3
「これから話す内容は、極秘中の極秘だ。絶対に外部に漏らさないでくれ」
重々しい声でそう言った後、団司令の桐山空将補が告げた内容は、俺の想像を遥かに超えるものだった。
どこかの国が打ち上げ、現在は放棄されていると思われる謎の人工衛星が一つ、どんどん高度を失い大気圏に突入しようとしているという。低高度の衛星はごく薄い大気の中を飛ぶため、空気抵抗によるブレーキがかかり、いずれそうなる運命なのだ。
それで、人口密集地に落ちる恐れを考慮して、米海軍のイージス艦が弾道ミサイル迎撃用のスタンダードミサイルSM-3で破壊を試みたのだという。
しかし。
なんと、その衛星はミサイルをかわしてしまったらしい。そこでこの衛星の正体がようやく明らかになった。
キラー衛星。
冷戦たけなわの頃に某大国が計画していた、敵の軍事衛星を破壊するための衛星である。計画だけで打ち上げられた記録はない、と言われていたのだが、実は秘密裏に打ち上げられていたらしい。それは敵衛星への攻撃能力のみならず、敵からの攻撃をかわす防御能力も備えている。しかも、それはなんと装甲で覆われていて、空対空ミサイルのような破砕型弾頭では破壊できないという。そして……
望遠鏡で見る限り、その衛星には太陽電池パネルは備え付けられていない。にもかかわらず未だにそれが機能している、ということは、恐ろしい可能性を意味していた。
その衛星には、原子炉が積まれているのではないか。
実際、1978年に原子炉を搭載した衛星コスモス954が、カナダ北西部に墜落して大規模な放射能汚染を引き起こしている。この時はまだ無人地帯に落ちたからよかったのだが……
今回の謎の衛星は、ミサイル回避の際にスラスターを使用し、しかもそれが減速方向に働いたため、軌道が変わり突入が早まってしまったのだ。コンピュータの計算によると、それが20時間後に30%の確率で日本列島に落下する、というのである。装甲で囲まれているような衛星が、突入時の熱で燃え尽きるとも考えられない。
政府は外務省を通じてその某大国に抗議をしたのだが、向こうは知らぬ存ぜぬといった調子らしい。やはり自分たちで何とかするより他はない。しかしミサイルでは破壊が困難である。
そこで。
飛実団にお鉢が回ってきたのだった。要するに、「ユキカゼ」に「カミカゼ」をやらせろ、という話なのだ。
おそらく衛星はミサイルはかわせるにしても、よりインテリジェントな「ユキカゼ」ならその裏をかいて体当たりを成功させられるのではないか。それに、F-2はミサイルと比べて圧倒的に質量が大きい。従って衝突時に衛星に与える運動量も大きくなる。例え破壊できなくても、十分大きく落下コースを逸らせることができるだろう。
どうやら、「お偉いさんたち」はそう考えたらしかった。
正直今の「ユキカゼ」には空中戦はまだ厳しいが、体当たりするだけなら確かにできそうだ。離陸は自力でできるし、データリンクを使って地上からリモートコントロール的に操作することもできる。だから、今回のミッションは完全無人で行えるのでは……
と、俺は思っていたのだが……
どうも、事はそう単純でもなさそうだった。
深層学習では、当然だがまずデータを学習させる必要がある。しかし、一般的にニューラルネットの学習には多数の
ところが、今回は何せ時間がない。しかも今までに前例のないミッションだ。データなんか存在しない。米軍のミサイル攻撃の時のデータをもとに、シミュレーションして仮想的にデータを水増し……もとい、
てなわけで、「ユキカゼ」はフライトしながらも学習を続けなくてはならない。そして演算リソースをそれに全振りすると、自動操縦はできなくなる。
ということは。
「……俺も乗って学習が終わるまで操縦しろ、ってことですね?」
「そうだ」団司令は苦い顔で頷いた。
「もし、突入までに学習が終わらなければ、どうなるんですか?」
「それは心配ない。少なくとも突入の五分前には学習は終わる、とのことだ。もし終わらなくても、君は五分前に脱出してくれ。後はデータリンクで地上からバックアップする。他に何か質問は?」
「ありません」
「それじゃ、以上だ」
俺と団司令は、互いに敬礼する。
---
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます