第707話 決戦前

 ☆亜美視点☆


 夕食を食べた後、私は少し奈々ちゃんと2人で散歩しながらお話をする事にした。

 奈央ちゃんは疲れを残さないように先に帰ったけど。


「楽しみね、明日の試合」

「私は怖いよ」

「怖い? 何で?」

「だって奈々ちゃんの本気スパイクなんて受けた、手が吹き飛んで無くなっちゃうじゃん」

「無くなるわけないでしょうが……私を何だと思ってるのよ」

「ゴリラ」

「こめかみグリグリしてやりましょうか?」


 顔は笑っているけど声が怒っているというやつである。

 グリグリされたこめかみに穴が空くから勘弁してもらわないと。


「冗談だよ。 ゴリラだなんてそんなこと思ってるわけないじゃない」

「嘘ね。 今のあんたは私をゴリラだと思ってる顔してる」

「あぅ」


 結局グリグリされるのであった。



 ◆◇◆◇◆◇



 近くのコンビニに入りジュースを買って、コンビニ前にある公園のベンチに腰掛ける。


「んぐんぐ……ぷはー、やっぱりサイダーは美味しいねぇ!」

「酒飲みか……。 にしても、明日真剣勝負するってのに和やかね」

「別に喧嘩するわけじゃないしね。 仲良くやろうよ仲良く」

「ま、そうね。 それでも勝たせてもらうけど」

「いやいや。 そう簡単にはいかないよ」

「希望からは逃げたくせに」

「あぅ、あれは無理だよ……今日の希望ちゃんは異常だったもん」

「客席で見ててもわかったわ。 あれは私でも逃げるわよ」

「でしょ?」

「明日は逃げないでよ?」

「が、頑張るよ」


 同じOHアウトサイドヒッターだからスパイクの打ち合いになるかと思う。

 私は守備的な立ち位置だし奈々ちゃんのスパイクをディグする事もあるかな。 ちょっと怖いね。


「私達が一緒にバレーボールを始めたのか小5の秋から。 もうすぐ8年になるのね」

「結構やってるね」

「ずっと同じチームでね」

「うん」


 ずっと同じチームで一緒にやってきた。

 中学でも高校でも、日本ユースでも。

 お互い全てを知り尽くした相手との対戦である。

 一番勝ちたい相手でもある。


「作戦とか考えてる?」

「ないよ」


 あってもバラしたりしないけどね。


「ま、私もだけどさ」


 奈々ちゃんは立ち上がり、空き缶をゴミ籠に放り投げる。


 カラン……


 入らなかった。


「ぷぷっ、入ってないじゃんー。 えいっ」


 私も投げる。


 カラン……


 届かなかった。


「あんたに至ってはゴミ籠に届いてすらいないじゃない」


 お互いに笑い合いながら、落ちた空き缶を拾ってゴミ籠に捨てる。


「私にはコントロールが足りなくて、亜美には力が足りない。 私達2人がお互いの弱点を補い合う関係だった」

「うん。 でも明日はお互い別のチーム。 弱点を補うパートナーがいない私達の試合はどうなるかな?」

「明日になりゃわかるわ。 さ、帰りましょ」

「うん」


 公園を出て少しした所で手を振り別れる。

 明日またコートで。




 ◆◇◆◇◆◇




「あ、戻って来ましたわよ」

「清水さんおかえり。 ミーティング始めるから早く来て」

「あ、はい」


 ホテルに戻るや否やロビーで捕まりミーティングへ連れていかれた。

 お風呂はミーティングの後に入ろう。


「集まりましたか? じゃあ始めますか。 明日はいよいよ決勝戦です。 相手は日本代表に選ばれている藍沢奈々美さん擁する七星大学。 今日の準決勝見てもわかるように、藍沢さんを始め火力の高いチームね」


 コーチが相手チームの選手のデータなんかを細かく説明してくれる。 奈々ちゃん以外にもまとまった力を持つ選手が多い印象だ。


「清水さんと西條さんは藍沢さんについては詳しいわよね? どう?」

「どうと言われましても……今日の雪村さんも私達の知ってる雪村さんとは別物だったし、多分藍沢さんも……」

「だねぇ。 ただ、スパイクの威力は今日見てもらってわかる通り、とんでもないですよ。 生半可なブロックは簡単に抜いてきます。 それと、ブロックアウトを狙って打つのも上手いですし、ああ見えてコースの打ち分けも的確な選手ですよ」


 私の知っている奈々ちゃんの情報を伝える。

 それを聞いた先輩やコーチは苦笑いしながら言う。


「完璧じゃない」

「どうやって止めるの?」

「日本代表って怖い」


 今日その日本代表リベロと戦って一応勝ったんだけどねぇ。 逃げたけど。


「清水さん、藍沢さんのスパイクをディグで拾う自信は?」

「真正面のコースなら多少はありますけど、それ以外はちょっと……」

「ブロックでコース絞らせて清水さんか前原さんに任すか」


 前原先輩は白山のリベロ。 身長の低い選手だけどすばしっこくて、中々守備も上手い。

 ただ、奈々ちゃんのスパイクには力負けする可能性もある。

 ワンタッチ取って威力が少しでも下がればなんとかなるかな?


「清水さんには攻撃にも跳んでもらいたいから、出来るだけ前原さんお願い」

「はいよ」


 前原先輩は頷く。 簡単ではないことだけど、先輩や私が止められないと勝つのはとてもじゃないけど無理である。


「チームが一緒だった頃、紅白戦とかで対戦した事あるんでしょ? やっぱり止められるの真正面だけ?」

「紅白戦では藍沢さんも本気出した事はないから何とも……多分明日は私が今まで見たことない藍沢さんが相手になると思います」

「そっか。 明日にならんとわからんか」

「はい」

「ちなみに、藍沢さんの守備面は?」

「そっちは並レベルです」

「代表クラスの並レベルじゃ、私達からしたら化け物クラスなんじゃ」

「いいえ。 バレーボール選手として並レベルですわ。 はっきり言って上手くはありません」

「なるほど……じゃあ先に止めた方が有利になるわけだ」

「ですわ」

「その止めるってのが大変なんだろうけどね」

「それは相手も同じでしょ。 こっちにだって代表選手2人いるんだから。 清水さんだって世界レベルのOHだしさ」

「あはは、タイプは正反対ですけどね」


 と、断っておく。


「じゃあ明日は死にものぐるいで藍沢さんを止めて、清水さんにバンバン決めてもらうという方針で!」

「えぇ……コーチ、それで良いんですか?」


 私は少し困り顔になりながらコーチに助けを求めるも「頼む」とだけ言われてしまいました。



 ◆◇◆◇◆◇




 ミーティングを終えてお風呂でのんびりタイムです。

 奈央ちゃんと一緒にのほほんと浸かりながら明日の試合について話し合いです。


「明日はどんどん亜美ちゃんにトス出しますから」

「らじゃだよ」


 基本的にトスを誰に出すかは奈央ちゃんにお任せです。

 私達は好き好きにポジションを取り、好きなタイミングで走るのです。

 基本的にクイックに跳ぶのはMBミドルブロッカーです。 AかCクイックに跳ぶ事が多い。

 あとの人はオープンに跳ぶ感じです。


「奈々美のスパイクは出来れば封じたいですわね」

「サーブは奈々ちゃん狙っていこうか? レシーブあんま上手くないし崩せるかも」

「ありね」


 奈々ちゃんさえどうにか出来れば、明日の試合は何とかなりそうな気もするよ。

 明日が楽しみである。


 奈々ちゃんも楽しみにしてくれてるみたいだし、最高の試合にしたいね。

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