第631話 回らない

 ☆亜美視点☆


 水族館を出てバスに乗り、今日の昼食処へと移動している最中です。

 希望ちゃんから、夕ちゃんとデートがしたいと相談を受けた私は、少しだけ考えた後に承諾した。

 本当なら「ダメだよ」と言いたいところだけど、勉強も頑張って大学も合格したし、ずっと我慢してたのも知ってるしね。

 今回は特別だ。 奈々ちゃんからは甘過ぎると言われたけど、私のこの性格はそう簡単には治らないのである。 

 やっぱり私は、希望ちゃんにも幸せになってほしいのだ。 希望ちゃんが夕ちゃん以外を好きになってくれれば楽なんだけどね。


「ささ、着いたわよー。 今日の昼食はー!」


 奈央ちゃんがフロントガラスの方を指差してテンション高めに声を上げる。


「お寿司よー!」

「寿司!」

「回ってないやつか!?」

「もぉちろん!」

「わ、私、回転寿司じゃない所は初めてだよぅ」


 当然私もである。 回転寿司は家族で何度か行った事はあるんだけど。


「しかも一見さんお断りの札が掛かってんぞ? 入れるのかよ?」

「当然! 我がグループの息のかかったお店よ! 今日は貸し切り! 食べ放題!」

「うおおおお!」

「ひゃっほー! さすが奈央だぜ!」


 相変わらず凄いの何のだよ。 皆もテンション爆上がりである。

 かくいう私も、初めて食べる回らないお寿司にワクワクしているのだけど。


「では入るわよー」

「おー!」


 バスを降りていざお寿司屋さんへ入店だよ。

 

 ガラガラ……


「らっしゃいやせ!」

「予約しておいた西條奈央です」

「お待ちしておりやした!」


 な、中々暑苦しい感じの寿司職人さんだね。

 皆こんな感じなんだろうか?


「じゃあ、順番に握ってもらえるかしら」

「わかりました!」


 私達は椅子に座り、職人さんがお寿司を握り始める。

 さすがに10人分のお寿司を握るという事で、大将さん以外にも3人の職人さんが同時に握ってくれている。


「うちは一見さんお断りで、常連さんや招待の無い人は入店出来ないんですが、大体こういった団体様をもてなす事が多いんです」


 と、素早くお寿司を握って私達にお寿司を出しながら話をしてくれる。

 なるほど、団体さんが多いんだね。

 あ、美味しそうなハマチだね。


「へい、どうぞ!」

「いただきます」


 ではでは早速、醤油を付けて……。


「はむ……んむんむ……んー! 美味しい!」

「本当……こんなお寿司初めてだわ」

「だな」

「うめー! 回転寿司と何でこんな違うんだ!」

「んぐんぐ」


 宏ちゃんも言ってるけど、どうしてこんなに違うんだろう。 同じネタ、同じお寿司なのにこんなに差が出るのは何でだろう?


「そうっすねー。 回転寿司さんと違って、ネタにもしっかり仕込みをしたり、その日手に入った良いネタを提供したり、シャリもネタに合わせて数種類用意したりと手を掛けているからですかね?」

「えー? シャリも違うのー?」

「へい。 それに、回転寿司はお客さん皆に同じものを流していますけど、我々は来たお客さんに合わせて食べやすい寿司を握るんです」

「というと?」

「例えば、そこのリボンのお嬢さん」

「はぅ?」


 希望ちゃんの方を見て話を続ける職人さん。

 その間もお寿司を握る手は休めない。

 こういう会話を楽しめるのも、カウンター席のお寿司屋さんの良いところなのかもしれない。


「お嬢さんは口も小さいから、少し小さめに握ったりして食べやすい様にしたりするんですよ」

「はぅ? どれどれ」


 希望ちゃんは、隣に座る宏ちゃんのお寿司と自分のお寿司を見比べる。


「本当だ! 私のお寿司はちょっと小さいよぅ!」

「なるほど」


 凄く細かいところではあるんだけど、そういう細かい配慮が行き届いているのが美味しさの秘訣なのかもしれないね。


「んぐんぐ、うめー! 死ぬまでに1回は来たいと思ってたんだよな」

「あはは、私達じゃ中々こんなお店入れないもんね」

「本当それよ」


 多分だけど、こんなお店でお寿司を食べたら、きっととんでもない金額になるんだろうなぁ。

 聞いたらきっと怖くなるから聞かないようにしよ。


「そうそう、この後の予定を話さないとね」


 お寿司を頬張りながら話を始める奈央ちゃん。

 そういえば、お昼に話すって言ってたね。


「まずこの後は、先程も話した通りおたる運河クルーズへ向かうわ」


 それそれ。 それが楽しみなんだよね。


「その後は硝子製品の製造販売をしているお店へ行きます」

「硝子? 楽しみね」


 歴史の長い老舗という事らしい。

 綺麗な硝子製品があれば買って帰りたいねぇ。


「で、その後で今日は早めに旅館へ入りますわよ」

「了解ー」


 今日の予定は以上のようだよ。 今日は旅館でゆっくりしようという事の様だ。



 ◆◇◆◇◆◇



 極上の握り寿司を食べさせてもらった私達は、次なる目的地である小樽運河クルーズへと向かう。

 実は今日一番楽しみにしている場所だよ。


「今回隣を取ったのは亜美なのね」

「うん。 じゃんけんで勝ち取ったよ」


 じゃんけんは平等に勝負がつけられて良いものである。


「亜美が唯一チート能力を発揮できない勝負よね」

「一応心理戦に持ち込めなくもないけど、純粋に運で勝負したいしね」

「でも今日は勝ったじゃーん」


 運が良かっただけだねぇ。


「ここから運河クルーズは30分程よー」

「30分ね。 ちょっとゆっくりしましょ」


 奈々ちゃんは対面の座席に持たれて目を閉じ、リラックスモードに入っている。

 アイマスクなんか付けて完全にゆっくりするつもりみたいである。

 その隣では麻美ちゃんがゲーム機を取り出してゲームをし始めた。 本当に凄く好きなんだね。

 私は夕ちゃんと適当にお話でもしておこうかな。


「ねね、夕ちゃん」

「んあ?」

「夕ちゃんは大学行ったらアルバイトするの?」

「まあ、やらないとなぁとは思ってる」

「私の印税でそれなりに生活は出来ると思うけど?」

「そういうわけにもいかんだろ……」

「うーん。 でもそうなるとデートする時間とか減っちゃうね」

「まあ、お互い時間ある時にでもするしかないだろうな。 一緒に住んでるんだし、毎日顔を合わせるんだからあまり気にすることも無いと思うけどな」


 と、夕ちゃんは結構軽く考えているみたいである。 まあ、たしかに毎日顔合わせるし、デートはそこまで重要じゃないのかもしれない。


「夕也はバイトすんのねぇ……私は部活やるつもりだけど、空いた時間でも出来るかしらねー」


 アイマスクをしながら話に入ってくる奈々ちゃん。 一応話は聞いているようだ。


「あんまり無理しちゃダメだよ? 大学の部活だって大変だろうし、お休みはしっかりお休みしないと」

「あんたにそれ言われるとムカつくけど、まあそれもそうよねぇ」


 私に言われると何でむかつくのかは知らないけど、体には気を付けないといけないよね。

 私はまだまだ大学でバレーをどうするかを決められてないでいる。

 奈央ちゃんが続けるっていうなら、続けても良いかもしれないとは思ってるんだけどねぇ。

 この旅行中にでも決めちゃおうかなぁ?

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