第824話 全てを出し尽くして

 ☆奈々美視点☆


 ブラジル戦第2セット開幕直後、紗希と奈央による幼馴染連携とやらでまずは得点。 その後も両チーム点を取り合って1-2。

 サーブは遥に回っている。


「遥ーナイッサー!」


 遥はバレーボール選手としてはそこまで器用な選手ではない。 私達月ノ木学園メンバーの中でも紗希と並んで最もバレーボール歴が長い子ではあるけど、その全てをMBミドルブロッカーというポジションに捧げてきたらしい。 ブロックやスパイク関連は相当なレベルではあるけど、サーブはあんまり得意ではないらしく、打てる種類はランニングジャンプのみ。 コントロールも苦手らしく失敗することもある。

 そんな遥がここに来て……。


 ポォン……


 遥が打ったのはジャンプフローターサーブ。 打ってるところを見たのは勿論初めてだ。

 まさか遥がそんなサーブを……。

 ここまでの試合の流れを見ていればわかるけれど、ブラジルはパワーサーブでは崩れない。 でも、フローターサーブなら崩せることがある。 遥もそれに賭けたのだろう。


 そのサーブは、フローターサーブを得意としている選手のそれと比べればいまいちなサーブではあるけど、しっかりと回転は殺せている。

 これならフローターサーブとしての役割は果たせるだろう。

 遥の放ったサーブは少し右方向に曲がりながらも、急に高度を下げる。 これにはブラジルサイドも慌てて飛びつくようにレシーブする。 やっぱり、こういったサーブには慣れていないらしい。

 レシーブが乱れている為、アンダートスで高く上げる。 これにはしっかりブロック3枚で対応する。

 徳井さん、紗希、私の3枚。


「せーの!」


 助走もロクに出来ずに打ってくるスパイクなら威力もある程度は落ちるはず。


 パァンッ!


「っ!」


 それでもシャットアウトするには至らず、ワンタッチでボールを上に跳ね上げるだけに留まる。 それを弥生が落ち着いてアンダーハンドで上げて奈央の元へ運ぶ。 チャンスボールだわ。

 私と紗希と弥生で同時に助走に入る。 このチャンスは物にしたいわ。 奈央もセットアップして同時高速連携準備OK。


 パァンッ!


 私に合わされたトスを全力で打ち抜き、相手リベロの手前に落とす。


「ナイス! 遥もナイスサー!」

「いやー、冷や冷やしたぞ。 次はいつも通り打つからな」


 中々良いフローターだったけどやはり自信がないみたい。 

 にしても普段やらないプレーまで見せるなんて、遥も全力ってわけね。 弥生もさっきのセットではゾーンに入ったりもしてたし、紗希と奈央も初めて見せる連携を使った。

 

 とりあえず1ー3。


 サーブはもう一度遥。 今度はいつも通りのランニングジャンプサーブでスタートした。 相変わらずこの手のサーブでは崩れてくれないブラジルサイド。 冷静に拾われてスパイクまで繋がる。


 パァンッ!


「真正面や!」


 パァンッ!


 弥生の守備位置が良かった為、ブラジルのスパイクを真正面で拾えた。 しかし、やっぱり希望みたいに完全に勢いを殺し切る事は出来ず、ネット際の際どい場所に上がる。

 まずいわね、この勢いだとダイレクトでブラジルコートに返るわ。


「とうっ!」


 それを見て取り、長身の紗希が慌ててジャンプ。 両手の平を上に向けている事から、とりあえずトスを上げてしまおうという事かしら。

 徳井さんがそれを見てクイックに入る。 でも紗希が合わせるとしたら……。 そう考えて私は少し遅れてCクイックに走る。

 踏み切ってジャンプをするものの、トスは私の頭上を弧を描

くように越えていく。

 そして、空振りした私の更に右隣から小さな影が飛び出してくる。


「っ!」


 奈央だ。 普段はセッターというポジション柄スパイクなんてまず打たない奈央だけど……。


 パァンッ!


 私と徳井さんに釣られて手薄になったブロックの隙を突いて、奈央のバックアタックが決まった。

 やっぱり紗希がトスを上げるとしたら奈央しかいないわよね。


「ナイス奈央ー」

「紗希もナイストスよ」


 紗希と奈央はすれ違い様に軽くタッチを交わす。


「デコボコンビアタックやるわね」

「奈々美、それはダサいからやめて」


 と、奈央には真顔で返される。 やっぱり紗希のネーミングセンスには少し難があるわよね。


「にしても、奈央のバックアタックなんて久しぶりに見たわね。 いつ以来よ?」

「覚えてないわよー」


 だそうだ。 おそらく数える程しか打ってないはずよね。

 ま、そんな事は置いておいて1ー4とリードが広がり、尚も遥のサーブが続く。

 しかし、ここは激しいラリーを取られて2ー4とされる。


「やっぱり雪村さんの代わりは中々務まらんな」

「仕方ないわよ。 リードしてるしブレイクだけされないように気を付けましょ」

「そやな」


 ここまでブラジル相手に1セット先取して更に2セット目もリードしている展開。 これ以上ないぐらい順調に来ている。 出来すぎと言っても差し支えないぐらいだけど、これぐらいでないと世界一なんて夢物語よね。


「相手は強いけど私達はもっと強いわ。 このまま一気に行くわよ!」

「せやな!」

「さすが奈々美! 盛り上げてくれるわね」


 ここでチームメンバーを鼓舞して士気を高めていく。 このまま流れと勢いに乗って一気にブラジルを倒してしまいましょう。


「ここ一本で切るわよ!」

「おおー!!」


 それからはシーソーゲームが続いたかと思えばブラジル側も意地を見せてブレイクしてきたりと、気の抜けない戦いが続いた。 世界ランク3位の格上を相手にしているという緊張感が張り詰めた状態でのプレーで、普段とは比べものにならない程にスタミナを消耗していく。

 2度目のテクニカルタイムアウトを迎えたあたりで15-16となっており、これ以上はブレイクされるわけにはいかない状況にまで追いつめられる。

 1セット先取しているとはいえ、3セット目に突入して勝てるかと言われれば確証は無い。 何としてもこのセットで決め切らないと。


「はぁ……はぁ……」

「み、皆もう少し! あと9点だよ!」

「わ、わかってるわよ……」

「ほんまきっついで……キューバ戦はこれ以上きついんかえ……」

「はぅぅ……」


 スタメンは私も含めて疲労の色が濃く出始めている。 世界トップクラスの相手と戦う事の大変さを身を持って痛感しているわ。 とてもじゃないけどもう1セットなんてやってる余裕は無いわ。


「なんやねん。 替わったろか?」

「きゃはは……誰が替わってあげるもんですか」

「そういうことですわよー」


 疲れはあるけどコートから出る気のある者は誰一人いない。 このまま最後までコートの上でプレーする気満々ってわけよ。

 残り少ないスポーツドリンクを飲んで残り時間を戦えるだけのエネルギーを補給する。


「ふぅ……生き返るわ」

「奈々ちゃん年寄り臭いよ。 けど頑張ってね」

「わかってるわよ」

「よし、これで決めて来い!」

「はいっ!」


 残り9点、何が何でも先に取ってこの試合を終わらせてやるわよ。


「皆! 苦しいけどもう少しだけ頑張りましょう! 最後まで全力プレーでいくわよ!」

「おお!」


 勝つ為にここで全てを出し尽くすわよ。

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