第706話 決勝に行くのは

 ☆奈々美視点☆


 テクニカルタイムアウト明け。

 あくまでもチームの勝利を目指す私は、遥を相手にしないようにスパイクを打っていく。

 流れを掴むようなプレーは中々来ないけど、逆に流れを持って行かれるような事もないといった展開で10ー11となっている。

 最終セット中盤まで来てこのシーソーゲーム。

 インターハイで弥生や宮下さんと戦ってた頃を思い出すわ。


「奈々美。 良い試合だな!」

「そうね。 試合の方はね」

「何だ? 勝負だってまだ続いてるぜ?」

「いやいや、あからさまに私があんたを避けてんでしょ……」

「そうだがそれはまあ、当然の選択だろ。 リスク考えりゃあな」

「ま、そゆことね」


 そう返してポジションに戻る為に背を向ける。


「でもよ。 このままじゃ埒が開かないぞ。 この試合、流れを決めるのは私と奈々美の勝負の結果じゃないかと思うんだけどな」


 背中に遥のそんな声が聞こえて来たが、私はそれに対しての返事はしない。

 そんな事は私にだってわかっている。 だけど、勝算があるわけでもないし、試合を決定づける可能性のある勝負を焦るのは得策じゃないわ。

 冷静に行きましょう冷静に。

 どこかで必ず勝負をしなきゃいけない場面ってのが来るわ。 そのタイミングを見極めて、そこに全力を出す。

 私はまだまだ遥との勝負だって諦めてるわけじゃない。


 このラリーは羽山のサーブを拾い私達七星が決めて11-11とする。 しかし、その攻撃もやっぱり流れを引き寄せる要因にはならず。 すぐに11-12、12-12、12-13と交互に点を取り合う流れを繰り返し、そのまま15-16のテクニカルタイムアウトまでもつれ込んだ。



 ◆◇◆◇◆◇



 ☆亜美視点☆


「ふんす! ふんす!」


 相変わらず隣では希望ちゃんが鼻息を荒げている。 しかし、ここまでもつれるとは思わなかったねぇ。 どっちもただの1ラリーもブレイクさせない展開。 打てば決まる、拾われても拾い返す。 とてもいい試合になっている。


「ここから、ですわね」

「うん。 そろそろ流れを変えるために奈々美と遥が勝負するタイミングがあるはず」

「はぅ、このままいかないの?」

「多分いかないよ。 奈々ちゃんも遥ちゃんもわかってるはずだもん。 この試合のカギを握るのが自分達の勝負の結果次第だって事」

「熱い展開だね」

「ですわね」


 ここまで幾度か遥ちゃんが奈々ちゃんを煽っているのは見ていて私も気付いている。 奈々ちゃんはそれを受けても常に冷静にタイミングを窺っている。 こういう時の奈々ちゃんはとても頼りになったのを覚えている。 それを知っているからこそ、遥ちゃんも焦っているのだろうね。



 ◆◇◆◇◆◇



 ☆遥視点☆


 ここまで完全なシーソーゲーム。 私の挑発にも乗らずに冷静に試合を進める奈々美。 正直終盤に来るまでに奈々美を焦らせて流れをこっちに引き寄せたかったんだが、これはちょっと面倒な試合になりそうだ。

 こういう時のあいつは強いんだ。


「さてどうしたもんか」


 まあない頭を振り絞っても何も出てこないわな。


「こればかりは勝負勘に頼るしかねぇか」


 長年培ってきたこの勘によ。


 最後のセットの最後の勝負。 ここまで来たんだからなんとかして勝ちを。

 コートに入り最後の勝負に向かう。 先輩のサーブ。 私は後衛だからブロックには跳べない。

 ただ、バックアタックで攻撃に参加することはできる。 ここが勝負所か?

