第677話 アルバイト

 ☆夕也視点☆


 亜美達がバレーの合宿に行っている間、俺は緑風のバイト面接を受けた。

 その場で採用されて、ゴールデンウィーク中は夕方のシフトを入れていた。

 やったことのないレジ打ちや注文取りではあったがすぐに手慣れてきて、店長からもそこそこ評価されているっぽい。

 他のバイトさんとも上手くやっている。

 高校生の女子と大学生女子がフロアスタッフとして一緒に働いている。 どちらもそこそこ長い事ここでバイトしていて、俺が亜美とよく来ていたことも知っているようだ。

 俺はそれほどでもないが亜美は超の付く常連だからな。

 いつもフルーツパフェを頼んでいる女の子として周知されているみたいだ。


「今日は新しい人がまた面接に来るらしいですよー」

「女の人ですって」

「あぁー、知り合いなんだよなぁ」

「今井さんの知り合い?」

「フルーツパフェの人?」


 亜美はもうフルーツパフェの人という事になっているようだぞ。


「いや、あいつは忙しい奴だからバイトはしないって言ってるんだ。 今日面接に来るやつはそのパフェの人の親友の女子だよ」

「あー、あの人じゃない? ツリ目で金髪ポニーテールの」

「パフェの人とたまに一緒に来る人ですね」

「そうそう。 そいつそいつ」

「あの人、見た目ちょっと怖そうですけど……」


 まあツリ目キツイからよくそう見られるんだよなあいつ。

 ちゃんとフォロー入れておいてやるかぁ。


「あいつは見た目はきつそうだけど、あれで面倒見は良いし優しい奴だよ。 ただ、怒らせるととんでもない馬鹿力で攻撃してくるから、一緒に働くことになったら怒らせないように注意するんだぜ」

「あ、あの……」

「あわわわわ」

「ん? どうした?」


 俺が奈々美の生態について説明していると、2人のバイト仲間の顔が青ざめていき、小刻みに震え始めた。 そんな恐ろしい説明をしたつもりは無いんだが。

 と、首を傾げていると。


 ちょんちょん……


 肩を叩かれる。 誰だよ全く……と、ゆっくりと振り返るとそこには……。


「……きーこーえーてーるーわーよー」

「ひぃぃ?!」


 目を吊り上げて指をボキボキと鳴らして立っている奈々美がいるのであった。



 ◆◇◆◇◆◇



 しっかりと関接技を極められた後、奈々美と少し話をする。


「いててて……んで、面接もう始まんのかよ?」

「あと15分くらいあるからコーヒーでもいただこうと思ってね。 あ、コーヒー1杯アイスで」

「は、はい」


 と、席に座ってコーヒーを注文する奈々美。 どうやら今は客の様だ。

 まあ、コーヒーは注文を取ってくれた大学生の人が持ってくるだろう。

 俺は空いているテーブルの片付けたり拭いたりしておくか。

 奈々美の座る席から離れて仕事に戻る。


「ふぅん……ちゃんとやってんのね」

「当たり前だ。 金貰うんだからよ」

「それもそうね」

「お前もバイト採用されたらちゃんとやれよな」

「えぇもちろんよ」


 ふむ、こいつならまあ問題ないだろうけどなぁ。

 持ってこられたコーヒーを啜る奈々美をとりあえずおいておき、新たにやって来た客の対応をしていく。

 そのうちコーヒーを飲み干した奈々美はが面接を受ける為に奥へと消えていった。

 はてさてどうなるんだろうかね。



 ◆◇◆◇◆◇



 しばらくすると、何故か喫茶緑風の制服に身を包んだ奈々美が姿を現した。

 どうやらこの分だと奈々美も採用されたのだろう。

 店長、そんなポンポンと採用していって大丈夫なのか?


「いやー、今まで2人で回してたのが一気に楽になりますね、先輩」

「そうね。 シフト入れてない日とかでも緊急で呼ばれたりしてたものね」


 と、今まで2人でバイトのシフトを回していたらしいお2人は楽になると喜んでおられる。

 しかしこれで奈々美も緑風のバイトか。 希望もいつかここでバイトしたいって言ってるし、一体どうなるんだか。


「どうよこの制服」

「おー似合ってるんじゃねぇのか」


 今は客足も少ないのでテーブルを拭いたり皿を洗ったりと雑用に転じる。

 作業しながらなので返事は割と適当だ。 奈々美はそれを聞いて「ま、当然よね」と言いながらコーヒーカップ洗っている。


 チャランチャラン……


「ん?」

「この時間に客は珍しいな。 全く来ないわけじゃないんだが」

「なはははー! お姉ちゃんと夕也兄ぃはどこだー!」

「あんた静かにしぃや……他のお客さんはおらんみたいやけど」


 聞き覚えのある2人の声が奥にまで聞こえてきている。 元気な声とそれを宥める声は、麻美ちゃんと渚ちゃんのものだ。

 フロアには先輩2人が出ているので対応はその2人にお任せする。

 少しすると注文を持ってきた先輩から、注文票を受け取る。


「奈々美ー。 ハムエッグサンド2人前とコーヒーのアイス2つだってよ」

「コーヒーはあんたが入れなさいよ。 私はハムエッグサンド作るから」


 ふむ、ここは役割分担するのがいいわな。 俺でもコーヒーぐらいなら余裕だ。

 というか奈々美の奴、緑風のハムエッグサンドなんていきなり作れるのかよ。

 いつもはあの2人が作って出すか店長が作ってるんだが、奈々美は今さっきバイト採用になったところだが。


「ふんふーん♪」


 ご機嫌に鼻歌なんか歌いながらハムエッグサンドを作っている。

 どうやら大丈夫なのか?

 とりあえず俺はアイスコーヒーを淹れるとするか。


 しばらくすると、2人分のハムエッグサンドとコーヒーが完成したのでそれを暇そうにしていた高校生のバイトちゃんに渡す。


「あれ? 今井さんが持っていかなくていいんです? 夕也兄ぃはどこだーって探し回ってますよ?」

「……はぁ、しゃーない」


 あまり店内で騒がれても困るから、俺が持っていくことにする。


「お待たせいたしました」

「おー、夕也兄ぃー!」

「似合ってるやないですか」


 テーブルにハムエッグサンドとコーヒーを置く。


「来るのは良いけどあんまり俺個人の名前出して騒がないでくれよー?」

「すまぬー。 ついつい」

「だから言うたやんか」

「ぶぅー……」

「ははは、ゆっくりしてけよ」


 そう言い残して俺は奥へと戻るのであった。

 こんな感じでこれからは、いろんな知り合いが顔を出してきそうだな。 特に亜美だ。

 奈央ちゃん情報では、大学の帰りはかなりの確率で緑風へと立ち寄っていると聞く。

 今日は大学の講義は休んでいるらしいし、家の掃除や洗濯なんかの家事が残っているという事で顔を出すことは無いと言っていたが。


「それにしても奈々美よー。 よくいきなり緑風のハムエッグサンド作れたな」

「私を誰だと思ってるのよ? ハムエッグサンドぐらい余裕で作れるっての」

「いや、それはそうだけどな? 緑風には緑風のハムエッグサンドってのがあるだろ?」

「私が一体何年この店に通ってると思うわけ? ハムエッグサンドだってトマトサンドだって、この店のすべてのメニューを食べたことがあるわけよ。 再現する事なんてたやすいたやすい」


 と、さも当たり前のように言う奈々美。 さすがというかなんというか。 最初は不安だったが、これは頼もしいバイト仲間になってくれそうである。

 




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