湯気が出ている。
冷めなかった証拠だ。
「お前にはもう驚かないと思っていたが、収納魔法も白金等級か」
エチュードが呆れる。
俺としては作業標準書を遵守しているだけなんだけどね。
俺が倒した分のハイオークだけでは申し訳なかったので、魂の輪舞が倒したハイオークにも印をつけて俺が回収する。
収納容量を心配されたが、無限にあるので大丈夫だと言っておいた。
当然呆れられたが。
「さて、うちの魔法使いたちがかなり魔力を消費したので、ここで今日は夜営をしようと思う」
エチュードはここで夜営をすることにした。
俺も魔力は無限にあるわけではないので、ここでの休憩はありがたい。
夜営はある程度固まってとなったが、場所に制限はなかった。
俺達は泉の近くに決めた。
収納魔法でテントとテーブルセットを出す。
テントもかなり大きめのものだ。
収納魔法バンザイ。
テーブルに温かい食事を並べて、シルビアとプリオラと一緒に食事をとる。
食事が終わると質問タイムとなった。
「アルトがいると便利よね。冒険中に温かい食事が食べられるなんて思ってもいなかったわ」
「プリオラ、あんたは食にうるさかったからね」
「いつ死ぬかわからない職業なんだもの、食事くらいは常に美味しいものを食べたいわ。冷たい干し肉とか、固いパンなんて最低限の餌よ」
「アルトに感謝しなさいよ」
「そうね。ところで他にはどんなスキルがあるの?」
どんなと聞かれると見せるのが早いか。
俺はノギスを作り出して皿の外周に当てる。
「ほら、これはノギス測定といってね、こうやってお皿の大きさを測定できるんだ」
「へえ、装備品の大きさを測るのに便利ね。ちょっとかして」
「いいよ」
そう言ってプリオラにノギスを手渡そうとしたら、手が滑ってノギスが泉に落ちてしまった。
慌てて泉をのぞき込むと、水面が光り出す。
「何?敵?」
シルビアとプリオラが剣を抜いた。
「私は泉の妖精。あなたが落としたのはこの金のノギスですか?それとも銀のノギスですか?」
水面から綺麗な女性の姿をした妖精(自称)が現れた。
左右の手にはそれぞれ金のノギスと銀のノギスを持っている。
どっかで聞いた話だな。
「俺が落としたのはMITUT●Y●のノギスです」
「正直者のあなたにはこの金のノギスと銀のノギスをあげましょう」
「いりません」
俺が妖精の申し出を断ると、不思議そうな顔をされた。
「何故ですか?」
「そのノギスはどうやって校正をしましたか?トレーサビリティは?それがないノギスで測定したものなど、測定記録としては残すことができません。もっと勉強してください」
俺がそう指摘すると、妖精は泣きながら泉に戻っていった。
「何だったの?」
「さあ?」
俺の品質管理部員としての知識を試すものだと思ったが違ったようだ。
その日は魔力を使いすぎていたので、夜の見張り番は二人にお願いして、朝までぐっすりと寝た。
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