第42話 錆びない鉄のお話
東京モーターショー2019のキッザニア、マツダのブースが金型磨きですか。
オギワラが外資に買われてからというもの、国も金型の重要性に気がついたようで、富士テクニカ宮津の合併があったりと、なんとか技術の海外流出を食い止めてはいますが、次世代の育成も必要ですね。
今回は金型のお話ではありませんが。
それでは本編いってみましょう。
「鉄で出来たお風呂が見つかった?」
冒険者ギルドで、いつ来るかわからない相談者を待っていたら、オーリスがやって来た。
彼女の話によると、ステラの街からそんなに離れていない森の中の小屋で、鉄で出来たお風呂が発見されたのだという。
しかも、そのお風呂には水ではなく、液体の酸が入っていたのだそうだ。
それが本当なら、鉄の浴槽はボロボロに腐食しているだろう。
「実はその件で将軍からアルトに調査依頼が来ていてね」
ギルド長がやって来てそう言った。
将軍も俺のジョブを知っているので、直々の依頼となったのだろう。
しかし、鉄のお風呂ごときで、どうして俺が呼ばれるのだろうか?
「念の為、シルビアを護衛につけるからね」
護衛が必要とも思えないが、国家機密だったりしたら、その場で口封じって事もありそうだな。
念の為というのは賛成だ。
こうして、俺とシルビアとオーリスが将軍官邸に出向き、将軍とその部下達と一緒に森の中の小屋に向かった。
「――これって」
小屋の中に入ると、そこは酸っぱい臭いが充満している。
それなので詳細を見ずとも、ここに酸が在ることがわかる。
しかも、俺はこれをどこかで経験しているはずだ。
シルビアとオーリスは余りの臭いに鼻をつまむ。
「こちらが鉄のお風呂です」
兵士に案内されて、更に奥へと進むと、確かに金属の浴槽みたいなものが複数あった。
しかし、酸でも腐食しない鉄っていうと、ステンレスなんだろうけど、ステンレスの発明は地球でも19世紀末くらいだったぞ。
それよりも、この浴槽の並びには既視感がある。
「メッキ工場か」
思い出した。
これは監査で行ったメッキ工場そっくりじゃないか。
だとすると、先頭の槽はアルカリ性の溶液だろうな。
pH測定するスキルを持っていないが、酸性の溶液と混合すれば、中和されて塩ができると思う。
でも、まずは金属の測定からだな。
【蛍光X線分析】を使用すると、槽を構成する元素は鉄、ニッケル、クロムがメインだとわかる。
やはりこれはステンレスだな。
マルテンサイトなのか、オーステナイトなのかは判らない。
磁石をくっつけてみれば一発なんだが、生憎と磁石が無いんだよな。
「いや、待てよ」
亜鉛と銅の板を作り出して、その先に導線を付けて、鉄のピンゲージをぐるぐる巻にする。
これで電解液と電極とコイルが揃ったので、電磁石を作ることができる。
電解液は勿論槽の中の液体だ。
電極を液に浸けてショートソードを近づけたら、見事にくっついたので成功だ。
次に電磁石を槽に近づけたら、今度はなんの反応もなかった。
ということで、これはオーステナイト系ステンレスだな。
SUS304辺りかな?
「何か解ったのか?」
俺の作業を見ていた将軍が訊いてきた。
さて、どう説明してよいものか。
この人達に理解できる言葉に置き換えないといけないな。
「この小屋は、この前の偽金貨の製造に使われていた可能性が高いですね」
「なんだと!?どうしてそんな事がわかる?」
流石に将軍も驚いたようだ。
ここがメッキ工場だなどとは考えもしなかったのだろう。
それが考えつくなら、俺みたいな転生者だろう。
「この設備はメッキをするための物です。槽を温める仕組みが見当たりませんが、それには魔法を使ったのかも知れません」
メッキ工場にはお湯を沸かすボイラーがあるのだが、流石にそれは見つからなかった。
炎の魔法で代用したのかも知れないな。
メッキ槽がプラスチックじゃないのはそのせいかもな。
ステンレスを作り出す技術があるなら、エンプラだって作成可能だろう。
というか、こんなものがあるなんて、本当に俺以外にも転生者が居るということか。
「これは危険なものなのか?」
「はい。この薬液は毒性がとても強いです。川に流せば魚はたちまち死んでしまうでしょう。また、川の水を使っている人間にも影響が出ます」
「どうすればいい」
そう将軍に問われて俺も困った。
そんな薬品は業者に引き取ってもらうくらいしか知識がない。
後は少しずつ原液を取り出して、希釈してから川に流すくらいだな。
下流で行えばこの街に被害は出ない。
さらに下流域ではどうなるかわからんが。
流れていくうちにさらに希釈されるとは思う。
これが青酸ソーダなのか苛性ソーダなのか、硫酸なのか塩酸なのかもわからんし、ただ、ここに置いておいても、そのうち大雨とかで流れ出してしまったら、それこそ大変だ。
「生活魔法に汚れた水を綺麗にするものがあると聞いたことがありますわ」
オーリスがそう言う。
「そういえばそんな魔法もあったわね」
シルビアもしっているようだ。
じゃあ、それはあるってことでいいんだな。
「将軍、その魔法を使える者に、この液を水に変えるよう指示をしてください。そうすれば廃却しても問題はないでしょう」
「わかった、直ぐに手配しよう。それとこの金属なんだが、何かに使えないか」
ステンレスの使いみちなんてそれこそ沢山ある。
医療・食品・輸送機など現代でも幅広い。
刃物としては切れ味は悪いが、錆びないという利点がある。
スライムの酸でも腐食しないかも知れないな。
電食や鋭敏化といった問題も在るため、完璧とは謂えないが、それでも武器としても色々な可能性があるだろう。
