第106話 製缶業者になろう
グレイスのリンスは相変わらずの売れ行きだ。
最近では噂を聞きつけた行商人たちが仕入れにきている。
他の街でも次第に認知されてきたようで、液体という運ぶにはリスクの高い商品でも仕入れているようだ。
俺のほうもグレイスの手伝いが忙しく、冒険者ギルドの相談窓口には御用の方はエッセのへと案内を出している。
そうしたら久々に相談者が工房までやってきた。
「相談に乗ってほしいのですけど」
「おや、カイエン隊じゃないか」
俺の所にやってきたのはカイエン隊のメンバー達だった。
「で、どんな相談なんだ?」
「実は最近この工房で売り出したリンスを運ぶ商隊の護衛の仕事が多いんですよ。で、商人達も無事に運搬できた商品の分だけ追加でボーナスを出してくれるという契約になっているので、なんとかしてこぼさずに運べないものかと思いましてね」
「成程」
聞けば、護衛契約の追加ボーナスは運搬できたリンスの量で決まるのだとか。
盗賊やモンスターの襲撃以外でも、リンスがこぼれて売り物にならなくなったらボーナスを減額されるとあって、そういった事故を無くすことができないかという相談だ。
「こういうのは実際に商品を運んでいる人に聞くのがいい。商業ギルドに行って、どんなことで運搬が失敗するのか訊いてみないと、対策は立てられないよな。今から行ってみるか?」
「わかりました」
こうしてグレイスの手伝いを一時中止して商業ギルドに向かった。
――カララン
商業ギルドのドアを開けるとドアベルが鳴った。
その音で中にいた人達がこちらを見るが、すぐに興味を失って視線を元に戻した。
俺もそんな彼らを気にせずに、受付へと向かった。
ここの受付は冒険者ギルドと違って美女ではなくおっさんだ。
「どんな御用で?」
あれ、「儲かりまっか?」って挨拶じゃないのか。
まあいい。
気を取り直して、要件を単刀直入に言う。
「液体の運搬について聞きたいんだが」
「運搬の依頼ですか?」
「いやそうじゃない。後ろの奴が行商人の護衛を受けたんだが、今話題のリンスを無事に運べたら追加のボーナスが出るっていうんで、失敗する原因を聞いて対策をしようと思いましてね」
「そういうことですか。でもそれって冒険者の腕次第ですよね」
そうきたか。
受付は自分で行商をしたことがないのだろう。
何も冒険者の腕だけで成功が決まるわけではないだろう。
「まあ、そうでもないと思いますよ」
何とか説得して行商人を紹介してもらうことになった。
待つこと数分。
目の前にやってきたのは漫画に出てくるような太った中年の商人だ。
「初めまして。私の名前は――」
「フトルネコ!」
「いえ、アトムと申します」
フトルネコじゃないのか。
アトムねぇ。
10万馬力でポロニウムちゃんって妹がいるのかな?
あれ、劣化ウランちゃんだっけ?
いかんいかん、話が進まないな。
「初めまして、アルトです。今日はリンスの運搬失敗例を伺いにきました」
「失敗例ですか」
アトムに訳を話すと色々と教えてくれた。
リンスは甕に入れて運ぶのが一般的だそうだ。
甕は土を焼いたもので、衝撃に弱い。
盗賊の放った矢が当たって割れることもあれば、馬車の揺れで割れてしまうこともあるというのだ。
何も倒れたり、盗られたりするばかりではないということだな。
これをなぜなぜ分析風にやるならば、
運搬失敗 > リンスがこぼれた > 甕が割れた > 衝撃が加わった
となるのだろうか。
対策としては衝撃が加わらないようにするか、衝撃でも割れないようにするかだろう。
衝撃級取材がないので、実際には衝撃でも割れないようにするしかないが。
「鉄の入れ物にするわけにはいきませんかね?」
「荷馬車だからね。あんまり重いと馬が引けないよ。それに、リンスは酸だろ。鉄が錆びて穴があくんだよ」
「そうか」
鉄がだめならステンレスがあるじゃない、マリー。
ペール缶作ってくれば売れそうだな。
「じゃあ、軽くて腐食しない入れ物があったら買ってくれますか?」
「使ってみないと何とも言えないな。そんなものが簡単に作れるならもうすでに流通しているだろ。それがないってことは、この話は詐欺の可能性が高い。今日会ったばかりの奴にそんなことを言われてもねぇ」
「もちろん試用期間有りで。駄目ならお金はいりません」
「それならいいよ。いつできる?」
「2時間後でどうでしょうか」
「そんなに早いのか」
「ええ」
そんなわけで、アトムと別れてエッセの工房に戻る。
ここでカイエン隊とも別れた。
彼らには結果を報告するだけでいい。
俺はステンレスの薄い板を作り出すと、ホーマーにお願いして溶接してもらった。
ちょっと不格好だけど、一斗缶っぽいものが出来上がる。
これなら衝撃にも強くて、酸にも強い。
5個ほど作るとそれをもって急いで商業ギルドに向かった。
「持ってきました」
「早っ」
アトムは俺がすぐに戻ってきたので驚いた。
しかし、俺が持っている缶を見てもっと驚いた。
「なんだいこれは?」
「缶です」
「缶?」
元の世界でも19世紀にならないと缶は誕生しないんだっけ?
たしか最初はブリキだったはずだ。
「約束通り使ってください。後で使用した感想を聞かせてもらえば改善します」
「わかったよ」
そうしてアトムと別れた。
ペール缶を作った話をグレイスにしたら
「割れて運搬失敗したほうが沢山売れるのに」
って言われた。
割れるよりも使用してくれる人が増えるほうがいいと思うんだけどね。
そして、俺がペール缶を作ったのを忘れたころ、冒険者ギルドに商業ギルドの使いの人がやってきた。
そして俺が連れ出される。
なんと馬車でのお迎えだ。
随分と待遇がいいな。
商業ギルドに到着すると応接室ではなく、ギルド長の部屋へと案内された。
そこには白髪の初老の男性がいる。
商人って感じがしないな。
どこかの貴族の執事って感じで、体形がシュッと引き締まっている。
「商業ギルドのギルド長をしているシャレードだ。話はアトムから聞いているよ」
「アルトです。てっきりアトムからの呼び出しだと思ったのですけどね」
「あれは商売が忙しいらしいな。何せ運搬の失敗が極端に減ったから、今が稼ぎ時だとばかりに飛び回っている」
「じゃあ、缶は成功ってことですか」
「ああ。あれを是非とも我が商業ギルドに売ってくれ。できれば他の支部にも売りたい」
「缶を商売にするってことですか」
「ああ。何も商品だけじゃない。移動時に水も必要なんだ。その水を入れた甕が割れたら命の危険もある。だからあれは必需品になるだろう。できれば製法込みで売ってくれるといいんだが……」
俺から買うよりも自分たちで作ったほうが利益率がいいからな。
だが、俺とホーマーがいなければ無理だ。
作り方を知ったところで、スキルが無ければ何もできない。
そんな製法を売って後で恨まれても嫌なので、製法の販売は断った。
その後商業ギルドからの正式注文ということで、ペール缶の受注が確定した。
俺とホーマーはひっきりなしにくる追加注文で過労死寸前まで働くことになったのだが、それはここで語るのはやめておこう。
「あ、中身が酸じゃなければアルミ缶でもいいのか」
ホーマーにアルミのMIG溶接でも教えるか。
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