第561話 スイッチヒッター

☆渚視点☆


 第1セット終盤に入ったところでサーブは月ノ木キャプテンの小川友希。

 相手コートには都姫の守護神、新田千沙がいる。

 はっきり言うてとんでもないプレーヤーやと思う。

 リベロプレーヤーとしてなら雪村先輩クラスやろう。

 ただ、身長面などを考慮した場合の守備範囲は雪村先輩に比べると幾分狭い。

 当人もその事を重々理解しているみたいで、今回はその弱点である守備範囲を広げる努力をしてきたらしい。

 これがまた中々厄介で、元から高かった反応速度に加えて瞬発力まで身につけてスパイクが中々決められへん。


「うぇーい!」


 パァン!


「まだまだ!」


 ここまでの試合展開は大体こうだ。

 こっちのスパイクを新田さんが拾い攻撃に繋いでくる。 その攻撃を麻美が何とかブロックで返す。

 そしてそのボールをまた新田さんが拾うという流れで、どちらかがミスしたところで得点が入るという感じや。

 つまり、新田さんがコートにおる内は、私達OHアウトサイドヒッターはハッキリ言うて全く活躍出来てへんって話や。

 去年までの月ノ木学園と都姫女子の対戦は高火力同士の派手な試合やったけど、今大会はガチガチの守備力勝負になってる。


「せやけど、このまま引き下がるつもりあらへんで」


 パァンッ!


 麻美のブロックしたボールが弾かれてこっちのコートへ入ってきた。


「ワンチー!」

「オーライ!」


 高く上がったボールを智恵が落ちついて上げ直して友希に繋ぐ。


「さあ来い!」


 それを見て助走を開始。 このまま抑え込まれたままで終わってたまるかいな。

 私は藍沢先輩からエースを引き継いだ女やで!


「渚頼む!」


 私に合わされたトスに跳びつき、相手コートに目を向けてコースを探す。

 ブロックは2枚でストレート閉め。 クロスに打てば新田さんの守備範囲ってわけか。

 

「ほんだら勝負や!」


 クロスへ向かってスパイクを打つ。

 パワーで言うたら藍沢先輩の足元にも及ばん私のスパイクやけどどや?!


「真正面!」


 パァンッ!


 私のスパイクを真正面で受ける新田さん。 少し威力に負けて高く上がってはいるけど、上手く拾われてもうた。


「くそっ」


 あかんか。 やっぱり真っ向勝負するにはまだパワー不足ってわけかいな。


「すまーん! 次決める!」


 すぐに守備に戻りながら謝る。


「ドンマイ!」

「あははは! 止めるー! うぇーい!」


 パァンッ!


「うわー抜かれたー!」


 麻美とマリアのブロックが抜かれて失点。

 16ー15になった。

 しかしここで相手コートからは新田さんが抜けて守備力が落ちる。


「ここで点稼ぐわよ。 出来ればセット取るとこまで欲張りたいけど9点はちょちキツいかな?」

「まあ、やれるだけはやってみるで」

「新田先輩が戻ってくるまでに9点……やります」

「とにかくいきましょ」


 と、気合いを入れて臨むも、結局点差を2点広げるだけに留まり22ー19で新田さんがコートに戻ってきた。


「ええで。 やっぱりあれから点取らな気が収まらんでな」

「はい。 目に物をみせやります」


 OH勢が目をギラつかせて新田さんを見つめる。


「バンバン上げてや友希」

「はいはい」

「こっちもお願いします」

「はいはい」

「私も決めるからお願いね」

「はいはい」


 熱くなる私達に対して冷静なのが小川友希というセッター

 さすがに清水先輩や藍沢先輩がキャプテンに選んだプレーヤーやで。

 どんな場面でも冷静に状況を見られる視野の広さが武器や。

 西條先輩からも目を掛けられていて、Sとしての技術や考え方を叩き込まれている。

 まとめ役としてもプレーヤーとしても優秀なプレーヤー。


「誰に上げるかは状況を見て私が決める。 麻美にも上げるから」

「はいよー」


 こういうところも西條先輩の影響を受けているらしい。


「はいはい、サーブくるわよ。 構えて構えて」

「はいよ」


 とりあえずはサーブ拾わんとあかんわな。

 

 パァン!


