Wild Turkey
高野ザンク
第1話 We Wish You a Merry Christmas
クリスマスイブ。
俺と友人の野口は、東京寄りの埼玉の果てにいた。
電車で1時間ほどかけてやってきた小さな町だが、ここにはちょっと知られた風俗街がある。
なんの因果で
話は4日前に遡る。
大学2年生の俺は野口の家で、青年誌を読みながら暇をつぶしていた。
表紙には深夜TVでよく見るグラビアアイドルが、露出の多いサンタクロースのコスチュームで、物理的にありえないほどの胸を強調しながら挑発的な笑顔を振りまいている。
同じ世界にこういう女が存在してるってのに、どうして身近にはいないかねえ。
「女のいないクリスマスってのはしみるもんだ」とはよく言ったもんだ。
もっとも、俺はこれまで女のいるクリスマスを過ごしたことはないけれど。
「知ってるか?
野口が徐ろに言った。
「マジか?」
グラビアから顔をあげて俺は聞き返す。
「うん。クリスマスイブのプレゼントってことでやってる店があるらしい」
「マジか?!」
思わず強めに聞き返す。訊くと、東京寄りの埼玉の果てにある町の、とある「おっぱいパブ」でそれは行われるらしい。
しかし、
「ゲイバーのイベントとかだったら一生恨むからな。」
俺は野口を睨んでみせる。
「滝田クン。キミは僕を信用していないのかな」
胸を張る野口の情報網はなかなかのもんだが、その正確さには疑問がつく。以前こいつから聞いた噂が元でさんざんな目にあったのだ。俺はあれを許したわけではない。それでもこの男にはどこか憎めないところがあるから、こうやってつるんでいるわけだが。
「でもタッキーだって、おっぱいぐらい揉んだことあるでしょ?」
野口が当たり前のことのように、でもなんだか探るような調子で訊ねる。
もちろん。
と即答してみたものの、直接触ったことはない。健全な成人男子にはあるまじきことかもしれないが、残念ながら機会に恵まれなかった。ただ、服の上からなら一度だけある。
俺には3つ上の兄貴がいる。兄貴は俺と違って女にモテた。
サッカー部のレギュラーで、背も高かった。チャラいが、モテる要素のカタマリみたいな奴だった。本人も自分のモテを認識しているから余計にタチが悪い。いつも取り巻きの
その取り巻きの中にマリという女がいた。
マリは兄貴に惚れるタイプにはめずらしい地味な女で、正直周りのJCの中でも浮いた存在だった。ただ、マリが他の女と違ったのは、俺にも優しかったところだ。「ヨウイチくんの弟くん」と言って、顔を合わせると色々と話しかけてくれた。小6の俺にとって、中3のおねえさんは、初めて接するオンナでもあった。
彼女はある日、俺に言った。
「弟くん、女の子に興味ある?」
「ないよ」
そんなわけがない。ただ、それをストレートに言ってしまってはいけないような気がしたし、ここで誘惑に乗らないのが“男の子の矜持”のような気もしたからだ。
「なら、ちょうどいいや、ちょっと私の胸さわってみてよ」
この人は何を言っているんだろうと思った。
「私の胸って、他の子に比べたら大きいと思うんだよねー。だから、ヨウイチくんだって、私の胸の魅力?それを知ったら、私に注目すると思うんだ」
言っている意味がますますわからなかった。
「いや、だって、それは、その、」
とモゴモゴ言っているうちに、マリは俺の右手を両手でつかみ、自分の左胸に触らせてみた。
ブラ越しだからその感触はよくわからなかったが、恥ずかしさと官能さと罪悪感がないまぜになった感情が一気に押し寄せたのは、今でもはっきり覚えている。
その時のマリの被虐的な微笑みも、俺は未だに忘れられない。今となって思えば、からかいの感情や、兄貴に相手にされないルサンチマンの矛先として俺を利用したのだろう。女という生き物の怖さの一旦を見た気がした。
兄貴同様、中学に入ってからはみるみる身長が伸びたし、その身体能力ゆえにスポーツも得意だった俺だが、中高一貫制の男子校に進んだせいで、そのモテ要素を活かせずに青春時代を終えてしまった。
だいたい、マリを含む兄貴の取り巻きを見せつけられてきたせいか、そもそも女が苦手なのだ。だから大学でもこうやって男とつるんでばかりいて、未だに俺は素敵なキャンパスライフとは無縁なわけだ。
とはいえ女に興味はある。人並み、いや、むしろそれ以上に。
「どうする?俺の情報を信じて、いっちょ行ってみるかい?」
野口が、ぼうっとしていた俺に話しかけていた。
クリスマスイブにおっぱいを揉む。
うむ。行かない手はないだろう。俺は大きくうなづいた。
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