第71話 試作品を混入させて酷い目にあいました
こんにちは、アルトです。
最近すっかり寒くなって、製造現場で測定する寸法と、温度管理された測定室で測定する寸法が違ってしまい、どうしたらいいのか悩んでいます。
そんな自分のところに相談が持ち込まれました。
「ポーションの試作品を間違って売ってしまったんだけど」
相談に来たのは売店の店主、ジュークだ。
椀方試験に落ちた良三みたいな顔をしている。
話によると、賢者の学院の付与魔術師であるカレンから、新作のポーションが出来たので、誰かに試してもらいたいと預かったそうだ。
その入れ物というのが低級ポーションと一緒だったので、店番をしていた売り子のタスミンが勘違いして販売してしまったのだという。
ありがちだな。
ペットボトルに農薬を入れて、台所に置いておく連中と全く変わりない。
つまり、年代が進んだとしても無くならないミスである。
それと、効果のわからないポーションを持ってきて、試してくれも無いもんだ。
それが普通なのか?
「なんとかならないか?」
「そういわれましてもねぇ」
【リコール】のスキルを使えば、多分回収はできるのだろうけど、それだとポーションを持って迷宮に潜った冒険者全てから回収することになりそうだ。
それはそれで危険である。
「どんな効果があるのかわかりますか?」
そう、まずは試作品の効果を確認しておかないとな。
「カレンが言うには、回復に加えてバフ効果があるってことだ。副作用がなんだかわからないから、ここで試してくれる冒険者を募集して欲しいって言っていたな」
「副作用がわからないのか。可能性でもいいから、どんなのがあるか聞きたいな」
「サイノスと一緒に新婚旅行に出る直前に立ち寄ったから、もうかなり遠くだろうな。どこに向かうかもわからないし」
「なんてこった」
もう副作用を考えるのは止めよう。
あとは選別方法だな。
「どうやって試作品と通常品を見分ければいいかわかるかい?」
「見た目が一緒だからなー。色が少し濃いくらいかな」
「絶望的だな。今日低級ポーションを売った相手はわかるか?」
「売り子が売った時間は短いから、そんなに多くはないと思う」
「忘れる前に聞き取りだな」
売り子をしていたタスミンに聞き取りをすることになった。
売店にいたタスミンに思い出してもらう。
タスミンは若い女の子だから、一寸前のことを忘れるような事はないだろう。
多分。
「今日低級ポーションを売った相手ですか」
タスミンは少し考え込む。
ジュークの話からしたら、そんなに大人数ではないはずだ。
「カイエンとクラフトとランディだったかな。あ、あとスターレット」
「間違いないか?」
「はい」
よし、これで回収するべき範囲は特定できた。
市場回収に於いて、範囲の特定は必須である。
これが出来ないと、全てを回収しなくてはならないからな。
とある倒産したエアバッグメーカーは範囲を特定出来なかったので、あれだけの大規模リコールとなったのだ。
とあるじゃねーよというツッコミは聞かない。
「じゃあ、その四人を追って迷宮に行こうか」
「見分けはつくの?」
タスミンが心配してくれる。
「いや、全部回収する。交換用にポーションを四個持っていくよ」
俺は売店に並べてある低級ポーションを持った。
さて、シルビアを誘って迷宮だ。
「あたしを都合のいい女だと思ってない?」
シルビアを誘ったらそう言われたが、使い方が違うんじゃないかな。
いつも感謝しています。
そうして迷宮に潜る。
最初に出会ったのはカイエン隊の面々だ。
「カイエン、今日買った低級ポーションが違うものかも知れないので、これと交換して欲しい」
「え、違うのか。飲まなくて良かったよ」
カイエンが持っていたポーションは無事回収できた。
次に会ったのはクラフトだ。
「おーい、クラフト」
俺は声を掛けて近づこうとした。
「待って、そこには落とし穴があるから」
「え、マジで?」
「マジ?」
しまった、驚いてマジとか使ってしまったが、この世界にマジという言葉はない。
本気と書いてマジも無ければ、魔法使いと書いてマジもないのだ。
後者はありそうなもんだな。
いや、そんな事よりポーションの回収だ。
「クラフト、今日買った低級ポーションが違うものかも知れないので、これと交換して欲しい」
「何かあったの?」
「試作品が混入したんだよ。飲んでしまったかい?」
「いや、まだ飲んでないよ」
「よかった」
クラフトの持っていたポーションも無事に回収できた。
意外とポーションの使用頻度は低いのかも知れないな。
次に会ったのはランディだ。
遠くから見てもわかるくらいシエナといちゃいちゃしている。
「あれは後回しにしましょうか」
不機嫌そうなシルビア。
気持ちはわからんでもないが、そうもいかないだろう。
「正直、リア充爆発しろとは思うが」
