●お腹が減った吸血鬼 

「はあああッ!?真祖のヴァンパイアァァァァ!?」

種族序列2位のヴァンパイアとは、種族特性として代表的なものでは不死身とも言えるほどの再生能力がある。他にも魔法を使う上での魔力との親和性の高い肉体や通常の状態でビーストを超える肉体など、素の体自体も驚異的である。だが、現在生息している吸血鬼のおよそ5割が生殖行動によって誕生したものではない。そもそもその絶大な再生能力の弊害で子孫を残すと言った原始的な欲求の薄いヴァンパイアは《ファラシャス》が生きていた頃には生殖行為に走る余裕などなく、基本的には各々が独自に隠れていたため一つの場所に大勢が住むと言った事をしていなかった。

ではどうやって日々減らされていくヴァンパイアの数を繋いでいたか。それは“因果の血縁”と呼ぶ能力により、自身と添い遂げる者として、永遠と呼べるほどの寿命を持つヴァンパイアとその相手が互いを永遠に愛すると誓う行為であると共に、自信と同じ種族に変えると言う儀式である。


そもそもヴァンパイアという種族は初期は3名しか居なかった。その者達が己の伴侶とする者と儀式を行ってヴァンパイアは増え続けていたが、変化した者同士の生殖行為でも増えることが分かってからは儀式が行われることは減った。(儀式は行う側の力を分けているのであまり積極的に行えるものではなかった)そして世界に初めて誕生した3名こそが全てのヴァンパイアの祖先であり、全てのヴァンパイアの頂点に立つ者達。その者達を畏怖と敬意を込めて人々は真祖と呼んでいる。

「うるさーい」

「なんで真祖のヴァンパイアなんて高位種族がこんな辺鄙なところに居るんだよ!」

「だから、さっきこの森で起きたんだって。それより前の記憶もないってさっき言ったよね。おっちゃん、ちゃんと話し聞いてよ」

男はあまりに驚き過ぎて呼吸困難に陥っていたが、そんなものは構うかと嵐のように叫び続けた。

「真祖はこの世に3人しか居ないはずだぞ!?俺は全員知っているがお前みたいなやつは見たことがねぇ!嘘ついてんじゃねぇのか?!」

「ついてないよ。俺の頭の中の知識ではそうなってるんだから仕方ないでしょ。それにその真祖のヴァンパイアたちだって世界に突然生まれたんだよ?俺がすぐそこで生まれたってなんの問題もないよ」

