第576話 紗希のお願い

 ☆夕也視点☆


 共同生活兼勉強合宿が始まって4日目。

 この変わった生活にも慣れてきたところである。

 今日も勉強タイムが終了して、夕食までの間の自由な時間だ。

 現在、キッチンでは亜美と紗希ちゃんが夕飯の支度をしているだろう。

 俺はというと、部屋でネットサーフィン中だ。

 この屋敷には娯楽と呼べる物がネットとテレビぐらいだ。 まあ、勉強しに来たのだから遊んでる暇は無いが、こういう微妙な空き時間でやれる事が無いのも困る。


「ふうむ。 亜美も麻美ちゃんも凄いんだな」


 2人の小説について調べてみたところ、かなり売れているみたいだ。

 レビューなども高評価が多い。

 凄い幼馴染を持ったものだなぁ俺も。


「亜美の奴もそうだが、麻美ちゃんも結構何でも出来る器用な子だな」


 もちろん亜美程ぶっ飛んだ人間性能をしているわけでは無いが、亜美を一回りぐらい小さくまとめたような感じの子だ。

 最近は少しずつ大人っぽくなってきたが、性格の程はまだまだ子供っぽい。


「ふーむ。 亜美のはミリオン目前なのか」

「ふむふむ、凄いわよねー」

「そうだな」


 ……?


「のわっ?! 紗希ちゃんいつ間に?!」

「きゃははは。 おーす」


 いつの間にか背後に紗希ちゃんが立っており、横からモニターを覗き込んでいた。


「ど、どどど、とうした??」

「何キョどってんのー。 ご飯出来たから呼びに来ただけじゃん」

「あ、あー、飯? そ、そうかもうそんな時間か」

「ぬぅ。 今井君さぁ、何か私と2人になると腰引けるわよね? どして?」


 どして? と言われて考える。

 色々と思い出される。 何度も紗希ちゃんには襲われかけて、実際に1回は襲われたし警戒するのは当然ではないだろうか。


「まあまあ、そんなに警戒しなくてもー。 ご飯前にはさすがにそんな気起こしたりしないわよー。 さっさと夕飯食べましょ」


 と、珍しく何もせずに離れる紗希ちゃん。

 さ、さすがに落ち着いたか。


「あ、そだ。 お風呂上がったらまたちょっと来るねーん」


 ガチャ……


「……何かおっしゃって出ていかはりましたが」


 どうやらまだまだ何か企んでいるような雰囲気だ。

 警戒を怠るなよ夕也。


「了解!」



 ◆◇◆◇◆◇



 夕食の時間。 俺は亜美にアイコンタクトで通信を試みる。


「紗希ちゃんが何か企んでいる。 助けていただきい」

「大丈夫だよ。 紗希ちゃんから話は聞いてて私も許可済み。 安心されよ」


 ふむ。 亜美が事情を知っているから安心しろと返信してきた。 ならば安心なのか?

 ていうか、本当にアイコンタクトだけで意思疎通出来たぞ。

 しかし、亜美に断りを入れてまで俺に用事とは一体何だ?

 紗希ちゃんが俺に話があると言う時は、下心がある時と柏原君絡みの相談事である事が多い。

 ふむ、今回は後者か?



 ◆◇◆◇◆◇



 入浴を終えた俺は部屋で紗希ちゃんがやって来るの待っていた。

 

 コンコン……


 どうやら来たようだ。 


「どうぞ」


 ガチャ……


「おじゃましまーっす」


 パジャマに着替えて、長い髪をストレートに下ろした紗希ちゃんが部屋に入ってきた。

 中々新鮮な雰囲気だな。

 いつもは色んな髪型を見せる紗希ちゃんだが、こういう紗希ちゃんはあまり見ないな。 何というか落ち着いた感じに見える。


「何か用事があんのか?」

「まま、落ち着いて落ち着いて。 まずはシッポリと愛を確かめ合ってね」

「あのなぁ」

「にゃはは。 冗談よー。 ま、相談があるのは事実ね」

「柏原君絡みか?」

「およ、ご名答! うふふん、今井君ってば、私の事わかってきたじゃん? もっと色々知りたくなぁい?」


 話が少し進む度に誘惑してくるので、話が中々進まないが、どうやら柏原君絡みの相談事のようだな。

 浮気疑惑の相談やら別れさせられるかもしれない事件等、結構大変な内容である事が多い。

 今度は何だ?