「ナイスマリア!」


 マリアはセンスの塊みたいなプレーヤー。

 清水先輩ほどのぶっ壊れプレーヤーって訳や無いけど、全体的に高水準にまとまっている。

 スパイクはもちろん、レシーブもこなすしトスかて上げられるオールラウンダーや。

 ほんま、化け物みたいな先輩がおらんようになった思うたら化け物みたい後輩が出て来よったで。

 マリアはレセプションしてからすぐに助走できる体勢を取る。 こういう細かい技術もすでに備わっとる、まさにバレーボールプレーヤーの理想像や。

 ほな私はマリアの囮で行こか。

 マリアがセミオープンで行くみたいやから、私はBクイックでブロック釣ったる。

 こっちは打つ気でダッシュして先に跳び上がる。

 コミットブロック1枚釣ったった。


「ほい!」


 トスはマリアの方へ。 あっちもブロック1枚。

 ストレート閉めてのクロス誘いはさっきと同じ。 せやけどブロックその位置はあかんで。

 マリアは右足から助走を開始し右足で踏み切ってジャンプした。 そう今年のマリアは……スイッチヒッターに進化しとるんや。

 ブロックをする時、右打ちと左打ちではコースの閉め方を微妙に変えなあかん。

 右と左では肩幅分打点が横にズレる事になる。

 つまり、右打ちのストレートを閉めるようなブロックポジションやと。


「左のストレートががら空きになるんよな」


 パァンッ!


 マリアは左手でスパイクを打ち込み、ブロックの脇を抜いて、新田さんの守備範囲をかいくぐり決める。


「っし!」


 珍しくガッツポーズなんかも見せて喜びを表現している。


 たしか去年の夏の大会終了後の事やったっけ?

 私が藍沢先輩とOPオポジットのプレーについて話してる時やった。



 ◆◇◆◇◆◇



「いい? OPってのは攻撃に集中するのが基本で、レセプションとかディグは他のポジションに任せちゃいなさい。 あ、ブロックは参加するけどね」

「はい」

「あの、お話し中申し訳ないんですが私もアドバイス貰えないでしょうか?」

「マリア? あんたがアドバイス欲しいって珍しいわね? 何?」

「……先日の決勝戦で思い知りました。 清水先輩のバレーボール選手としてのずば抜けたセンスと実力……」

「あー……まぁあれはね。 あんただって並みのプレーヤーに比べれば十分ハイレベルよ?」


 まぁ、あの人はもう人であるかどうかの瀬戸際まで行ってもうてるからなぁ。


「ですが、こんな事ではあの人にいつまで経っても追いつけません。 何か、何か少しでも追いつく方法が無いでしょうか?」


 必死やなこの子も。 中学の頃から世代の違う天才同士いうことで、清水先輩と比較されてきたらしいマリアは、清水亜美というプレーヤーに対して激しいライバル心を燃やしている。

 わざわざ県外の月ノ木学園へ入学してくるほどにそのライバル心は強い。


「うーん……難しいわね。 でもそうねぇ。 いっそスイッチヒッターにでもなってみるってのはどう?」

「スイッチヒッター……両打ちですか! ありがとうございます! これから左打ちの練習もしてみます!」


 そう言ってマリアは早速左打ちの練習を始めた。


「先輩。 清水先輩は両打ちできるんですか? 右打ちしか見ませんけど」

「あー……多分出来るんじゃないかしら? でもマリアには内緒よ」

「は、はぁ」


 やっぱり普通にできるんやろなぁあの人。



 ◆◇◆◇◆◇



 というやり取りがあったので、マリアは夏から両打ちの特訓を始めて完成に至った。

 その成果が今まさに出たところっちゅうわけやな。

 やっぱ末恐ろしい後輩やで。

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