「そこで生まれたのか!?」

「いや知らないけど。おっちゃんは生まれた時の記憶があるの?そんなことより早くおっさん家に行こうよ。またお腹すいてきちゃった」

だが、少年は嵐のような質問にも軽く答えると、そもそもが案内の途中であるという認識をずっと持っているために腹が減ったことを訴えた。

「…頭いてぇ。酸欠起こしてるみてぇだ。悪いな、ちょっとどころじゃ無いが驚き過ぎちまった」

「はーやーくー」

もう言葉を尽くす事をやめたのか男の謝罪を流して先に進めと催促する。

「分かった分かった。こっからじゃ歩いても時間かかるからな。カリン、悪いが乗せてくれないか?」

「ブゥ…」

カリンは自身の上に何かを乗せるのが嫌なのか不満そうに鳴く。

「カリンー?」

「ブゥ!」

だが少年が尋ねると、条件反射的に座り乗りやすい体制になる。

「カリン、お前…」

その芯まで舎弟のようになってしまった姿に悲しくなったのか、ハンカチを目に押し当てる。

「ブゥ!」

「おっちゃんも早く乗りなよ」

「はぁ、分かった」

何故かカリンを乗りこなしている少年の催促により、男も素直に少年の後ろに乗る。

「カリン、お前人を乗せるのはあんまり得意じゃないんだから最初はゆっくり「全速前進!」おい!」

「ブゥ!」

「カリン!?」

男が忠告するも、少年とカリンは話を聞かず男の家に向かって走り出した。

「うおぉぉぉっ、止まれぇぇぇ!!」

野太い男の悲鳴と共に。



夕方ごろに倉庫のような木造の家の前に三つの影があった。

「おお、ここがおっちゃんの家なんだね」

1つは美しき白髪の真祖吸血鬼。

「ブゥっ」

1つは吸血鬼の舎弟となった体長3メートルもの大きさの巨大なイノシシ。

「はぁ、はぁ、いてて、なんでこいつには蔦一本も当たらなかったくせに俺の高さの枝だけは避けないんだよ…」

1つは吸血鬼に振りまわされる哀れな男。

「おっちゃん、めしーっ」

「おう、俺は飯じゃないぞー」

ぶつぶつ文句は言いながらも家のドアを開け、食事の用意をする。

家の中にあるのは机と椅子と言う簡易的な家具と、樽の中に入った水や食料や鉄製の武器と言う殺風景な物しかない。

「はーやーくー」

「急かすなよ。この家にキッチンなんて贅沢なものはないからな。非常食みたいなもんしかないが、これで我慢してくれ」

「なんでもいいから飯飯!」

「どんだけ腹減ってんだよ。ほらよ、たーんと食え」

男が机に食べ物を置いた瞬間から少年は片っ端から食べ始めており、男の声など全く耳に入っていない。

「すんげー食いっぷりだなっ。それ全部料理と言えねぇ保存食だぞ。どんだけ腹減ってたんだよ」

「むむめー」

「分かった。いや何を言っているのかは分からなかったが、とりあえず分かった。お前は食べるのに集中しろ」

「もごっ」

それから少年は30分以上食べ続け、ようやく満足した。

「ふー、お腹いっぱい」

「よく食ったな、お前。あれうちの保存食の三分の一なんだけど?ちょっと考えたら分かるよな?明らかに食いすぎだろ。お前これからもここに住むつもりならあの食事量だと明日にはお前を追い出さなきゃいけなくなるんだけど?」

「へー」

「無関心?!」

少年は生まれて初めてお腹一杯になり、至福の時を過ごしており他のことはどうでもよく感じていた。

「あー、この椅子座ってるとお尻が痛いなー。なんとかならない?」

「そりゃお前、まだ裸だからな。ボロボロな椅子なんだからけつに木片とかが刺さったとしてもしょうがねぇだろ。今度お前が食った分の飯を買いに行くついでに服も買ってきてやるよ。それまでは俺の予備を貸してやる」

