第597話 紗希と奈央の過去

 ☆夕也視点☆


 ボケねこショップとやらから出る頃には、希望も紗希ちゃんも両手にボケねこグッズを持ってホクホク顔になっていた。

 このバカ面の2頭身の事どんだけ好きなんだよ。


「柏原君は災難だったな?」

「財布の中身が……」

「紗希ちゃん容赦ねぇな」

「本当に勘弁してほしいよ」


 柏原君は「とほほ」と、ありがちな事を言って肩を落としていた。

 多分小遣い全部吐き出したんだろうなぁ。


「裕樹、そんな落ち込まないでよ。 向こう帰ったらちゃんと半分返すじゃん。 今は手持ちあんまりないのよー」

「た、頼むよー」


 紗希ちゃんも何だかんだ鬼では無かったらしい。

 そりゃそうよな。 かなりの金額払わせてたし。


「さて、次はどうする? 目的のボケねこショップはもう見ちゃったし」

「お金も随分使っちゃったしね」

「なら喫茶店行こうぜ。 休憩だ休憩」

「僕もそれに賛成かな」

「じゃあ、行こー。 この辺なら案外メイド喫茶とかあるかもだしー」

「メ、メイド喫茶……」

「普通の喫茶店で良いんだが? というか、紗希ちゃんはそういう店とかよく行くのか?」

「行くわよー? イベントの後とかコスプレ仲間と」


 俺達の知らない紗希ちゃんの交友関係もあるらしい。

 とはいえ、そういったイベントでの絡みでしか会わないという事らしく、趣味の合う仲間ぐらいの関係らしい。


「ま、皆が普通が良いなら普通の喫茶店にしましょー」


 どうやら紗希ちゃん的にはどっちでも良かったようだ。


「そいえばさー、何で今井君は亜美ちゃん達についてかなかったの?」


 亜美と奈々美は2人でどっかに出かけたのだが、それに俺や宏太がついて行ってない理由を紗希ちゃんが訊いてきた。


「何でと言われてもな。 そもそも誘われたすらいないからな」

「きゃははは、今井君も佐々木君も嫌われてんじゃないのー?」

「こらこら」


 紗希ちゃんの発言に柏原君がツッコむ。


「基本的にあいつらが2人で出かけるって時は俺は誘われないかな」

「私は誘われるよぅ?」

「あー、じゃあ女子だけで遊びたい感じなのね。 わかるー」


 そんな感じなんだろうなぁ。 亜美と奈々美は特に仲が良いから、良く2人で出かけてたりするし。

 そういうとこに男の俺が入るのは無粋ってもんだ。


「あの2人って何であんなに仲良いの?」


 と、紗希ちゃんは今更な質問を投げかけて来た。

 とはいえ、何でかと聞かれたら困るのだが。

 

「実はな、あいつらは母親同士が学生時代から仲が良くてな、結婚したら同い年の子供を産む約束までしてたらしい。 そんなんだから、産まれた2人も物心つく前から一緒に育ってきた奴らなんだよ。 何でとかそういうんじゃねぇんだよな」

「へー、それは知らなかったわね。 希望ちゃんは知ってた?」

「うん。 聞いてたよ。 家族同士でよく旅行にも行ったみたいだよ」

「何か凄いわね? 今井君でも入り込む余地無さそう」

「実際あの2人の間には入れないさ。 2人だけで共有してる秘密なんかもかなりあるらしい」

「そんな仲なんだ? 奈々美が男だったら今井君勝ち目なかったわねー」

「まったくその通りだ」


 今でも何かあれば俺より奈々美を優先するだろうしなぁ。


「私も奈央とはそこそこ長いけど、そこまではって事はさすがに無いわ」


 と、紗希ちゃんが言う。

 そういえば聞いた事は無かったな。 紗希ちゃんと奈央ちゃんがどうやって仲良くなったのか。

 

