基礎の収納魔法しか使えずクビになった少年、実は唯一無二の『境界線魔法』の使い手だった。~要らないものを消せるのって、普通じゃないんですか?~

あざね

オープニング

プロローグ クビになった少年は……。






「いい加減にしろ、シオン! 何度も言わせるんじゃねぇ!!」

「す、すみません!!」


 僕は勤め先である場末の酒場店主、デカルさんから足蹴にされていた。

 その理由というのも、エールが冷えていなかったから、というもの。ちなみにこれ、お客さんに出すものではなくて、デカルさんが仕事中にも関わらず飲むそれ。そもそも、こんな街外れの店に人なんて、滅多にこない。


「ったく。孤児院上がりでも、もう少し使えると思ったんだが。掃除程度しかできねぇじゃねぇか、とんだ役立たずだな!」


 デカルさんはそう言って、乱暴にジョッキを床に叩きつけた。けたたましい音を立てて割れるそれ。飛び散る破片に、僕は思わず腕で顔を覆う。

 ここでの僕の役割は、簡単に言えば彼の都合のいい召使いだった。

 要するに、癇癪の捌け口。


「けっ……。てめぇのせいで、ジョッキが一つダメになったじゃねぇか」

「ごめんなさい……」


 無軌道なデカルさんの怒りに振り回される毎日。

 それでも、孤児院上がりの僕が働ける場所なんて、ここくらいしかない。何度目かわからない謝罪の言葉と同時に頭を下げて、ジョッキの欠片を拾い集めた。

 そうしていると、店主はこう吐き捨てる。


「オレは寝る。いいかシオン、今日の客はお前が全部対応しろ。あと、その辺に転がってるごみも、綺麗に片づけておけよ? ――わかったな!?」

「…………! は、はい……」

「は、気分が悪いぜ。まったく、なんの取柄もない役立たずが……」


 こちらが小さく答えると、デカルさんはそう愚痴りながら自室へ戻っていった。

 一人残された僕は、悔しさでにじむ視界を拭う。それでも、今日はこれで酷い目に遭わなくて済むと思うと、少しだけホッとした。

 気持ちを切り替えてひとまず、ごみ処理を再開する。


「…………」


 一か所に集めたガラスに、少しだけ意識を集中。

 すると瞬きの間に、それは消えてなくなった。


「はぁ……。独学でも『収納魔法』を習得しておいてよかった」


 本来の用途ではない気がしたけれど、こうすれば片付けは格段に楽になる。要らないものをとりあえず、どこかに仕舞ってしまえば、結局は同じだからだ。

 もっとも、どういうわけか取り出すことはできないのだけれど。

 その点は独学だから、仕方ないだろう。


「はぁ……。とりあえず休もう……」


 少しばかり気を抜くと、ふと思い出した。

 デカルさんから仕事を押し付けられ、昨日から一睡もしていなかったことを。おかげさまで、いまものすごく眠い。

 どうせお客さんなんて、こない。

 だったら、明日のためにも寝ておいたほうがいいだろう。


「う、ん……」


 数少ない椅子の一つに腰掛けると、意識はすぐに落ちてしまった。



◆◇◆



 そして、目を覚ました時に後悔した。


「おい、どうしてくれんだ。――――シオン!!」

「ひっ……!」


 目の前にあるのは、怒りに歪んだデカルさんの顔。

 周囲には、何者かに荒らされた形跡。雑然としていた酒場が、さらに散らかってしまっていた。

 理由は一つ――盗人が入ったのだ。


「ふざけんじゃねぇぞ、おらぁ!?」

「うわっ!!」


 僕が眠っている間に、雀の涙ほどの金品、すべてが盗まれた。

 責任が誰にあるかといえば、それは当然ながら僕。

 デカルさんの蹴りが、鳩尾に食い込む。


「けほ、かはっ……!」


 もんどりうって倒れこむ僕に、彼は追い打ちをかけた。

 顔も、身体も、ボロボロになっていく。


「もう顔も見たくねぇ! てめぇは、今日限りでクビだ!!」


 そして、玄関から外に放り出される。

 すっかり日の落ちた世界。雨が降っていたのか、泥水が喉に。

 咳き込んで、それを吐き出して立ち上がると、僕はもう一人だった。




◆◇◆




「…………これから、どうしたらいいんだろう」


 街の中心まで移動して。

 僕は手ごろなところに腰掛けていた。

 ひとまず雨は上がり、しかし空は曇っている。


「仕事をなくして、行き場もない。これじゃ……」


 飢え死ぬだけ。

 そんな最悪の結末を考え、震え上がった。

 いいや、まだだ。まだ、なにか手はあるはず。


「もしもし、そこのキミ?」

「え……?」

「そうそう、キミだよ。かわいい顔した、男の子!」


 そう考えていた時だ。

 ふいに、そう僕に向かって声をかけてくる人がいたのは。


「あの、僕になんの用ですか?」


 声のした方を見ると、そこに立っていたのは一人の女性。

 大きな戦斧を背負った、露出の多い衣装。燃え上がるような赤く長い髪に、鋭い蒼の眼差し。整った顔立ちをした彼女は、優しい表情を浮かべてこう言った。



「うん、なんだろう。アタシの直感が告げてる! ――キミに決めた!」



 そう言って、手を差し出してくる。

 僕に向けてこう提案するのだ。



「キミ、冒険者になってアタシとパーティーを組まない?」――と。



 

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