「おー、何から何までありがとー。この恩はいつかちゃんと返すよ」

少年は満腹になったことで目の焦点が合わなくなり、うつらうつらし始めたと思った瞬間、パタリと倒れるように机の上でうつ伏せになって寝始めた。

「はぁ、今日は冬用の上着を被って寝るか」

男は自身の服を入れている木箱を開け、中から予備の服を取り出すとうつ伏せで寝ている少年に着せようとして、どう着替えさせるのか分からず固まった。

「まずは上からしようか」

頭の中で手順を決め、少年の腕を服に通してから上半身に服を着させる。

「やっぱ俺のだとデカ過ぎるか。あ、下着もねーや。はあ、金足りるかな……」

今後の資金のことを考え、憂鬱そうにため息を吐く。

「ああ、もうズボンも履かすのめんどくせぇな」

男は昼間の強行突破の影響で体力を多く消費しており、ズボンを履かせる余裕もないため、自身が座っていた椅子に毛布を敷き、その上に少年を寝かせて毛布で包んだ。

「もうこれでいいだろ。ふぁぁ、眠ぃ」




なんだかポカポカして暖かいものに包まれている感じがし、これの正体を見ようと目を開けると、自身が服を着て毛布に包まっていることがわかった。

「へー、これが服を着た感触かー。なんか落ち着かないな」

毛布をのけて起きる。どうやら椅子の上で寝ていたらしい。服も大き過ぎる。昨日の約束していたおっちゃんの服を寝ている間に着せてくれたのだろう。

机の上にはズボンがある。服は着ていても未だ下半身は丸出しなので履かせて貰う。

「あれ?どうやって履くんだろう?」

ズボンは大きい穴の左右にポケットらしき小さい穴がある。大きい穴の反対側にも小さい穴が2つあるが、それぞれ大きい穴の下で別れている。

ズボンの形状を見て、昨日おっちゃんが履いていた様子を思い出しながら履いてみる。

「履けたけど、ぶかぶかですぐに落ちそうだなー。なんだか裸だった時よりも動きにくいね」

「ん、んぅ……」

うるさくし過ぎたのか、おっちゃんを起こしてしまったようだ。

「あ…?てめぇ誰だ…?」

「寝ぼけてるのかな?」

おっちゃんは朝に弱いんだろうか。

ふざけた事を言っている寝ぼけたおっちゃんの近くに行き、耳元に口を寄せて、

「わあ!!!」

「なッんだぁッ?!いてッ」

大声を出したらひっくり返るほど驚き、寝ていたソファーから転げ落ちたけど、落ちてくる寸前で後ろに飛び下がったからぶつかると言うことは無かった。

落ちたおっちゃんのすぐ側に寄って見下ろす。

「目が覚めた?俺が誰だか分かる?」

「……ああ、俺よりも家主みたいに振る舞う奴なんて最近じゃお前ぐらいしか見たことねぇからな。つうか、俺の人生の中でお前だけだよ。ここまで家主をコケにした居候は」

ぶつぶつと文句を垂れているが、目が覚めたようなので大事なことを言うことにした。

「早くご飯ちょうだいっ」

「人使い荒いなっ」

おっちゃんもお腹が減っているのかさっさと机にご飯を用意した。

「美味いから文句はないんだけど、これしかないの?」

「昨日は疲れてたから反応しなかったけど、なんで水と一緒に食わずにバリバリと乾パンが食えんだよ。てか保存食が美味いってお前の舌はどうなってんだ」

「だーかーらー、魔力で身体の強化と硬化をしてるんだよー」

「両方も!?すげー魔力操作だな」

「生まれた時から出来てるんだよ?これぐらい出来て当然でしょ」

「いや普通出来ないからっ」

他愛無い話を続けて朝食を終わらせる。

「昨日は飯のことしか考えてなかったけど、俺はこれからどうしたら良いの?」

「服もねぇのに森をうろちょろして死んでも寝覚めが悪りぃからな。ここに住め。記憶が無いみたいだから服とついでに本も買ってやる」

「ほん?」

質問するとおっちゃんは困ったように頭をかく。

「あー、なんて説明したら良いんだろうな。紙って分かるか?」

「かみ?」

「やっぱ分かんねぇよなぁ…」

ほんやかみが分からないことでおっちゃんを困らせているみたいだ。

「説明出来ないならソレを持ってきてくれたら分かる気がする」

「そっちの方が早いかぁ。つうか俺の金足りるか?」

「かね?」

また分からない言葉が出てきた。

何度も確認したことだけど、やっぱり自分の能力に関する大まかな物以外、記憶と呼べる物がないらしい。

「ああ、それなら説明できる。金、つまり通貨だな。今俺が持っている通貨は鉄貨、銅貨、100ベル札、1000ベル札、5000ベル札、10000ベル札だ。鉄貨は1ベル、銅貨は10ベルだ。この〜ベルって言うのは通貨の単位だな。この通貨は昔、全種族が《ファラシャス》に虐げられていた時期に生まれて、どの種族も同じ仲間であるって言う認識を保つために同じ通貨を使っている。《ファラシャス》を討った後に何回か種族固有の通貨にしようとか、独自通貨を作ろうとした奴もいたが、このベル通過の方が圧倒的に信用があるし、それに便利だからそう言う動きは基本何もしなくても頓挫する」

置かれたのはお姉さんの顔が描かれた鉄と銅のメダル、そして紙を出して説明し始めた。

「へー、通貨か。通貨で何ができるの?」

「大体、通貨は物を買うのに使うな。大体100ベルだと今日食べた乾パンを1つ買えるくらいの値段だ。物々交換の時もあるが、通貨の方が使っている場所は多いから覚えておけよ」

「この乾パンが買えるのか。100ベルってどうやったら手に入るの?」

「普通に働けば手に入る、って普通がわかんねぇか。仕事っつうものがあってな、それには物を売ったり作ったりする仕事があるんだ。そう言う仕事で働けば不自由しないくらいの金が手に入る。普通の商会の接客なら、安くても大体月給50000ベルだと思うぞ」