「リア充爆発しろ?」
「あ、リアルに充実している奴が爆発したらいいなって思って」
「全くもってそのとおりね。カビーネにお願いしようかしら」
この場にカビーネがいたらどうなっていたことやら。
ついはずみでとか、ついカッとなってというのがよくわかる。
色々と言いたい気持ちをぐっとこらえて
「ランディ、今日買った低級ポーションが違うものかも知れないので、これと交換して欲しい」
と声を掛けた。
「ん、ああ」
シエナとの時間を邪魔されたのか、ランディは不機嫌そうな感じだ。
興味無さそうにポーションを差し出してきた。
なんだろう、このイラッとくる感覚は。
俺とシルビアはここにいてはイケナイと悟り、早々に立ち去った。
「後はスターレットか」
「スターレットは等級が高いから、もっと奥にいそうね」
「急がないとポーションを使われちゃうかもしれないな」
ということで、スターレットを探して急いで下の階層へと降りていく。
これが薄い本や、黄色い楕円のマークが付いている本なら、副作用で股間に男の子が生えてきちゃう可能性だってあるのだ。
全力で阻止しないといけない。
見てみたい気もするが、神様に怒られるのがわかっているから、絶対に阻止だ。
そうして、地下9階層でスターレットを発見した。
臨時パーティーで狩りを行っている。
「スターレット、今日買った低級ポーションが違うものかも知れないので、これと交換して欲しい」
俺は今日4回目の台詞をはいた。
「え、飲んじゃったけど」
「え?」
4回目にして違う答えが返ってきた。
「さっき、迷宮狼の群れと戦った時に傷を負っちゃって、それでポーションを飲んだんだけどまずかった?」
「なんか違和感ないか」
体が緑になったり、手から蜘蛛の巣が出たり、男の子がニョッキリとかないの?
「そういえば、疲れが感じられなくなったかな?」
「疲労回復効果かな?」
「え、ちょっと何を飲ませたの?!」
取り敢えず命に別状は無さそうなので、スターレットに試作品のポーションだったことを説明する。
確定したわけではないが。
万が一が在るといけないので、クエスト達成後はすぐに帰還して、医師の診断を受けるようにお願いした。
診察料は冒険者ギルドもちだな。
これはこちらのミスだから仕方がない。
俺とシルビアは一足先に冒険者ギルドに帰還して、ジュークに回収したポーションを渡した。
「あー、これは全部低級ポーションだな」
鑑定したジュークがそう言う。
「じゃあ、やっぱりスターレットが飲んだやつが試作品か」
「そうなるな」
スターレットは帰還してから診察するので、今は試作品混入の対策だな。
「試作品は通常品と同じ瓶には入れない。試作品とわかるように瓶の表面に色をつける。ピンクや赤の目立つやつがいいな」
「そうするよ。カレンが新婚旅行から帰ってきたら、あいつにも伝えておく」
「そうして下さい」
兎に角量産品と試作品が混入しないように、目印を付けておけばいいだろう。
後は、量産品の近くに置かないっていうのもあるが、今回は誰かに飲ませるのが目的だったから、どうしても量産品の販売場所と一緒になってしまったのだな。
俺も比較測定のために測定室に量産品と試作品を一緒に置いて、どっちがどっちだかわからなくなったことがある。
結局両方とも捨てて、出荷することは無かったが、そうせざるを得ない訳だ。
やらないと今回のことみたいになる。
試作品が混入して、完成車両検査で発見された事だって何度かある。
何度かあるという時点で、どれだけ怒られたかお察し下さい。
後日、カレンとサイノスが新婚旅行から帰ってきた。
「ごめん」
いきなりカレンが謝る。
何事か?
「試作品のポーションなんだけど、渡したのは通常品だったわ。試作品のポーションは研究室に置きっぱなしだったのよ」
「どういう事だよ」
俺は思わずぞんざいな口調になってしまった。
あれだけ焦って回収したのに、通常品だったと?
「瓶を調達するために、ここで低級ポーションを数本買ったのだけど、詰め替えたはずのポーションが残っていたの。他のは予備の瓶として持っているだけだったから、まだ詰め替えて無かったのよね」
おいおい、混入させたのはカレンかよ。
そうなると、色が違うとか言っていたジュークの発言はどうなんだ?
「いやー、少し濃い気がしていたんだよ」
とはジュークの弁である。
全くいい加減なもんだ。
その後俺はカレンとサイノスに混入防止のためにすべきことをレクチャーした。
※作者の独り言
試作品と謂っても、SOPや号口のあとで「加工場所が変更になるので」という理由の試作品もあるのです。そう云うものこそ混入すると見分けがつきませんね。混入させたやつを市中引き回ししたい。
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