第612話 卒業式前日

 ☆亜美視点☆


 目を覚まして3月17日。

 翌日は卒業式である。


 洗面所で顔を洗っていると、後ろからボサボサ頭の紗希ちゃんがやって来た。

 本当に寝起きは誰かわからなくなるね。


「ふにゃー。 おふぁよぉ」

「あはは、おはよう」

「んにゃー」


 私は顔を洗い終えて紗希ちゃんに洗面台を譲る。

 紗希ちゃんは「ほにゃー」とか言いながら、パシャパシャと顔を洗い始めた。


「ふぅ! おはよう!」

「顔洗ったらバッチリ目が覚めるんだね」

「うむ。 今日は髪型どうしよっかなぁ」


 と、紗希ちゃんは髪型で悩み始めた。

 長くて綺麗な黒髪をしている紗希ちゃんは、毎日色々な髪型にして私達を楽しませてくれる。


「今日は編み込んじゃお。 亜美たん手伝ってー」

「あ、亜美たんって……」


 よく分からないけど、編み込みにするから手伝って欲しいと言われたので、私もお手伝いする事に。


「うわわ、サラサラだよ」

「きゃはは。 手入れはちゃんとしてるもん」

「面倒じゃない? 奈々ちゃんとかが髪を梳くの見てると大変そうだなぁって」

「まあ、手間はかかるけど、やっぱ楽しいわよ? 髪は女の命って言うし」


 よく聞くフレーズである。


「亜美ちゃんこそ髪伸ばしたりしないの? 会った頃からその髪の長さよね」

「というか、幼稚園の頃からだね。 ずっとこれだからもう伸ばす事に違和感しか無くてね」

「たしかに、ロングヘア亜美ちゃんって想像つかないわね」

「あはは」

「遥みたいにウィッグ着けてみたりとかは?」

「別に良いかなぁ」


 私は今のままでいいと思います。


「きゃはは、まあ亜美ちゃんは今のままで最強に可愛いものね」

「いやいや」


 ちょっと照れたり。


 紗希ちゃんが髪を編むのを手伝い終えて朝食のの支度を始める。

 紗希ちゃんは共同生活中の癖なのか、普通にキッチンまでついて来た。


「紗希ちゃんはお手伝い別に良いよ? 希望ちゃんがやってくれるし」

「おりょ? 手伝うわよー? 何かキッチンに立たないと何かソワソワするし」

「1ヶ月ぐらいずっと台所係だったもんね」

「そそ」


 ということで、紗希ちゃんも朝食の支度を手伝ってくれるらしい。


「おはよぅ。 あ、紗希ちゃんお手伝いしてくれるの?」


 少し遅れて希望ちゃんも台所へやって来た。

 3人で朝食準備を進めるのであった。



 ◆◇◆◇◆◇



 ダイニングに集まり、皆で朝食を食べながらテレビに目を向ける。

 テレビでは卒業シーズンとなるこの時期の特集なんかが放送されていた。


「今日が卒業式のとこもあるんだね」

「裕樹のとこは今日って言ってたわ」

「虹高は今日なんだ?」


 弥生ちゃんのとこも今日だって言ってたっけ?