「おーー!!乾パンが500個も!」

「計算はえぇな、おい。お前ほんとは記憶あるんじゃねえか?つうか、乾パン500とかなんの拷問だ。貧しすぎるだろ。閑散とした村でもそこまでひどくはねぇよ」

「はぁ?乾パンが500個も食えんのに何イキってんだよ。文句言うなら土でも食ってろ」

「キレすぎだろ!?お前の何がそこまで乾パン好きにさせた!?」

「ピーチクパーチクうるせぇ。今すぐ黙るか涙を流して乾パンに謝れ。私のような蛆虫が乾パン様を侮辱してしまい申し訳ありませんってな」

「なんの宗教!?あ、いやそれよりも悪かったから、乾パンを悪く言ったこと謝るから機嫌直してくれ。ほら、お前の好きな乾パンだぞー」

「ん。ま、まぁ、おっちゃんには恩があるからね。俺もちょっと言いすぎたかもしれないし、しょうがないからその乾パンで許してあげる。だからその乾パンちょうだい。」

「……こいつ、腹が減り過ぎた影響で妙なやつになっちまったみたいだな。いや、出自も妙だし生まれつきか?」

おっちゃんは珍妙な生き物を見たような表情をしつつ、哀れな者を見るような視線をした。器用だ。

「んぅ。そういやおっちゃんはなんの仕事をしているの?何かを売る相手がいるようにも見えないし、何かを作っているような気もしないよ」

「ああ、俺は……」

「どうしたの?」

「いや、なんでもねぇ。未開拓地域や遺跡、未知の素材を調べたり、集めたりして金に変えてる探索者って仕事と、魔物を討伐して金に変える冒険者って仕事を兼任してる。ついでに説明すると、家の外にいるカリンは小さい頃から一緒に育ったおかげで一緒にいれるけど、人間種が魔物みたいな人外を従えることをテイムって言うんだが、人によってテイムする方法は変わっても、大前提として魔物を従えるのはかなり難しいことを覚えておけ。そんな高難易度なテイムが使えるやつを一般的にテイマーとか魔物使いとか呼ぶんだ。。つまり俺は剣士でもあり魔物使いでもあることになる」

「へー、魔物を狩っただけで金になるんだ。楽そうでいいね。でもおっちゃんは魔物使いなの?」

「そうだっ。魔物を従えるのは難しくていろんな為政者が研究させているが上手く結果を残せているところは少ない。つまり俺はすごいってことーーー」

「じゃあ、カリンは魔物なの?」

「えぇッ!!あれ動物だと思ってたのか!?大きさが人間の倍くらいあるんだぞ?!」

「大きいだけで火を吹いたりしないで体当たりしかしてこなかったからね。あんなのデカイだけの動物と何も変わらないよ」

「いや、パワーと耐久力が物凄く高くて…。ダメだな。カリンを一撃で吹っ飛ばしたお前に何を言っても伝わる気がしねぇ」

何やら諦めたように肩を落としている。

「そういや、お前今日どうする?」

「え?ここに泊まらしてくれるんじゃないの?」

「泊まる場所じゃなくてやる事」

「んー?魔力操作で遊んでてもいいけど、これからしばらくはここにいるから同じことの繰り返しになりそうだねー」

「そうだな。俺がいる間はここに泊まらせてやれるけど、それ以降はわからねぇからな」

「ここっておっちゃんの家だよね?」

「こんな辺鄙なところに永住してる訳ねぇだろうが!?」

「そうなの?」

「俺は探索者だからな。仕事で一月だけこの森を調べるのにここの建物を使ってんだ。俺がここにきたのが2週間と2日前だから、あと1週間と8日か。なんか振り返ってみたらあっという間だったな」

「ひとつき?」

「日付も分かんねぇのか?1日は分かるか?」

「分かる」

「1日が10回過ぎたら1週間、1週間が4回過ぎたら1ヶ月、1ヶ月が10回過ぎたら1年だ。1年の初めから一月ずつ数えて1月、2月、3月、と続いていくから覚えやすいだろ。1月の初めの事を年始、10月の終わりのことを年末って言うんだ。因みに今日は5月22日だ。あとは土地によっていろんなイベントとかがあるが、そんなもんをいちいち覚えてるやつはそこに住んでるかそこが好きな奴だけだから今は覚えなくていいだろ」

「いべんと?」

「大騒ぎして賑やかになる事だな。祭りとかが代表的だ。祭りっつってもいろんなものがあるから説明するのは難しいが、適当に大騒ぎしてたらイベントが起きてるって認識でいいと思うぞ」

「へー、いろんな事があるんだね。おもしろそうなものがいっぱいでワクワクする!」

「ははっ、お前貴族の箱入り娘みたいなことを言ってんな」

おっちゃんが説明する未知の言葉についてどんなに楽しいことがあるんだろうと様々なイメージを膨らませていると、おっちゃんは頰が緩んだ顔で笑っていた。

「お、だいぶ日が登ってきたな。俺は仕事に行ってくる。お前は適当に暇を潰しとけ。カリンと遊ぶのでもいいぞ。じゃあな」

「うん、仕事をさっさと終わらせて飯でも食べようね」

「お前の頭の中には飯しかないのか?!」

おっちゃんはドアから出る前に振り返って何やら少しほっこりしていたようだけど、返事が予想外過ぎたのか思わずギョッとした視線を向けてくる。だけどどう過ごすかだけを考えているためにその頃にはおっちゃんなど眼中になく、その姿を見たおっちゃんは悲しげにドアを閉めて仕事に行った。

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