第705話 全員バレー

 ☆奈々美視点☆


 第2セットを何とか取り返して最終セットにまで持ち込んだわ。

 流れはうちにあると思う。 このまま流れを渡さずにこのセットを取りたいところ。

 さっきのセットは遥のブロックとの勝負を避けてスパイクを打って何とかって感じだったけど。

 この私に勝負を避けさせるなんて、とんでもないミドルブロッカーだわ。


「とてもじゃないけど捩じ伏せるだのなんだの言ってる場合じゃないわねこれは」

「お、このセットも逃げるのか?」


 ネットの向こう側にいる遥がニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながらそう言い放って来た。


「まぁね。『チームの勝利が第一優先』当然でしょ?」

「はは、冷静なこった」


 遥の言う通り、今の私はかなり冷静な判断をしていると思うわ。 ここで熱くなって遥との勝負に行けば、勝率はおそらく50%ってとこでしょう。 でも、このまま遥を避けて戦えば80%ぐらいは……。


「あんまうちの先輩なめんなよ?」


 遥はそう言って腰を落とし構えた。


 さて、試合はうちのサーブから。


「先輩、どんと行ってください!」

「OKっ!」


 パァンッ!


「ナイスサーブ!」


 矢のようなサーブが絶妙なコースに飛んでいく。

 リベロが飛びついて何とか拾っているがこれはかなりボールが乱れている。

 遥の頭上に上がったボールに対し、遥が両手を上げて構えている。


「遥がトス?!」


 月ノ木にいる時でもただの一度も見たことのないプレーだわ。 この子トスなんて上げられんの?

 上がるとしたらどこ?  逆サイドが濃厚ね。移動してブロックに……。


「ほいよ」

「えっ」


 遥はトスを上げるフリをしながらジャンプして、ツーアタックでこちらのコートにボールを押し込んできた。


「ふははは! 私がトスなんか上げられるわけないだろ? 6年間私の何を見てきたんだい?」

「ぐぬぬ。 やってくれたわねぇ」


 6年間ただの一度だってトスを上げる姿なんて見たことないのに、なんでこの攻撃が予想できなかったのよまったくもう……。


「流れは返してもらうぜ」

「何を1点取ったぐらいで。 すぐに取り返してやるわよ」

「おうおう、その意気だ。 かかってきな」

「見てなさいよ!」


 上手く決められてしまったけど、まだ最初の1点よ。 次でしっかり決めればまだ流れはうち。

 

 飛んできたサーブ私が拾う。 狙ってきたわね。


「ナイスレシーブ」


 レシーブはあんま得意じゃないんだけど練習自体はちゃんとやってるから形ぐらいにはなる。


「けど、下手すぎてここから助走距離取るの無理っぽい」


 レシーブしたボールの高さもあんまり高くないし、先輩に申し訳ないわねこりゃ。

 仕方ないし、トスが上がったらこの位置から1歩助走で跳ぶわ。


「藍沢さん!」


 うわ、来た。 ええいままよ!


 私は左足を力強く踏み出して、1歩目でジャンプする。 あまり高さは出せないけど……。


「はぁっ!」

「先輩ブロック3枚!」


 私が打つと見てブロック3枚揃えてきたわね。 さすがにこんな不利な体勢じゃ3枚ブロックを抜くのは無理っぽいわね。 なら。


「ここは先輩を信じて!」


 パァン!


 私はあえてブロックに当てて、こっちのコートへ戻ってくるように仕向ける。 もちろんコースも考えて。

 戻ってきたボールは、ブロックフォローに出てきていた先輩の正面。


「うおっと」

「ナイスフォローです」


 狙い通り。 これで助走距離を稼いでスパイク打てるわ。

 着地してすぐさま後ろへ下がり、ボールの行方に目をやる。

 セッターの先輩がセットアップしている。

 よし。 全部思い通り。


「藍沢さんもっかい!」

「はい!」


 もう一度、今度はしっかり助走を入れてジャンプする。

 ブロックはまたもや3枚。


「はぁっ!」


 構わないわ。 全力で捩じ伏せるまでよ。


 スパァンッ!


「ひぃっ?!」


 全力で打ち込んだスパイクはブロックの手を突き抜けて大きく跳ね上がる。

 そのまま観客席近くまで飛んで行った。


「よし」

「このセットまで来ても衰えないね」

「私を誰だと思ってるのかしら?」

「はは。 この試合最後まで退屈しなくて済みそうだ」


 そこから点の取り合いに発展し、シーソーゲームのままテクニカルタイムアウトに突入。

 まったく気が抜けない展開が続くわね。



 ◆◇◆◇◆◇



 ☆亜美視点☆


「ふんす! ふんす!」

「ど、どうしたの希望ちゃん?」


 隣の席では希望ちゃんが興奮して鼻息を荒げている。


「凄い熱戦だよぅ! 興奮しちゃうよ!」


 たしかにこの最終セットはかなり熱いシーソーゲームとなっている。

 まあコートに立ってる選手達は気の抜けない展開が続くので疲労感はかなりのものだろう。


「どっちが先に流れを掴むか。 第1セットと同じ感じになりましたわね」

「うん。 1セット目は遥ちゃん達が取って一気に持っていったよね」

「えぇ。 流れを先に掴んだ方がこの試合勝つでしょうね」


 流れを引き寄せるようなビッグプレーを制するのはどちらかにかかっていそうだ。

 七星大学か羽山体育大学か。 奈々ちゃんか遥ちゃんか。


「どっちが決勝に来ても強敵には違いないね」

「そうね」


 さてさて、この試合どっちが勝つだろう。

 私達の前にはどっちが立ちはだかるんだろう。



 ◆◇◆◇◆◇



 ☆奈々美視点☆


 本当に大変な試合になったわね。

 まさかこんなに苦戦するとは……。

 ここまで私はまともに遥とは勝負しないようにしている。 そのおかげでなんとかスパイクは決まっているけど、少しずつ他の選手のブロックも私のスパイクに慣れ始めてきているようだわ。

 ワンタッチされれば、私のスパイクと言えども威力は落ちる。 そうなれば後衛の選手が幾分拾いやすくなる。


「参ったわね」


 遥とはそもそも勝負出来ないし。 さすがによそ見スパイクは安定感に欠ける。

 あれも威力を落としてコントロールする事で何とか使い物になってはいるけど、それもやっぱり拾いやすくなるのよね。 少しずつ攻撃の幅が狭められている気がする。


「藍沢さん大丈夫? ちょっと頼りすぎたかも。 トス散らしていく?」

「あ、はい大丈夫です。 ですけどトスを散らすのは賛成です。 私はかなりマークされてるので、クイックとかで逆サイド攻めた方が風通しいいかもです」

「了解。 全員バレーで勝ちましょう」

「おー!」


 そうよ。 私1人で試合をしてるわけじゃないのよね。 今まで月ノ木のメンバーは皆レベルが高くて私1人で頑張るって事も少なかったけど、七星大学に来て私だけが突出した事で、私が何とかしないとって思い込んでたわ。

 仲間を信じて皆で勝つ。 そんな事、6年前からずっとわかってたし、やってきたじゃない。


「全員バレー……七星魂見せてやりましょう」


 気合い入れてコートに入る。


「先輩、私にもクイックください」

「了解」


 オープン攻撃に拘るのもやめましょ。 タイミングをバラバラにして遥を惑わせるのよ。

 やれる事は全部やって、そして勝つ。

 勝って明日は亜美と勝負よ。


 サーブは羽山サイドからの再開。

 まずはこのテクニカルタイムアウト明けのラリー。

 これを取り勢いに乗るわよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る