5
目標の本州到達まであと三時間。とうとう出撃命令が下った。状況は最悪だった。最新のデータから、目標が60%の確率で関東平野を直撃することが分かったのだ。俺はプレッシャースーツをグラウンドクルーたちに手伝ってもらって着込み、ぎこちなく歩いて機体に搭乗する。エンジンをランナップし、プリフライトチェック。問題なし。"ユキ"は相変わらず学習を行っているようだ。声をかけても反応しない。エプロンからランウェイ10まで
実はブースターが結構重くて、このままでは滑走路を使い切っても離陸できないのだ。そこでブースターのロケットエンジンを使い、RATO(Rocket Assisted Take Off:ロケット補助支援離陸)をやるのである。
『シリウス11、クリヤー フォー テイクオフ。グッドラック、カーシー』
管制塔の発進許可が下りた。「シリウス11」はこの機体の今日のコールサインだ。
「さあ、行くぞ」
俺は操縦桿のブースター作動スイッチを押す。
ドン!
「!」
爆発したのか、と思うくらいの凄まじい加速。俺の背中がシートにめり込む。瞬く間にVR(機首上げ速度)に達したF-2は、最大積載重量を超えているにもかかわらず軽々と空中に舞い上がる。俺は慌ててブースターのスイッチを切る。ここでロケット燃料を使い果たすわけにはいかない。こいつの出番は後もう一回あるのだ。
このまま八丈島に向かい、その東、約16NM(ノーティカルマイル)の沖合上空65,000ftにて、西方向からF-2を目標に突入させる。目標の
八丈島の西北西、25NM。俺はドロップタンクを
ところが。
予定ではもう終わるはずの"ユキ"の学習が、一向に終わる気配がない。
タッチパネルで"ユキ"のリソースを確認した俺は、思わず声を上げそうになった。
CPUの温度が80℃を越えている……
それで、オーバーヒートを防ぐために動作周波数が落ちて、処理が遅くなっているのだ。
何でこんなことに……?
CPUクーラーは水冷式だが、CPUがオーバーヒートしそうなのにその水温は何故か低い。
まさか。
ひょっとしたら、離陸の際のRATOの強烈な加速でクーラーヘッドがCPUからズレたか、ヘッドとCPUの間の放熱用グリスが流出したのかもしれない。それで熱伝導率が下がって冷えなくなっているのでは?
確かに、上下方向のGならクーラーヘッドもグリスもいくらでも耐えられるが、前後方向に強烈なGがかかるのは……想定外だった……
だが、こんなことは
『分かった。カーシー、
しかし。
"ユキ"の助けなしにリモート操縦だけで突入するのは、かなり困難だ。かと言って、失敗は絶対に許されない。
……。
俺は、覚悟を決めた。
ここはやはり、俺が最後まで操縦するしかない。弟子の不始末は師匠の俺の責任だ。
幸か不幸か、俺には両親も兄弟もいない。彼女とは昨日別れた。だから、俺が死んだところで、誰も悲しむ人間はいないのだ。
『おい、カーシー、命令だ、脱出しろ! どうした? 応答しろ!』
キャップさん……すみません。命令は聞けません。
目標高度で機体を
ここで死んだら、俺はAIと心中した史上初めての人間になるのかな……
そんな、下らないことを考えていた時だった。
「学習完了。タダチニみっしょん開始シマス。I have control」
"ユキ"の声だった。抑揚のない、女性の合成音声。
しかし突入まで後一分を切っている。それに、もうマック2にまで加速しているのだ。こんな凄まじい
「ネガティブ。今更遅いよ。俺が最後まで操縦する」
おそらく「彼女」は、"ネガティブ"という単語だけは間違いなく聞き取れているだろう。「彼女」にはそれくらいの認識能力しか無い。だが、それだけで俺の意思は伝わったはずだ。
しかし、「彼女」の返答は全く俺の予想外のものだった。
「イイエ。コノママデハ、First principleニ抵触シマス。I have control. Sirius 11, Eject! Eject! Eject!」
「何っ?」
俺が声を上げると同時にキャノピーシルの火薬カートリッジが作動し、キャノピーが吹っ飛ぶ。続いてアームプロテクション機能が働き、俺の手は強引に操縦桿とスロットルから引きはがされる。両足の間の床からディフレクターが飛び出し、俺の胸の高さで止まる。ロケットモーターが作動。俺の体は濃紺の空のまっただ中に放り出される。
---
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます