2.シオンの収納魔法。








 シーナさんは縦横無尽に、レッドドラゴンを翻弄する。

 しかし、それもいつまで続くかは分からない。人間には体力の限界というものがあるのだ。そして同時に、恐怖心、心の限界も存在する。


「ひっ……!」


 地響きが鳴るたびに、僕の足は竦んだ。

 恐怖心が足の裏からだんだんと、胸へとせり上がってくる。

 僕にはどうしようもない。魔法も、中途半端な収納魔法しか使えない、そんな僕には。こんな場所に足を運ぶこと自体、間違っていたんだ。


 そう。だから逃げても、誰も文句は言わない。


「………………!」


 そこまで考えて、僕はハッとした。

 なんてことだ。僕はいま、最低なことを考えていた。


「ここで逃げれば、シーナさんが……!」


 前を向く。

 こうなれば、破れかぶれだ。


「せめて、シーナさんにだけでも逃げてもらう!」


 腹をくくった。

 こんな事態に陥った原因を作ったのは、ほかでもない自分。

 だったら、その責任を取らないと、男じゃない!


「それに――」


 それに、ここで逃げたら。

 天国の院長先生に、顔向けできないよ……。



◆◇◆



「シーナさん!」

「シオン君! 準備はできたの?」

「はい、だからシーナさんは逃げてください!!」


 シーナは、シオンの言葉に耳を疑う。

 少年はいま、自分に向かって逃げてくれ、と言った。

 この状況下で逃げろとは、いったいどういう意味なのだろう。


「もしかして――」


 シーナは考えた。

 まさか、この少年はとんでもない魔法を放とうとしているのでは、と。

 だからそれに巻き込まれないよう、自分に逃げろと忠告をしたのでは、と。


「わ、分かった! あと三秒待って!!」


 興奮を覚える。

 いったい、どんな魔法を見ることができるのか。

 この巨大なレッドドラゴン――SSランク相当の魔物に、いかなる攻撃をするのか。シーナの中には、これ以上ない好奇心が溢れ出していた。


 ――一秒。

 レッドドラゴンに、一撃を加える。


 ――二秒。

 そこに注意を払った魔物の目を盗み、退却を開始する。


 ――三秒。

 少年のもとにたどり着き、シーナは振り返った。そして――。




「………………え?」




 彼女は次に、自分の目を疑った。




◆◇◆




 一か八の賭けだった。

 僕はレッドドラゴンに向けて、自分の手をかざして意識を集中する。使用する魔法は一つしかない――基礎中の基礎魔法、収納魔法だ。

 こんなに大きなものを消したことはない。

 それでも、ここで意地にならなくて、いつ意地になるのか。


「少しでいい。少しでも、時間を…………!」


 大きく息を吐く。

 頭の中が澄み渡っていく、不思議な感覚があった。

 シーナさんが、こちらに向かって走ってくるのを確認する。





「消えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」





 瞬間、ほとんど無意識に叫んでいた。

 指先からバチバチと、電流のような光が散る。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そして、次の瞬間。

 目を覆うような、まばゆい光があった。



「…………う、ん?」




 ゆっくりと、目を開くとそこには。



「うそ、でしょ……?」



 シーナさんの声が聞こえた。

 きっと、彼女が口にしなければ僕が言っていた。


「でき、た……」





 そこには、なにもいなかった。

 レッドドラゴンは、跡形もなく消失していたのだった。


 

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