「それにしても、よくステンレスを作って、形を整える事ができたな。どこの誰がこんな事をしたんだよ。それにメッキ液か。薬品会社なんてどこにも無いぞ。電気メッキの電気だって」
そう、この小屋の中には少なくとも20世紀程度の文明レベルではないと存在しないはずのもので溢れている。
ここを作った奴はこれを敢えて残したのか、それとも処分できずに放置したのか。
なんとなくだが、前者のような気がする。
俺への挑戦状だろうな。
転生してから今まで、意図的に文明に合わないものは導入しないようにしようと思っていたのだが、どうももうひとりの転生者はそうでは無いらしい。
今までも、グラインダーやたい焼きもどきはこの世界に持ち込んだが、それだってこの世界にある技術で再現できたからだ。
マクロ試験用の薬品を使って、火薬を作ることもできるのだが、そんな事はしなかった。
すればこの世界でのノーベルになることが出来ただろうけどな。
「アルト、凄く怖い顔しているわよ。どうしたっていうの?」
シルビアが心配そうに俺を見ている事に気がついた。
「これを作った奴が何を考えているのかなと思ってね」
「これってそんなに怖いものなの?」
「ああ、偽金貨なんて大したことない。ここにあるのは今の時代ではあり得ない金属加工の技術と、薬品の技術が使われている。それに火に変わるエネルギーだな。これが戦争に使われたら、世界は征服されるだろう」
蒸気機関を吹っ飛ばして、電気の時代がやってくるのか。
ちょっと見てみたい気はするが、その世界がやって来た時は、技術をもたらした奴以外は奴隷だろうな。
産業革命前の世界に、現代の科学力で攻め込まれたらひとたまりもない。
まあ、この時代の剣でも人は殺せるから、絶対負けるって訳でもないが。
「火に変わるエネルギーって何よ」
「電気といってだな、例えば馬車を馬無しで動かすことも出来るし、火が無くても明るくなったり、お湯を沸かすことが出来るエネルギーだよ」
「まるで魔法ですわね」
オーリスの言うように、今の時代の人からしたら、電気は魔法だろうな。
ここの小屋を見る限り発電設備はないから、電気は何らかのスキルで作ったのだろう。
後は火薬が登場したらいよいよもって世界征服の開始だろう。
あ、火薬は俺が持っているな。
「後は火薬っていうのがあるな」
「なんだねそれは?」
ここまでの話を聞いて、将軍も真剣な表情だ。
事は既に国家規模の問題になろうかというので、当然といえば当然だ。
取り敢えずピクリン酸を生成して、それに衝撃を加えて爆発するのを全員に見せた。
勿論、少量なので被害が出ることはない。
が、その轟音に全員が言葉が出ない。
ピクリン酸は日本では下瀬火薬と言って、日露戦争で使われていた物だ。
黒色火薬なんかよりも何十倍も威力がある。
異世界転生作品で主人公が黒色火薬を作る話があるが、俺のスキルはそれを上回るな。
ピクリン酸なので、取り扱いは注意を要するが。
「とまあ、こんなふうな奴の威力が更に大きい攻撃が可能です。魔法の適正無しで都市を一つ破壊するのも簡単に出来ます」
後はフッ化水素も作れるのだが、それを見せる事は出来ないな。
あれ、俺がこの世界を征服できる?
いや、これだけなら一つの都市は征服できるかもしれないが、国家を相手に一人で戦うのは無理があるな。
組織を作らないと組織とは戦えない。
ここを作ったやつが、今の所表立って行動していないのはそういう事なのかもしれないな。
「やれやれ、酸でも腐食しないお風呂って何だと思って来てみれば、どうやらとんでもないものにぶち当たったな」
まったく、これでは毎日冒険者ギルドの相談窓口で、コーヒーを飲みながら時間をつぶす生活が出来ないじゃないか。
こんな事をしているやつを見つけて、改心させないとな。
「アルト、最初は戦う事が出来ないと思っていたけど、今なら迷宮のフロアボスも倒せるんじゃないの」
「是非今の火薬とやらを軍に売ってくれないか」
シルビアと将軍が俺に迫ってくる。
シルビアは兎も角、将軍に火薬を見せたのはまずかったな。
軍事利用を考えるよなぁ。
「これは品質管理の為の薬品で、大量には生成出来ませんよ。それに、運搬する際に爆発するから、俺でないと取り扱いはできません」
きっぱりと断っておいた。
「しかし、ここを作ったやつが世界と戦うとなったらどうなる?我々では勝てないのだろう」
「それは今のうちに芽を潰しておきましょう。相手はまだ組織ではないでしょう。今のうちに怪しいやつを捕まえてしまえばいいのです。一人で戦い続けるには限界がありますからね」
「そうか……」
将軍はまだ未練がありそうだが、ここで火薬を俺が供給すると世界のバランスが崩れそうだ。
黒色火薬程度なら、後200年以内には発明されるだろうけどな。
でも、黒色火薬程度なら、魔法使いの方が高火力で、持ち運びにも適していると思うぞ。
「ほんと、アルトは未来を見てきたような事を知っているわね」
オーリスは相変わらずだな。
そろそろ誤魔化しきれないか。
「まあ、それが俺のジョブだからね。さあ、俺の仕事はここまでだ、帰ろう」
将軍にお願いしてこの小屋に歩哨を立ててもらい、俺達は帰ることにした。
後日、水質浄化の魔法で無害化されたメッキ液は廃棄された。
酸やアルカリ溶液が水になるとは、やはり魔法は凄いな。
※作者の独り言
以前、SUS430にSUS304を混入させてしまい、対策として材質確認にマグネット検査を追加したことがあります。
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