1.小さな嘘から始まる物語。







「そうなんだ! シオン君も、冒険者になろうとしてたんだね!」

「そ、そうなんですよ。魔法には、少しだけ覚えがあったので……」

「アタシも、収納魔法程度なら使えるかな。もっとも、そんなの使い道なんてたかがしれてるんだけどね! あはは!」

「あ、あはは。そう、ですよね……」


 夜が明けて、突然ながら僕は冒険者になった。

 昨日、声をかけてくれた女性――シーナさんと、パーティーを組むことになったのである。女戦士である彼女は、ちょうど魔法使いを探していたとのこと。

 それを聞いて思わず、僕は魔法使いです、と言ってしまった。


 そのあとは、トントン拍子。

 ギルドに赴き、簡単な登録手続きを済ませて、僕は冒険者になった。

 いまはシーナさんと一緒に、街の裏にあるダンジョンに潜っているところだ。


「えっと、それで。今日のクエスト……? って、なんなんですか」

「あぁ。今日はね、とりあえず浅い階層でキミの実力を見せてもらおうと思って」

「……あ、あはは。任せてくださいよー……」


 訊ねると、満面の笑みでそんな答えが返ってきた。

 屈託のないその表情に、僕は今さらながら引っ込みがつかなくなる。シーナさんは裏表のない性格らしく、同時に人を疑うということを知らないらしい。

 僕の言うこと、秒で信じたからね……。


「さて、でもその前に――」


 思わず肩を落としていると、ふいに彼女がそう言った。

 どうしたのかと、前を見ると……。


「ひっ!? ま、魔物……!!」


 ついに、エンカウントしてしまった。

 小さな羽の生えた、悪魔のような生き物に。


「リトルデイモンだね。これなら、アタシの斧でも戦える!」


 怯むこちらに対して、シーナさんは意気揚々。

 血気盛んに、背負っていた戦斧を構えるのだった。そして、


「見ててね――」


 駆け出し、こう叫ぶ。



「これが、Aランク戦士の実力だよ!!」



 目にも止まらない速度で。

 シーナさんは、計十体のリトルデイモンを屠っていく。あっという間の出来事に、僕は唖然として見守ることしかできなかった。

 時間にして十数秒程度。

 そこには、魔素の欠片と呼ばれるものが転がっていた。


「どう? なかなか、凄いでしょ」

「か、かっこいい……!」


 肩越しに振り返ったシーナさんのまぶしい笑顔に、思わずそう声が漏れる。

 自信に満ちるその姿は、僕にとっては輝いて見えたのだ。


「えへへー! そう言われると、少し恥ずかしいな!」


 後ろで手を組んだシーナさんは、照れくさそうに笑った。

 僕の言葉を素直に喜んでくれている。そんな彼女を見て、僕は――。


「あ、あの。シーナさん……! 話しておきたい、ことがあります」

「ん? どうしたの」


 もう、嘘はつけなかった。

 僕とシーナさんは、住む世界の違う人だ。

 だからもうこれ以上、彼女にかかわるのはやめたほうがいい。


「僕、本当は――」

「待って、シオン君。いま、変な声が聞こえた!」

「……え?」


 そう思ったときだった。

 シーナさんが、真剣な声色でそう言ったのは。


「な、なにが……」

「この気配、もしかしたら!」


 そして、彼女がそう口にした直後だった。




 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!




 地響きとともに、そんな咆哮が聞こえたのは。




◆◇◆




 化け物がそこにいた。

 巨大な体躯をした、赤い鱗の竜。

 僕の数十倍の大きさを誇るそいつは、一歩、また一歩と接近してくる。


「アレは、レッドドラゴン……!」

「レッドドラゴン……?」


 それを見て、シーナさんがそう口にした。

 その名前を聞いた僕は、あまりの非現実感に首を傾げてしまう。だって――。



「そ、そんな。ドラゴン、だなんて……!」



 しかし、視線の先に現れたそれを見て。

 僕はいよいよ確信してしまった。間違いないのだ、と。

 そこにいたのは、噂でしか聞いたことのない、超強力な魔物だった。


「に、逃げよう、シーナさん! 今なら――」

「いや。これはキミの実力を見るには、絶好の機会だね!」

「え……?」


 シーナさんは、こちらを振り返って微笑んだ。


「ドラゴンの鱗――とりわけ、レッドドラゴンの鱗は物理的な攻撃に、強力な耐性を持っているの。だから、シオン君の魔法が役に立つ!」


 そして、戦斧を構える。

 彼女はぐっと身を屈めてから、こう叫んだ。



「アタシが時間を稼ぐから! キミは、最大限の魔法を撃ち込んで!!」――と。



 弾丸のように飛び出していく。

 僕は……。



「シーナさん……!?」



 彼女の、その後姿を見送ることしかできなかった……。


 

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