第41話 官能作業といってもエロくない
「こんなの箸にも棒にもかからないな」
「何だと!」
「こいつはグルタミン酸ナトリウムじゃないか」
「グルタミン酸ナトリウム?それって化学調味料じゃない」
「こいつは化学調味料の味しかしない、お茶の旨味はテアニンだ」
「サイパン島の隣の島ね。日本軍が玉砕した」
「それはテニアン」
「山岡~」
脳内美味しんぼ会議を開くくらいにお茶が不味かった。
今日も暇なので、お茶を美味しく淹れる練習をしているのだが、どうにも上手くいかない。
やはり飲み物はコーヒーに限る。
お茶なんてブランデーを入れないと飲めない。
まあ、美味しくない原因の大半は、俺が美味しく淹れるのが面倒で、適当に淹れているからなのだが。
「あら、アルトにしてはマシな味になっているわね」
俺の飲みかけのカップを取って、お茶を飲んだ感想を言うのはシルビアだ。
飲みかけとか気にしないのか?
それはそうと、俺は飲めたもんじゃないと思っていたが、シルビアはこれを飲めるのか。
味覚が絶望的に合わないな。
まだ残っているお茶をどう処分しようかと悩んでいたら相談者がやって来た。
「相談に乗って欲しいのですが」
「どんなことでしょうか」
「実は……」
相談者の名前はカイエン。
最近出来たばかりのパーティー『カイエン隊』のリーダーだ。
ジョブは格闘家であり、前衛として迷宮で冒険をしている。
冒険者の等級は木だな。
そんな彼の相談内容は迷宮ダイオウヤンマの目の色の見分けがつかないというのだ。
迷宮ダイオウヤンマは迷宮の見張り番。
外見はトンボのモンスターで、自分達の群れの縄張りを飛んでいる。
その目の色が赤い時に、攻撃を受けると仲間を呼ぶ。
赤みがかったオレンジなら、仲間を呼ぶことはない。
つまり、オレンジの目の色を確認して攻撃しなければならないのだ。
暖色系の色を見分けるので、慣れていないと見間違う。
これは難しいな。
色の見分け方は所謂官能作業だ。
個人の感覚に依存するので、どうしても個人差が出てしまう。
「君たちカイエン隊に贈る言葉は無い」
「そんな~」
カイエンが泣きそうな表情で、情けない声を出す。
「冗談だ」
贈る言葉と言いたかっただけなので、情けない声を出させてしまった事をお詫びしたい。
すまぬ。
しかし、迷宮内では光量が十分とは謂えず、色見本による判断は難しいな。
すぐには解決方法が思いつかない。
こういう時はシルビアさんに相談だ。
「という訳なんですが、どうしたらいいでしょうか」
「そんなもん、覚えるまで戦えばいいのよ」
「それもそうか」
妙に納得してしまった。
というのも、数値化出来ないような官能作業は、作業者を繰り返し教育することでしか対応が出来ないのだ。
後は間違いやすい環境を取り除いてやることだが、迷宮にLEDライトを設置することは出来ないので、今回は繰り返しで覚えてもらうしかない。
ここは指導員のシルビアに、つきっきりでしごいてもらうしか無いな。
「この目の色が攻撃していい色よ。この時に三擊までで倒すこと」
「はい」
そんなわけで、今カイエン隊と俺とシルビアは迷宮にいる。
シルビアの解説に従って、カイエン隊が迷宮ダイオウヤンマを攻撃する。
慣れたところでノーヒントで判断させ、その判定の確からしさを確認する。
全員の指でも足りないくらい、迷宮ダイオウヤンマを倒した辺りで、カイエンの判断は全て正解となった。
「あとはこれを忘れないように、繰り返し戦うことね」
「わかりました」
迷宮ダイオウヤンマの目の色を見分けられるようになったことで、今回の冒険は終了となった。
今後は繰り返しと、体調が悪いときの冒険をしないことで、この感覚を維持できるだろう。
感覚に頼った判断だから、体調は重要だぞ。
翌日、冒険者ギルドの給湯室にて。
「こんな苦いもの飲むなら、お茶の方がいいわ」
「どうしてコーヒーの旨さがわからないんだよ」
「苦いからよ」
俺はシルビアとお茶とコーヒーの飲み比べをしていた。
二人の味覚が全く違うため、お互いの意見が合わない。
JISもよく官能評価の規格なんて作ったな。
シルビアに無理矢理お茶を飲まされながら、そんなことを考えていた。
※作者の独り言
官能検査を無くしたい。
割と切実。
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