第2話 もろびとこぞりて
そうして、俺たちは“
マヨネーズでおなじみのあのキャラクターが描かれた電飾看板が牧歌的な印象を与えてくるが、建物自体はかなり年季が入っている。
入口の客引きに野口が声をかけた。
「今日は
男は笑顔で答えた。
「ええ。でも、それは常連さんへのサービスなんですよねー。チケットは?」
そんなもの持ってるわけがない。なにせこの町に来るのも初めてなのだ、常連なわけがないだろう。グッチー、だからお前の情報は甘いんだよ。
「いやー、服部に誘われたんだよね」
「は?」
服部という名前を聞いて、男の表情が一瞬強張った。まじまじとその顔をみると、あきらかにカタギではない。
「この前来たとき、ナツキちゃんからも、おいでって言われたしさー。常連ってわけじゃないけど、俺、服部のダチでさー」
客引きの男は野口の言い分を聞いて、強張った笑顔を見せた。
「そ、そうっすか。服部さんのお友達ですか」
野口がコクリコクリとうなづきながら、俺の胸をひじで突いた。俺も合わせてうなづく。
「じゃあ、今日はいいっす。でも
「おい、服部って誰だよ。知ってる奴かよ」
「ぜんぜん。でもウチの学校じゃ有名なイケてる大学生だよ」
で、そいつが入れ込んでいるのが、この店の“ナツキ”という女らしく、よくダチを引き連れて飲みに来るという。服部の親父はこの町の町会議員で、なにかと融通を利かせられるということだった。だから服部の友人を名乗り、以前ここに来たという体にしておけば、無料サービスが受けられる……
「しかも、今日、服部は合コンの幹事だから来るとしても真夜中だ。その前に帰っちゃえば問題ない」
「なんでそんなこと知ってんだ?」
ふふん、と奴は鼻を鳴らした。
「言っただろ滝田クン。僕は学内の事情通なんだよ」
野口は留年組で俺よりも在学年数は長い。学内の有名人というわけではないが、それなりの事情通という話は聞いたことがある。まだこいつとの付き合いは浅いが、その泰然自若とした雰囲気は「学園を牛耳るフィクサー」に見えなくもない。何より、この時の野口は、普段ののほほんとした奴と違って貫禄が感じられた。
しばらくすると、俺らのテーブルに二人のホステスがやってきた。
「こんばんは、ミホです」
そう名乗って野口のとなりに座った女は、胸の大きい、いかにもこの店のシンボルといった体つきをしていた。服部の友達、ということでエース級をよこしたのかもしれない。
一方、俺についたのは、美人だが少し屈託のある表情をした女だった。こういう店にいるのは少し違和感がある。単純に商売慣れしていないのか。
それでも俺と目が合うと、作り笑顔で名乗る。
「アキナです。よろしくお願いしまーす」
とはいえ、おそらく俺はこの女のおっぱいを揉むことになる。そう思うと俄然緊張してきた。
「あれ、お客さん、飲まない人?」
通された席で、俺は烏龍茶を飲んでいた。せっかくの初生おっぱいだ。酔って感触を忘れたくない。
「いや、そういうわけじゃないけど」
「ふぅーん」
なんだか、急にすべてを見透かされたような気がする。だから女は苦手なんだ。
「こういう店初めてでしょ」
アキナが俺の腕に自分の腕を絡ませてその胸を押し付けてくる。前言撤回、十二分に商売女だ。
「もうちょっと我慢しててね。その時がくるまでは」
ずいぶんと詩的な言い方に聞こえたが、それはつまり「おさわりタイム」というものがあるまで待て、ということらしい。気がつくと店内はほぼ満席で、中年のサラリーマンから学生まで、幅広い客層でごった返していた。クリスマスイブの日に、こういう店に来る奴らが大勢いると思うと、なんだか嬉しくもあり切なくもなる。
アキナの香水の匂いと、甘ったるいアルコールの吐息、それとタバコの匂い。暗い照明も手伝って気だるい空気になる。
しかし俺が思っていたのは、こういうことじゃない。
さっとおっぱいを揉んで、さっと帰れればいいのだ。
ワインのテイスティングをするように、「ああ、うん、これはこれはなめらかで手触りのいい見事なおっぱいですな」みたいなことを言って、店を出て、その感触を忘れないうちに家に帰ってなすべきことをなす。それでいいと言うのに。
野口をみると、ミホといちゃついていて、こっちの気持ちなんてなんにもわかっちゃいない。素面でいる自分がだんだんアホらしくなり、俺はハイボールを注文した。1杯目を飲み干し、グダグダと下らない世間話をしていると、ついにその時はやってきた。
唐突なドラムロール。そして大音量で流れるクリスマスソング。
マイク越しの男の声が聞こえる。
「皆さま、メリークリスマス!今夜はキューピーハニーにようこそ。長らくお待たせいたしました。本日一発目のおさわりタイムですよ!さあ女の子たち、準備はいいかなー?」
その掛け声とともに女たちが一斉に上半身をはだける。俺が今までみたことのない数のおっぱいが、視界を埋め尽くす。アキナも当然のように胸を露出し、向かい合うようにして俺の膝の上に乗っかってきた。
「はい、揉んでー、モンでー、もんでー、揉ンデー!ラッセーラー!ラッセーラー!」
その掛け声に合わせて、今度は客たちが一斉に、リズムよく目の前の胸をもみ始める。これでは趣もなにもあったもんじゃない。テイスティングはどうした?
「ほら、早く。揉みたくないの?アタシのおっぱい」
初めての光景に唖然としていた俺は、アキナにせっつかれて、ようやく現実に戻った。
目の前にアキナのおっぱいがふたつ並んでいる。さほど大きくはないが、形が良く、肌の白さがひときわ目立っていた。
揉むべきか、揉まざるべきか、それが問題だ。
いやいや、俺はこれを揉みにきたんだ。どうやったってこれは俺に揉まれるべきおっぱいなんだ。
「早くしてよ。なんにもされないの、逆に引くんだけど」
言われて、俺はアキナを見た。ちょっと不貞腐れたような、あるいは新種のパグでもみるような顔つきで俺を睨む。
よし、揉むぞ。
意を決して、俺は両手で……つまり左手で右のおっぱいを、右手で左のおっぱいを掴んだ。あたたかい感触が手のひらに伝わる。
「あっ」
とアキナが色気に満ちた吐息を漏らす。
俺はそのまま、ゆっくりと彼女の胸の感触を確かめるように力をこめる。予想よりも弾力があり、そこに生身の女を感じた。胸に釘付けだった視線を彼女の顔に向けると「そう、それでいい」というような表情をしてみせた。俺はそのまま、ただただ手のひらに無心に動かし続けた。
手を動かすごとに、彼女の表情は徐々に色香を発散させてくる。なんだかよくわからない。彼女は菩薩か、いや、クリスマスだから聖母さまか。だんだんと頭が混乱してきて意識が飛んでいく。
「あ、あんた、何やってんの?」
アキナの声で我に返る。
まだ、大音量で掛け声が続く中、気がつけば俺は彼女の胸に向かって拝んでしまっていた。
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