「2人はどうやって仲良くなったんだ?」

「ほへ? 私と奈央?」


 紗希ちゃんは少し考える様に上空を見上げる。


「ふむー、そうねー。 んじゃまずは私と奈央の出会いから話しますか」

「おー、気になるよぅ!」

「頼む!」

「きゃはは、大した話じゃないけどねー」


 そう前置きして、紗希ちゃんは昔話を語り始めた。



 ◆◇◆◇◆◇



 ☆紗希視点☆


 入園式が終わり、初めて同い年の子達が多勢いる場所へ放り込まれた私は、持ち前の明るさとコミュ力を持ってして、一大派閥を築き上げていた。


「紗希ちゃんー、お絵かき上手だねー」

「でしょー! お絵かきは得意なのよー」


 割りかし園児内でも人気のあった私は、友達に囲まれて遊んでいる事が多かった。

 入園式から2週間あまり過ぎた頃、他所の幼稚園から1人の女の子が転園してきた。

 髪の長い、綺麗な顔立ちをした女の子。 それが奈央だった。

 どうやらお嬢様が通う様な幼稚園に居たらしいが、本人が嫌になって近くにある普通の幼稚園に転園してきたらしかった。


「まあ、中々の幼稚園ですわね。 色々と設備は物足りないけど、まあ良いですわ」


 幼稚園児とは思えない態度と口調を見た私は「この子めっちゃ面白い」と思った。

 しかしながら、当時の奈央は絵に描いたような高飛車高慢なお嬢様であり、私を含む他の園児はおろか、先生までをも見下すような有様だった。

 純粋な子供である幼稚園児達は、当然そんな奈央を異端児だと決め込み、近付いたり話しかけたりしないようになるのは半ば必然だった。


 そしてある時、事件が起きた。

 お昼ご飯の時間に、奈央が食べていた高そうなお弁当を、いたずらっ子の男子が取り上げて遊び出したのだ。


「うわ、たけしサイテーじゃん!」


 私はその男の子に詰め寄り、お弁当を返す様に言った。

 当の奈央は、冷ややかな目線をその男子に向けこう言い放った。


「花宮君は犬か何かですの? 人様の物を奪って食べるなんて意地汚いですわね。 ご両親は犬の躾も出来ないなんて無能も良いところですこと」


 罵り、嘲笑う奈央に激怒した男の子が、奈央のお弁当を床に叩きつけて奈央に掴みかかりに行った。

 私は当然止めようとするも、怒り狂った男の子を止めるには至らず。


「何ですの? 私に手を上げるつもりだったらやめた方が良いですわよ」


 と、奈央が忠告するも、男の子は奈央に掴みかかり……気が付いたら男の子の方が床に倒されて泣いていた。


「ふん……」


 奈央はその頃から化け物じみていた。

 そしてそんな奈央には、更に他の子が寄り付かなくなっていくのだった。

 私以外は。


 私はその人以来、奈央にまとわりつくようになっていた。

 何ていうか、この子といたら面白そうだと思ったのだ。 


「な、何ですの貴女……あまり纏わりつかないでくださいません?」

「良いじゃーん? 私の勝手だしー」

「……はぁ。 そうですか。 では勝手にしてください」


 本当に幼稚園児かと思わせるような態度は、私に「かっこいい」と思わせ程であった。

 いつしか、奈央に絡む私にも他の子達は寄り付かなくなっていたが、それよりも奈央と一緒にいる方が面白い事になると思ったので、私は気にしていなかったのだけど。


「神崎さん。 最近、貴女も独りぼっちになってないですか?」

「んー? 気にしてないよー? それに奈央ちゃんと一緒にいるから独りぼっちじゃないしー」

「はぁ……私は別に貴女の相手をしているつもりは無いのですが」

「きゃははー、でも最近はちょっと話とかしてくれるよー?」

「ひ、暇潰しにです」

「そかー。 ま、それでも良いけどー。 きゃはは」


 今思えば、明らかに鬱陶しがられていたなぁと思う。

 でも、そんな私の執拗な粘着が、ある日突然実る事になる。

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