第825話 遥のブロック

 ☆奈央視点☆


 ブラジル戦も大詰め、第2セット目も15ー16となり土壇場で追いつかれている状態。

 コートメンバーも疲労の色が隠せない状態ながら覇気だけは衰えていない。

 サーブは徳井さん。 ここのローテーションを凌げれば希望ちゃんもコートに戻ってくる。 出来ればそこで一気に勝負をかけたい。


「ナイサー!」


 パァンッ!


 徳井さんも持ちサーブはジャンプサーブのみ。 これでブラジルのレシーブを崩すのははっきり言って辛い。

 何せ、今日レシーブを崩しているのはフローター系のサーブのみで、スピード、パワー系のサーブでは一切崩れてくれないのよ。

 今も徳井さんのサーブは簡単に拾われている。


「止めるぞ! ライトブロック2枚!」

「了解や!」


 遥と弥生の2枚で止めに行く。


 パァンッ!


 しかし、そのブロックもまたあっさりと躱されてクロス一閃。 紗希が手を出すも一歩届かず。

 これで16ー16。


「っはぁ! ごめん! 今のは拾えた!」

「ドンマイや。 しゃーないしゃーない」

「切り替えますわよ! ここを一本で切って次からが勝負!」

「了解!」

「ここ一本集中!」


 このワンプレーをしっかり取れるかどうか、そこでこの後の流れが大きく変わる。 絶対にブレイクされる事は許されないわ。

 ブラジルサイドのサーブ。 まずはサービスエースを決められない事。


 パァンッ!


「オーライッ!」


 紗希の真正面。 それをしっかりと拾って繋ぐ。


「ナイスレシーブ!」


 ちょっとライト寄りに上がってはいるけどこれぐらいは問題無いわ。 すぐにボールの落下点へ移動して相手コートの布陣を確認。

 これなら奈々美に時間差のバックアタックね。

 トス先を決めてゆっくりと両手を上げ、軽くジャンプしてトスを上げる。


「奈々美!」

「任せなさいっ!」


 パァンッ!


 ブロック2枚を上手く躱した奈々美。 だったが、それを拾われてしまう。

 元々パワー主体のバレーボールに慣れているブラジル。 そこにスタミナ切れも乗っかった奈々美のスパイクは本来の威力より少し落ちているみたい。


「集中!」


 まずい、まずいですわよー! ここで逆転なんてされようものなら、流れをブラジルに持っていかれかねませんわよー!


「絶対に止めるで!」

「当たり前だ!」


 皆もそれを理解しているのか、この1点は絶対に落とさないという気概に溢れている。 ここさえ、ここさえ凌げば!


 ここで遥が何を思ったか、相手のクイックを読んでコミットブロックへ向かった。

 ちょ、ちょっとちょっと?! ブロックの要の貴女が何してるのよー!


 と、声に出すまもなく遥はコミックブロックに跳んでいた。


 パァンッ!


「お、おお……」

「ド、ドシャットー!?」


 ここに来て遥の読みが的中。 ブラジルのクイック攻撃を見事にブロック1枚でシャットアウトしてみせた。

 まさにチームを救う会心のブロック。


「な、何よ今の! ヒヤッとしたじゃないの遥!」

「いやー、何つうかクイックな気がして」


 と、麻美みたいな事を言い出す遥。 まさか遥も麻美みたいに嗅覚が覚醒したのかしら?


「さっきの攻撃、ブラジルが1セット目でクイックしてきた時のパターンにそっくりやったで。 蒼井さんは何となくそれを覚えてて、身体が勝手に動いたんちゃう?」


 と、弥生が推察する。 なるほど、あり得ないとは言えないか。 にしてもナイスブロック。 希望ちゃんもコートに帰ってきたし、ここから一気に行きますわよー!


