第55話 炉中ロウ付けにチャレンジ

 俺はエッセの工房へと向かっていた。

 依頼していたものが出来上がったというのだ。

 今はその途中の薄暗い路地である。


「保証人のところだけは堪忍しとくんなはれ」

「アホタレ、不渡りだしといてなに言うとんのや」

「それに、ここに連帯保証人と書いてあるやないかえ。連帯保証人は遥かに責任が重いんや」

「せやから時間さえいただければ絶対返します」


 ガラの悪い男二人に両脇を抱えられて、どこかに連れて行かれる初老の男性がいる。

 この世界にも不渡りとか、連帯保証人があるのか。

 手形の裏書き人と連帯保証人にはならないようにしないとな。

 いや、そんなことよりも、今は工房だ。


「あ、オーナー」


 俺が工房に入るとエッセがいた。


「中華鍋はどこにある?」

「ここに」


 彼が奥から出してきたのは、間違いなく中華鍋だ。


「鍋なら他のものがあるのに、どうして態々へら絞りでこんなでかいものを作るんですか?」

「エッセ、チャーハンというのを知っているかい」

「いいえ」

「米を炒めた美味しい食べ物があるんだよ」

「米……ですか?」

「まさか、米が無いの?」

「聞いたことありませんね」


 なんということだ、折角中華鍋作ったのはいいけど、米がないだと。

 作ってしまったものは仕方がない。

 中華鍋はメガーヌにプレゼントして、新しい料理を考えてもらうことにした。

 何せ万能鍋だ、きっと新しい料理が生まれるだろう。

 ついでに、クリオにも送ってみるかな。

 王都までの運賃調べないと。


「ところで、鍋の把手はどうしますか?」

「ああ、把手がないのか」


 溶接でくっつけようにも、ここには溶接機がないから、穴を開けてリベットで留めるか。

 そういえば、溶接の技術って古代エジプトから在るんだよな。


「ちょっとデボネアのところに行って相談したいことがある。鍋は持っていくから」

「わかりました」


 俺はデボネアに溶接について聞いてみる事にした。

 彼なら溶接工を知っているかもという期待がある。


「溶接の事が知りたいじゃと?」

「ええ、この鍋に把手をつけたいんですけど」

「リベットじゃ駄目なのか?」

「いや、折角なので溶接の事を知っておこうと思いまして」

「鋳繰いからくりならあるが、その状態だと無理だな」

「鋳繰りあるの?」

「なんじゃ、知っとるんか」


 鋳繰りとは鎌倉の大仏を作る時に使われた技法だ。

 大きすぎて一回で鋳造出来ないため、数度に分けて鋳造するのだが、その際できる継ぎ目の部分がどうしても強度が弱くなるので、特殊な形状にして強度を増す技法である。

 既に成形された鍋には使えない。


「あとはロウ付けかのう」

「ロウ付けができるんですか」

「これも知っとるのか。儂に聞かなくてもええんじゃないか」

「この世界で存在しているか判らないので」


 そう、ロウ付けも溶接のひとつだ。

 母材と母材とをロウで接合する技法であり、母材を溶かさない事から、一般的な溶接と混同すると先輩から叱られたもんだ。

 ロウ付けの歴史も古い。

 日本では銅鐸にロウ付けが施された物が出土していたはずだ。

 フラックスと呼ばれる触媒のようなものは、古代では松ヤニが使われていたというので、それならここでも再現可能だな。


「ロウ付けができるドワーフを紹介してもらいたいのですが」

「そりゃ、ドワーフの里にでも行かないと無理だな。ステラにはおらんよ」

「なんと!」


 残念なことに、ここにはロウ付けができる職人がいないのか。

 いや、まてよ。

 俺のスキルに【温度管理】があったはずだ。

 これを密閉された空間で使えば、炉中ロウ付けが可能だな。

 炉中ロウ付けとは、文字通り炉の中で行うロウ付けである。

 真空状態にしたりすることで、火炎ロウ付け特有の焦げ目がつかないという利点がある。

 たしかフラックスもいらなかったはずだ。


「デボネアさん、また作ってもらいたいものがあるのですが」

「また何か思いついたようじゃのう」


 俺はロウ付け用の炉と、それに併設される減圧タンクの作成をお願いした。

 タンクといっても、手持ちの素材で減圧機構を作ることが出来ないので、ゴーレムの技術を使うことにした。

 炉から出た管に頭部のみのゴーレムを接続し、息を吸う動作を命令する。

 ベロの構造を弁にすれば、吸った空気が炉に戻ることもない。

 喉から大気開放されて終わりだ。

 人がやると熱いけど、ゴーレムなら熱いって言わないから大丈夫だろう。

 これで上手くいくのか判らないが、最悪フラックス使って置きロウでもいいかなと思う。

 あと、鍋の把手だな。

 ロウ付けで金属部分を溶接して、後で木で把手をつければ完成だ。


 2日後、デボネアから炉が完成したと連絡があり、早速確認しに向かった。