 卒業式が終わったら東京に引っ越すって話だ。

 その気になれば遊べるね。 まあ、渚ちゃんはVリーガーだからあっちこっち移動とかあるんだろうけど。


「あれ? これ京都立華じゃない?」


 と、紗希ちゃんがテレビを指差してそう言った。

 私は京都立華がどんなとこかは知らないけど、画面には確かに京都私立立華女子高等学校と書かれた門が映っている。


「うわわ、本当だ」

「何でまた京都立華なのかしらね?」

「ね? 謎だよぅ」


 別に京都系列のチャンネルというわけじゃないんだけど。

 その特集では今日が卒業式の立華を紹介しており、バレーボールのシーン等が使われていた。

 そして、登校して来る生徒達数名にインタビューをするという内容であったが、残念ながら弥生ちゃんが映る事は無かった。


「ふむ。 月ノ木にはあんなの来ないだろうな?」

「さすがにないでしょ」


 夕ちゃんと奈々ちゃんは、軽い感じでそんな話をしていた。

 まあ、あんまり有名な学校じゃないからね。

 マスコミが来るとしても私達バレー部の取材ぐらいだけど、学校側がシャットアウトしているので最近はマスコミさんも来なくなっている。


「卒業式は静かにやらせて欲しいよね」

「そうね」

「希望なんか、明日絶対泣くわよね」

「泣かないよぅ! ふんすふんす」


 私も希望ちゃんは泣くと思う。

 言うとこんな感じで怒るから私は言わなかったんだけど、奈々ちゃんは我慢出来なかったらしい。


「泣いたら緑風のパンケーキとコーヒーね」

「いいよぅ! 泣かなかったらパンケーキとメロンソーダだからね」


 と、何やら賭けが始まったよ。

 そういうことなら話が変わってくるね。


「私も希望ちゃんが泣くにフルーツパフェとメロンソーダを賭けるよ」

「はぅ、亜美ちゃんまでぇ」

「ははは。 希望頑張れよ」

「夕也くん、他人事だと思って……」


 これで明日の帰りはフルーツパフェが食べられそうである。 希望ちゃんは精々泣かないように頑張る事だよ。


「ふぅ、ご馳走様! 今日も美味かった!」


 いち早く朝食を食べ終えた遥ちゃんが、両手を合わせる。 食べるの速いねぇ。

 共同生活中も必ず「美味かった!」と満足してくれていたので、作る側としても嬉しいものだ。


「ねぇ、お昼暇よね? ちょっとバレーボールしに行かない?」


 とは奈央ちゃんの言葉。

 多分バレー部も練習しているだろうから、そこに行って練習に参加させてもらおうという事に。

 代表選考合宿前に鈍った体を慣らさないとねぇ。


「腕が鳴るねぇ」

「後輩達、ちょっとはマシになってるかしらね?」

「一応春高勝ってるし、強くなってるはずだよぅ」


 私達は当然、後輩チームと試合をするつもりでいるのである。



 ◆◇◆◇◆◇



 キュッ……キュッ……


 パァンッ!


「やってるねぇ!」

「あ、亜美姉!」

「む……清水先輩」


 私達がバレーボール部練習用体育館へ来ると、後輩達が練習をする手を止めて駆け寄ってきた。


「皆頑張ってるわね。 偉い偉い」


 紗希ちゃんはそう言うと、すーっとコートの方へ向かいアップを始める。


「先輩方皆さん、大学に受かったって麻美から聞きました! おめでとうございます!」

「ん、ありがとうね。 今日は高校最後のバレーをやりに来たよ」

「ちゅーことは……」

「先輩達と試合?」

「ま、そうなりますわね。 ちょっとアップさせてもらいますわよ」

「あ、はい」


 一応承諾を得てから私達もコートに入ってアップを始める。

 久しぶりやるけど、まだまだ体が全部覚えてるよ。

 むしろ、今までバレーボールから離れていた分、体が軽く感じるよ。 

 何だかんだ現役の時は、毎日練習して疲れが蓄積していたんだね。


「奈央ちゃん、トスお願い」

「了解。 高いので良いかしら?」

「うん」


 奈央ちゃんは、相変わらず完璧なトスを上げてくれる。

 私は軽く助走を付けて……。


「よっ!!」


 全力でジャンプ!


 パァンッ!


「はぅっ?! 高い!」

「ち、ちょっとちょっと? 今のめっちゃ高いわよ?」


 私も久しぶりに全力で跳んでみたけど、気持ち高かったような気がする。

 後輩達も騒めく中、紗希ちゃんがちょっと指高測ってみようと、5メートルメジャーとマグネシウム粉末を持って来たので、もう一度全力ジャンプしてみる。


「やっぱり高い……現役時より跳んでない?」

「紗希ちゃんいくつー?」

「やっば……347だって……」


 体育館内がざわついた。

 自分が出した世界記録を3cm更新してしまったようだ。

 

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