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 それから俺は、早速行動を開始した。まずは高高度与圧服プレッシャースーツのチェック。これは基本的に宇宙服と同じもので、完全に密閉され、内部は100%純粋酸素で満たされている。今回のミッションでは高度65,000ft(フィート) - 約2万メートルまで上がって目標に体当たりしなくてはならない。そのためプレッシャースーツの着用が必須だった。しかし、それくらいの高さになるとF-2のエンジンはほぼ機能しなくなる。そこで、飛実団で開発中の、ロケットとラムジェットの複合型ブースターを胴体下のハードポイントに装着する。その両脇には600ガロンドロップタンクを装着し、さらに各主翼の下に2本ずつ、合計4本の対艦ミサイルASM-1を搭載する。だが、このミサイルが気休め程度にしかならない、ということは最初から分かっていた。


 そもそも対艦ミサイルは海面上をのろのろ動く艦船を攻撃するための武器だ。高高度かつ高速度で動く目標は想定外である。まして、目標はミサイルを回避する能力を備えているのだ。だから命中はまず無理だった。それでも、一発でも命中すれば威力は大きい。その一縷の望みに賭けて搭載されたのだった。


 目標の軌道傾斜角は極軌道(赤道と垂直に交差する軌道)に近かった。日本には磁方位175、即ちほぼ真南から進入し、関東平野から新潟を横切るコースを取る。もし東京にでも落ちたら、いったいどうなってしまうのか。核爆発ほどではないにしても、衝撃波と放射能汚染で大惨事になるのは間違いない。


 しかし。


 俺は、どうしてもその衛星が不憫に思えてならなかった。


 おそらくそいつは冷戦の終結と共に、用無しとして捨てられたのだ。彼女に捨てられたばかりの俺としては、同情を禁じ得ない。


 ひょっとしたら、そいつは地球に帰ってきたかったのかもしれない。だけど、だったら生まれた国に帰ってくれ……なんで日本に落ちてくるんだよ……迷惑極まりねえよ……


 もう夏も終わったと言うのに、何故か今日はえらく暑い。考えてみれば地球の温暖化も、人類に捨てられた二酸化炭素の恨み節に違いない。そうさ、いつだって捨てる方は、捨てられる方のことなんか、一切気にしちゃいないんだ……


 そこまで考えて、俺は不意に思い当たる。


 十数時間後、俺は、俺の弟子である"ユキ"を、この手で捨てなくてはならないのだった……


 全ての準備を終え、仮眠室で横になっていた俺は、思わず泣きそうになった。


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