 何故かシルビアとオーリスもいる。

 何か面白いことをするつもりだろうと言われたのだが、全くもってそのとおりだ。

 デボネアの工房だと火事になりそうな気がしたので、広い河原に設置した。

 ステンレス製の箱に足が付いた様にしか見えないそれは、太陽の光を反射してピカピカと眩しい。

 こいつは前世の炉中ロウ付け設備と違い、ベルトコンベア付きの炉ではないので、そんなに大掛かりでもない。

 なにせ、冷却も俺のスキルで出来るのだから、ベルトコンベアは不要なのだ。


「じゃあまずゴーレム作ります」


 首だけのゴーレムを作り動作確認を行う。

 手を首の先に当てると、空気が流れているのがわかる。

 成功だな。


「じゃあ、次は鍋と把手とロウを入れて、炉に蓋をします」


 完全に密閉出来ているとは思えないが、ゴーレムの吸引力に期待しよう。

 ゴーレムを再び動かし、炉の中を減圧する。

 頃合いを見て【温度管理】スキルでロウの融点まで温度を上げる。

 この時の時間については事前に実験済みだ。

 なにせ、真空状態の炉の中を見る手段がないからな。

 ガラスにしたら、真空に耐えられず割れてしまうので、ここは実験した時に得られたデータを使って、時間で炉内の温度を変化させる。

 おそらくロウが溶けて回ったであろう時間が過ぎたら、そこからは炉内の温度を下げる。

 さらに、炉内に空気を送り込む。

 真空状態だと炉が開かないからね。


「さて、出来たかな?」


 俺は火傷しない温度であることを確認して、炉を開けてみた。

 見た感じ把手はきちんとくっついている。

 本来は母材破壊以上の強度が求められるのだが、鍋の数も少ないので、今回は破壊試験は行わない。

 目で見て問題がなければ使う。

 ピンホールやロウ切れがあっても、強度の問題だけなので使う。


「完成なの?」

「木の把手をつけて完成だね。この炉を片付けてティーノとメガーヌの店に行こうか」


 一先ず炉とゴーレムをエッセの工房に持っていき、その足でティーノとメガーヌの店に向かう。


「いらっしゃい、今はまだ店が開いて無いのですけどって、アルト」


 メガーヌが俺たちに声を掛けた。

 洗い物をしている彼女は下を向いていたため、最初は俺たちだと気が付かなかったようだ。

 今は昼と夜の間の休憩時間で、店は準備中である。

 その時間を見計らって来たのだ。


「今日は新しい鍋を使ってもらおうと思ってね」

「どんな鍋よってその大きいやつね」


 大きいいので隠しようがない。


「これはフライパンよりも薄い鉄で出来ているから、火加減の伝わり方がいいんだ。それにほぼすべての調理法に対応出来る万能鍋なんだよ。今から厨房で使い方を見せてあげるから」

「そう、ティーノが厨房にいるから、そっちでもう一回話してみて」

「はいよ」


 奥の厨房に行ったら、ティーノが仕込みをしていた。


「やあ、ティーノ元気そうでなにより」

「アルトか。どうしたんだいこんな時間に」

「この鍋をプレゼントしようと思ってね」


 俺はティーノに中華鍋を差し出した。


「随分と大きいね。それに底がこんなに丸い」

「こいつは薄い鉄で出来ているから、火加減の伝わり方がいいんだ。今使い方を見せてあげるよ」


 俺は中華鍋をコンロに置き、油を引いて適当な野菜を炒めてみせた。

 そして、それを振る舞う。


「酷い腕だな。しかし鍋の使い方はわかった」

「そうですか……」


 適正ジョブもないし、中華鍋の作業標準書もないので、俺の作った野菜炒めは褒められたものじゃなかったらしい。

 自分で食べると美味しいと思うんだけどなー。


「一ヶ月くれたら、新しい料理を食わせてやるよ」


 とティーノが約束してくれたので、その日は一先ず退散した。


「で、次の王都に送る鍋もロウ付けするのか?」

「いいや、ディアブロにリベットをお願いしますよ」

「手間がかかる割に、効果はリベットと変わらないので。今回は炉中ロウ付けが出来ることがわかったので満足です」

「わかった、エッセが次の鍋を絞ったら持ってくるといい」


 こうしてこの世界に中華鍋が誕生した。

 そのうちどこかで米が発見されて、チャーハンが生み出される日も近いだろう。

 この世界のどこかに大王飯店が出来たらいいな。



※作者の独り言

ロウ付けって紀元前からある工法なんですよね。

それなのに未だに不良を撲滅出来ないなんて。

それと、溶接の歴史として、一般的なガス溶接は、工業用ガスが出来るようになってから登場します。

火炎ロウ付けもプロパンだったり、アセチレンだったりと必要なので、異世界に行ったらどうやってロウ付けするんだろうか?

フラックスもあるのか微妙ですね。

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