宗教にも善悪がある。

 今度こそ機嫌を損ねてしまう。

 そうなったら、軽蔑され侮蔑され、この先ずっと話しかけてくれなくなるかもしれない。そうなる前に謝ってしまおう、と心に決めかけたときだ。


「まあ、そのとおりだ。さすがだな蓮理れんり


 小さくうなずきながら微笑む陽翼よはねをみて、蓮理は微笑んで息を吐いた。どうやら杞憂だったらしい。こわばっていた肩から力も抜け、胸をなでおろした。


「干渉するため、アートマンを物質世界にある土塊から作り上げた身体レプリアートマンで包んだのだ。こうして外界に干渉できるようになった」

「ショベルカーやブルドーザーなどの大型重機に乗り込んで、作業をしやすくなったわけか。さすが神様、理にかなってる」

「そうだな。こうしてこの世界から穢れを祓うべく、清浄活動を開始した……というのは間違いではないのだが、どうも別な見方もあるらしい」

「というと?」

「神の分身ともいえるアートマンたちは、外界を見てまわるうちに自由を知り、楽しさをおぼえてしまったのだ。故にこの外界を、遊び尽くすための遊技場と捉えるようになったのだ」

「仕事に出かけたつもりが物見遊山になってしまったわけですか。神様もぼくたち人間と大して違わないね。あ、神様に似せてぼくたち人間は作られたっていうから、ぼくたちの行動はすべて『神様らしい行動』と言ったほうがいいかもしれないね」


 彼女は押し黙り、蓮理をじっと見ている。

 蓮理は思わず口に手を当てる。なにかまた、余計なことを口走ってしまったのだろうか。口は人を傷る斧、言は身を割く刀、という言葉を思い出す。


「まあ、蓮理のいうとおりかもしれない」


 よかった、どうやら怒っていないようだ。

 彼は彼女に笑みを返した。


「ただし、穢れた外界マーヤーで過ごせば当然、身体レプリアートマンも穢れ、定命じょうみょうが尽きてしまう。もちろん、アートマンも穢れるが、かんたんに朽ちることはない。だが、穢れたままでは清浄界シャウチャに戻ることができないため、どうしても祓わねばならない」

「汗をかいたらひとっ風呂浴びて、命の洗濯をしたくなるのと同じだね」

「気持ちはそうなのかもしれない。穢れ具合に合わせた浄化を行うべく、ふさわしい環境で善行を施して穢れを祓い、いつか還るその日まで、外界マーヤーの不浄を祓い続けていく。これが我らが生きる世界の使命なのだ」


 片付けをするつもりで始めたら、本来の目的を忘れて遊び呆けてしまい、日が暮れて慌てて大掃除を始める年末と同じだと蓮理は思いながら、今度は口には出さなかった。

 もしもこんな事を言ったら、彼女に呆れられるばかりか罵られるだろう。聖人であれ賢者であれ、己の才智を表面に出さず俗塵にまみれて衆生済度する生き方は、是非とも身につけたいものだ。

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