 続くサーブは私。 途中からドライブサーブを打つのをやめてフローターに変えている。 ブラジルにはこちらの方が効果的みたい。


「ナイスサー奈央ー!」


 ポォンッ……


 慣れないフローターサーブだけど、一応練習はしてある。 あまり好きじゃないんだけど。

 ブラジルサイドは相変わらずフローターの処理が苦手な様子。 フラフラと変化するボールに誰が飛び付くかまるで打ち合わせが出来ていない。 お見合いを続け、痺れを切らした選手がようやく手を出す。 そんな手出しだけのレシーブじゃ、ちゃんと上げられないですわよ。


「うちのリベロを見習いなさいな」

「んん?」


 私の独り言に反応する希望ちゃん。 いやいや、ボールに集中してくださいー!


 とかやってる間にブラジル側のトスが上がる。 アンダーハンドで上げたトスの為、タイミングはサードテンポとなっている。


「ブロック3!」


 遥がいち早く声をかけて、ブラジルのアタッカーの対面に立つ。


「ストレート締めろー!」


 更に遥が支持を出し、奈々美と弥生がそれを聞いて動く。 クロスを1枚分開けた状態での3枚ブロック。

 これは希望ちゃんの方向へ打たせるブロックだわ。


 パァンッ!


 狙い通り、難しいストレートよりも空いているクロスに打ち込んできた。


「ひゃう!」


 とか言う声を上げながらも、ボールはしっかり拾っている希望ちゃん。 やっぱり凄い子ね。

 膝のバネとインパクトした瞬間の腕の引きで、超高火力のブラジルの攻撃を完全にいなしているわ。 私の定位置にしっかり上げてくれるおまけ付き。

 神リベロだわ神リベロ!


「よっしゃ行きますわよ! 同時高速!」

「あいよー!」


 皆、疲れた身体に鞭を打ちながら助走に入る。 

 もう少し! もう少しだから頑張って皆!

 そんな思いを込めてエースにトスを上げる。


「受け取ったわよっ!」


 そう声を上げて腕を振る奈々美。 身体全体を無駄なく使ったスパイクをブラジルコートに突き刺した。



 ◆◇◆◇◆◇



 ピーッ!


 結局、あの遥のワンブロックで完全に流れに乗った私達日本は、20ー25で2セット目も奪いブラジルにストレートで勝利した。


「良くやったぞ! 大金星だお前達!」


 ベンチへ戻って来ると監督が大声を出して労ってくれる。

 正直疲れてるし鬱陶しいしやめていただきたい。


「お疲れ様だよー!」

「本当疲れましたわよ……」


 私達スタメンはヘトヘトになりながらベンチに座る。

 皆、全力を出し尽くしたって感じですわね。 早くホテルに帰って休みたいですわ。


 帰り支度をする為にロッカールームへと向かう私達選手一同。


「紗希ー、疲れたー。 おんぶー」

「うっさいわねー。 私も疲れてんのよー」

「な、なんやこの可愛いキャラは」

「奈央の子供モードよ。 めちゃくちゃレアなんだから」


 疲れきって頭が回っていないわよー。


「こうなるとめっちゃくちゃ甘えん坊になって、私や遥にすぐに抱きついてきたりおんぶをせがんでくるのよ」

「な、なんかすんごい可愛い。 見た目相応の女の子って感じね」

「遥、おんぶー」

「疲れてんだー。 自分で歩けー」


 あーうー、誰でも良いからおんぶしてー。


 結局痺れを切らした紗希が私を背負ってロッカールームまで連れて行ってくれたらしい。

 

 ある程度疲れもとれて素顔モードに戻ったのは、夕方になる頃であった。


 食後にはミーティングが開かれた。


「とにかく今日はご苦労だった! 明日の試合で3回戦の相手が決まるが、まあ、ほぼ間違いなくキューバになるだろう。

 試合は3日後。 一応スタメンは今日と同じでいくつもりだが、もしかしたらオーダーを変えるかもしれん。 そのつもりで各自調整するように」


 キューバが勝ち上がってきたら今日より大変かもしれないですわね。 

 明日、試合を偵察に行きますか。

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