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「これから話す内容は、極秘中の極秘だ。絶対に外部に漏らさないでくれ」


 重々しい声でそう言った後、団司令の桐山空将補が告げた内容は、俺の想像を遥かに超えるものだった。


 どこかの国が打ち上げ、現在は放棄されていると思われる謎の人工衛星が一つ、どんどん高度を失い大気圏に突入しようとしているという。低高度の衛星はごく薄い大気の中を飛ぶため、空気抵抗によるブレーキがかかり、いずれそうなる運命なのだ。


 それで、人口密集地に落ちる恐れを考慮して、米海軍のイージス艦が弾道ミサイル迎撃用のスタンダードミサイルSM-3で破壊を試みたのだという。


 しかし。


 なんと、その衛星はミサイルをかわしてしまったらしい。そこでこの衛星の正体がようやく明らかになった。


 キラー衛星。


 冷戦たけなわの頃に某大国が計画していた、敵の軍事衛星を破壊するための衛星である。計画だけで打ち上げられた記録はない、と言われていたのだが、実は秘密裏に打ち上げられていたらしい。それは敵衛星への攻撃能力のみならず、敵からの攻撃をかわす防御能力も備えている。しかも、それはなんと装甲で覆われていて、空対空ミサイルのような破砕型弾頭では破壊できないという。そして……


 望遠鏡で見る限り、その衛星には太陽電池パネルは備え付けられていない。にもかかわらず未だにそれが機能している、ということは、恐ろしい可能性を意味していた。


 その衛星には、原子炉が積まれているのではないか。


 実際、1978年に原子炉を搭載した衛星コスモス954が、カナダ北西部に墜落して大規模な放射能汚染を引き起こしている。この時はまだ無人地帯に落ちたからよかったのだが……


 今回の謎の衛星は、ミサイル回避の際にスラスターを使用し、しかもそれが減速方向に働いたため、軌道が変わり突入が早まってしまったのだ。コンピュータの計算によると、それが20時間後に30%の確率で日本列島に落下する、というのである。装甲で囲まれているような衛星が、突入時の熱で燃え尽きるとも考えられない。


 政府は外務省を通じてその某大国に抗議をしたのだが、向こうは知らぬ存ぜぬといった調子らしい。やはり自分たちで何とかするより他はない。しかしミサイルでは破壊が困難である。


 そこで。


 飛実団にお鉢が回ってきたのだった。要するに、「ユキカゼ」に「カミカゼ」をやらせろ、という話なのだ。


 おそらく衛星はミサイルはかわせるにしても、よりインテリジェントな「ユキカゼ」ならその裏をかいて体当たりを成功させられるのではないか。それに、F-2はミサイルと比べて圧倒的に質量が大きい。従って衝突時に衛星に与える運動量も大きくなる。例え破壊できなくても、十分大きく落下コースを逸らせることができるだろう。


 どうやら、「お偉いさんたち」はそう考えたらしかった。


 正直今の「ユキカゼ」には空中戦はまだ厳しいが、体当たりするだけなら確かにできそうだ。離陸は自力でできるし、データリンクを使って地上からリモートコントロール的に操作することもできる。だから、今回のミッションは完全無人で行えるのでは……


 と、俺は思っていたのだが……


 どうも、事はそう単純でもなさそうだった。


 深層学習では、当然だがまずデータを学習させる必要がある。しかし、一般的にニューラルネットの学習には多数の繰り返しエポックが必要で、上記の超強力コンピュータでも結構時間がかかるのだ。とてもフライト時にリアルタイムにできるようなものではない。なので、学習は基本的に機体が格納庫にいる間に行われる。


 ところが、今回は何せ時間がない。しかも今までに前例のないミッションだ。データなんか存在しない。米軍のミサイル攻撃の時のデータをもとに、シミュレーションして仮想的にデータを水増し……もとい、拡張オーグメンテーションするしかない。それにも結構な時間がかかるし、さらにそれを学習させてモデルを作成する必要がある。そしてこれがどうにもフライトまでに間に合いそうにない、という。


 てなわけで、「ユキカゼ」はフライトしながらも学習を続けなくてはならない。そして演算リソースをそれに全振りすると、自動操縦はできなくなる。


 ということは。


「……俺も乗って学習が終わるまで操縦しろ、ってことですね?」


「そうだ」団司令は苦い顔で頷いた。


「もし、突入までに学習が終わらなければ、どうなるんですか?」


「それは心配ない。少なくとも突入の五分前には学習は終わる、とのことだ。もし終わらなくても、君は五分前に脱出してくれ。後はデータリンクで地上からバックアップする。他に何か質問は?」


「ありません」


「それじゃ、以上だ」


 俺と団司令は、互いに敬礼する。


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