きみが世界一ではない。

「本気で、それが宇宙誕生……なんておっしゃらないですよね」


 中二病にも似た陽翼よはねの戯言を否定しないよう機嫌を取り繕いながら、蓮理れんりは遠回しに自分の意見を伝えてみた。

 慣れないことをすると、脇の下から変な汗をかいていることに気がつく。

 彼女は目を細めて、口角を持ち上げた。


「おっしゃるぞ。穢れを祓った意志世界を清浄界シャウチャと呼び、穢れを放って生まれた外界を現象界マーヤーという。その後、穢れがどうなったのか、精神ブラフマンは気に掛けるようになっていった」

「へえ、それはつまり……家のゴミを外に放り出して部屋を片付けたけど、ポイ捨ては良くないと気がついたんだね。さすが神様」


 蓮理は拍手の代わりに、ウンウンとうなずいた。


「そういうことだ。とはいえ、精神ブラフマン清浄界シャウチャそのもの。安易に外へ出ることはできなかった。そこで、自らを細かくした種をアートマンという衣で包み、外界へと放つことにした。おかげで宇宙にきらめく数多の星々を見てまわることができたのだ」

「裸で外を歩けないから服を着ることにしたんだね。賢明な判断だよ。神様も恥じらいを持っていてくれて」

「なにか不服でもあるのか。いちいち突っかかってくるのなら、もう話してやらないぞ」


 彼女の眉間に嵐の前の稲妻のように閃くひとつの表情をみつけてしまった。

 いまにも舌打ちしそうな目つきになっている。


「突っかかるなんてとんでもない。自分なりにわかりやすいイメージをして、きみの話を理解しようとしているだけだよ。実に興味深い話だから」


 彼女の表情に笑みが帰ってくるよう、蓮理は努めて低姿勢を心がけ続けた。

 その甲斐あって、彼女の表情に柔和さが戻ってきた。


「そうか。ならば続けてやるから聞くがよい。現象界マーヤーを見てまわった結果、予想に反してこの宇宙は膨張し続けていることがわかったのだ。このままではいずれ清浄界シャウチャも穢れに飲み込まれかねないと危惧し、外界の清浄化に乗り出すことを決めた。ただし、非物理世界の存在である精神ブラフマンは、自由に移動できるアートマンとなっても、物理世界である宇宙に干渉はできなかった。では、どうしたと思う?」

「どうした……でしょうね。凡庸なぼくには想像もつかないなぁ。行政代執行で清掃しようとしたけれど業者が見つからず、かといって放置もできない。そうなったら自分たちで片付けるしか……」


 また陳腐な喩えを口走ってしまった。

 まずいと思い、慌てて両手で口を抑えたが、こぼれたミルクは戻らないの諺どおり、こぼれた言葉は戻らなかった。

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