第104話 エンドユーザーからのクレームは受け付けません
目的のリンスは完成した。
あとはこれを販売するだけだ。
さて、これをどうやって売ればいいのだろうか。
テレビなどない世界で新製品が出たとして、認知度を上げる方法はあるのだろうか。
広告代理店なんてのもないしな。
「どうやって売り込むつもりなんだ?」
俺はグレイスに訊いてみた。
「こういうのは大体貴族の女性にサンプル品を渡して効果を確認してもらうものなのよ」
「あー、そういえば異世界転生小説でそんなのがかなりあったな」
「でしょ。誰か貴族の知り合いいないの?」
そういわれて浮かんだのはオーリスの顔だ。
彼女なら適任かもしれない。
ただ、ここは王都ではないので貴族社会に爆発的に売れるってのはないだろう。
「アポをとるからサンプル品を用意しておいてくれないか?」
「あてがあるのね。わかったわ」
こうしてサンプル品を準備してカイロン伯爵邸へと向かった。
アポを取ると言ったが、どうせ俺の所に遊びに来るか、カイロン伯爵の冒険者ギルドで仕事をしているかくらいしかないので、まずは家のほうに伺って居場所を確認することにした。
会いに行ける貴族48だ。
「オーリスに会いに来たのですが」
門番に挨拶すると中に案内してくれた。
今日はたまたま邸内にいるというのだ。
もうすでに顔なじみなので、特に警戒されることはない。
「アルトじゃない。どうしたの?って後ろの女性は誰?」
邸内に入るとオーリスが出てきた。
なんだか知らないが、グレイスを睨んでいる。
ちょっと怖い。
「初めまして、アルトの親戚のグレイスです」
「そ、そう。親戚のグレイスだよ」
「へぇ、親戚ねぇ」
胡乱げな視線のままだ。
まあいい。
本題に入れば変わるだろう。
「実はグレイスが髪が綺麗になる薬を開発したんだ。その効果を披露しようと思ってね」
「髪が綺麗になる?」
酸性、アルカリ性、中和というのを説明するのが面倒だったので、いろいろと端折った説明にした。
「早速試してください。髪の毛を洗った後でこれを使います。使い方を説明するので浴場に案内していただけますか?」
「え、あ、はい」
グレイスの押しに負けて、オーリスは髪の毛を洗うことになった。
俺は一緒に行くわけにはいかないので、応接室で出してもらったお茶を飲みながら二人を待つ。
かなりの時間が経過して、やっと二人は戻ってきた。
「どうだった?」
「バッチリちり足よ」
「それはもういいから」
まあ二人の顔を見れば結果はわかっている。
聞けば、オーリスがリンスの宣伝をする代わりに、新製品を真っ先に納入することで話がついたとのこと。
ここいらも定番といえば定番な結末だな。
「で、クレームについては?」
「ノークレームで納得してもらったわ」
「ええ。この出来ならクレームの付けようがないわよ」
俺が心配しているのは性能もさることながら、落として瓶を割ったのを最初から割れていたとごねるクレーマーなんだけどな。
買ったら車のブレーキが効かなかったとか、走行ができなくなかったとかそんなわけあるか!
あったけどさ。
それは正しいクレームだな。
なんにしても、エンドユーザーのクレームは変なものが多い。
そんなものに対応しなきゃならない企業の身にもなってみろ。
「まあ、とりあえず売ってみてから考えようか」
消費者団体がないこの世界なら乗り切れるかもしれないな。
しかも、オーリスのお気に入りとなれば、販売停止に追い込まれることも、自主回収に追い込まれることもないだろう。
尚、最初はグレイスに対して敵意にも似た感情を向けていたオーリスだったが、お風呂から帰ってきてからは非常に和やかなムードになっている。
今後は仲良くやってほしい。
グレイスの素性がばれるとまずいから、あんまり親密にもできないんだけどね。
その後エッセの工房にて商品を置いてもらうことが決まり、一般販売が始まった。
オーリスによる宣伝効果もあって、売れ行きはまずまずのようである。
少なくともグレイスが生活するには困らない程度にはお金を稼げるようになった。
問題は需要と供給のバランスが取れていないことだろうか。
大規模プラントなんてないので、リンスづくりは全て手作業で行われている。
今までなかったものを売り出しているので、新規購入の需要が大きくとてもではないが生産が間に合わない。
過剰生産は品質維持ができないので、前のめりになるグレイスをなだめてやめさせた。
折角の評判を、品質低下で落としたくないよね。
※作者の独り言
昔所属していた会社がFM尾瀬でのみCMを流していました。
誰に向けたものだったのか未だにわかりません。
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