 相手チームのレシーブから流れるようなトス、そこからの奈々美の強烈なバックアタック。

 ブロックを躱しつつ離れた攻撃に羽山サイド成す術無し。 ここはまだ勝負所じゃなかった。


 そこからまた点の取り合いがあり18-18の同点で回ってきた両チームスターティングポジションのローテーション。

 私も奈々美も前衛になるこのローテーション。 私の勝負勘が告げてる。 ここだ。 ここが勝負所だ。

 サーブは七星のセッターさん。 そのサーブを先輩がしっかりと拾ってくれる。 希望ちゃん程の頼もしさがあるわけじゃないけど、それでも頼りになるリベロだ。

 このラリーが勝負所だと、チームの仲間も気付いているのか気合の入り方が違う。 勝負勘は皆に備わっているようだ。


「蒼井さん! 決めて!」


 トスが上がる。 すかさずブロックに入ってくる奈々美とミドルブロッカーの選手。 ブロック2枚か。 勝負だ。


「うおおおお!」


 大きく腕を振ってスパイクを打ち込む。


 スパァンッ! 


「くっ! ワンタッチィッ!」


 奈々美のブロックに当たり威力が減衰したスパイクに相手リベロが飛びつき拾う。


「くそっ! 決められなかったか!」


 ここで決めなきゃ流れが引き寄せられない。 いや、何もスパイクを決めるだけがバレーボールの全てじゃない。 流れを引き寄せるプレーじゃない。

 私はなんだ? ミドルブロッカーだ。 ブロックで流れを引き寄せるんだ!


 相手のトスが上がる。 あちらも勝負所は弁えてるようだ。 ここで奈々美にトスが上がる。


「奈々美! 勝負だ!」

「えぇ! 待たせたわね! ここがこの試合の勝負所!」


 どうやら奈々美も勝負を避ける気は無いようだ。 ここで止めて流れを掴んで試合にも勝つ。

 空中で奈々美と対峙する。 奈々美は大きく状態を捻るあの必殺スパイク。

 私は体をくの字にしながら跳び上がり手の平をしっかりと開き、親指と小指に力を入れボールを掴むような形を作り腕を斜め前に出す。 ブロックの基本にして完成形。


「これで止める!」

「はあああっ!」


 スパァンッ!


 奈々美のスパイクをギリギリ右手で捉える。


「うおおおお!」


 ボールを叩き落とす。


「取った!」


 と、確信した瞬間、奈々美の口角が上がったのが見えた。 勝ちを確信したようなその笑みから目を逸らしボールの行方を追う。 私がブロックで叩き落したボールは……わずかにラインを割って落球した。



 ◆◇◆◇◆◇



 その後の試合展開は、流れを掴んだ七星大学に少しずつ差を広げられ始める。 途中でブロックポイントを取ることに成功はしたが流れを引き戻すには値せず。

 結果、20-25で敗北した。


「くぅー……はぁー、負けちまったかー。 いいとこまでいったんだがねぇ」

「ふふ、そうね。 18-18の時のあの勝負が分かれ目だったわ。 あそこで遥のブロックがライン上に落ちていたら。 あと数センチずれていたら結果はきっと逆になっていたわ」

「はぁ。 数センチか。 次やったら負けねぇからな」

「また捩じ伏せてやるわよ」


 お互い握手を交わす。


「決勝頑張れよー。 あの2人相手はきついだろうけどな」

「そうねぇ。 ま、でも勝つ気で行くわよ」

「おう」



 ◆◇◆◇◆◇



 ☆奈々美視点☆


 夕食の時間。 今日もやっぱり皆と集合して食べる。


「いよいよね、亜美」

「うん」

「私もいるけど」


 明日はついに決勝戦。 亜美と奈央のいる白山大学との試合。

 亜美とのネットを挟んだ真剣勝負。 この時をずっと望んでいたのかもしれない。

 今までどんな時も一緒だった大親友。 本気の勝負なんてしたことは無かった。

 これが私と亜美の初めての本気の勝負になるのね。

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