「ま、冗談はさておき本題に入りますか。 実はさ、今井君に見てほしい物があんのよ」

「俺に?」


 紗希ちゃんは頷きながら一冊のノートを取り出した。

 勉強用ノートとはまた違うのか?

 

「デザインノート?」

「うん。 見てほしいのはねー」


 と、ノートをパラパラと開き、あるページで止めた。

 そこには2つのイラストのような物が描かれている。


「ずばり、男の子の今井君から見てどっちのデザインの方が好み?」


 と、ノートを見せてくる紗希ちゃん。

 ノートに描かれているイラストを見ると、1つはカッコイイフォントで英語の書いてある物。

 もう1つは何やら動物が描かれた物。


「ふむ。 俺はこっちの英語が書いてある方が好みだな」

「こっち? なるほどなるほど。 やっぱり男子はこっちよね。 ふむふむ」

「それがどうしたんだ? 柏原君と何か関係あんのか?」

「あ、うん。 4月の頭にさ、あいつの誕生日があるのよ。 それでプレゼントに何か自作しようかなぁと」

「ほぉ。 そりゃ良いな。 柏原君喜ぶだろう」


 彼も中々幸せ者の男だ。


「まあ、今はお互いに受験勉強で忙しいし中々余裕ないんだけど。 受験終わったら作り始める予定よ」


 と、ノートをペラペラとめくりながら話を続ける紗希ちゃん。

 そこには色んなデザインの試し描きや、キャラクターデザインの勉強等がぎっしりと書き込まれていた。


「凄いな、そのノート」

「これ? あはは……思い付いたデザインとか書き留めたりしてたらいつの間にかね」

「そうか。 でもちゃんと勉強してんだなぁ」

「まあ、私の夢だしねー。 その為に皆と離れて京都まで行くわけだし。 まあ、頑張ってるわよん。 見直した?」

「おう、見直したぞ」

「ふふ、今井君にそう言われると嬉しいわねぇ。 襲っちゃおうかなぁ」


 と、舌舐めずりをして怪しい笑みを浮かべる紗希ちゃん。


「そういうのが無ければなぁ」

「きゃはは、今井君はぁ。 ま、良いけどぉ」


 と、今回はあっさりと引き下がる。 中々珍しい事ではあるがこれは助かる。


「ちなみに、さっきのデザインで何を作るんだ?」

「長く使ってもらえそうな物が良いわよね? ナップサックかなと」

「良いんじゃねぇか?」


 たしかにそういう物だと長く使えるし実用的だ。

 柏原君も喜ぶな。


「今井君にも何か作ろっかぁ?」


 と、提案してくるが、俺は断っておいた。

 さっきも言っていたが、受験勉強で忙しい中で余裕も無いだろうからな。

 

「そっかー。 じゃあやめとくわ。 んじゃー代わりに」


 と、紗希ちゃんは立ち上がり、俺に近付いてきた。

 あ、この展開は良くないぞ。

 しかし、気付いた時には紗希ちゃんに肩をガッチリ捕まえられていた。


「キスしたげよー」

「待て! 紗希ちゃん落ち着け」

「待たなーい。 ん」

「んぐっ」


 あっさりと奪われてしまうのであった。

 はぁ……。


「今日は協力感謝ー! また明日、おやすみー。 んちゅ!」


 と、部屋を出る時には投げキスまで飛ばして来る始末。

 本当によくわからん女子だと思う。

 一応、柏原君第一なんだろうが、俺に対する愛情表現は一体何なんだろうか?


「まあ、考えても仕方ないか。 あの子の考えてる事は俺にはようわからん」


 難しいことは考えるのをやめて、今日はさっさと寝るか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る