第495話 トラやら何やら
☆亜美視点☆
西條邸ペット用ハウス──
「冗談やないで……このでかいのがペット用の家やて?」
「まあね」
「うへー、うちの3倍ぐらいあるわ」
弥生ちゃんも宮下さんも、信じられないものを見たという表情でそれを見る。
まあ、私も最初に聞いて見た時は執事さん用の家だと思ったぐらいだし。
2人も前情報無しではペットの家だとはわからなかっただろう。
「さ、入るわよー」
奈央ちゃんは生肉片手に言うと扉に手をかける。 どうやら今から朝食の時間らしい。
ジョセフとセリーヌの食事シーンは見たことがないので楽しみだよ。
扉を開けて中へ入ると、すぐにまた扉が現れる。
すぐにトラが飛びかかってくると警戒していた弥生ちゃん、宮下さんは少し安心したようだ。
「私がちゃんと世話して躾けてるから、飛びかかってきたり噛み付いてきたりしないわよ」
「ほんまかいな……トラやろ?」
「ごくり……」
「じゃあ開けるわね」
内扉を開けて、中へ入っていく奈央ちゃんと、それに続く私達。
相変わらずだだっ広い部屋には、丸太や遊具が置いてある。
近くに2頭の姿は見えないようだ。
「ジョセフー! セリーヌー! 朝ご飯よー!」
奈央ちゃんが大きな声で2頭を呼ぶと、物陰から姿を現してゆっくりと歩み寄ってくる。
「ほ、ほんまもんのトラや……」
「動物園でしか見た事ないわよあんなの……」
「グルルルー……」.
低い声で唸りながら近付いてくる2頭を前に、奈央ちゃんがゆっくりと屈み込み、生肉を差し出す。
すると、2頭は嬉しそうに生肉に齧り付き食べ始めた。
パワフルな食事である。
「すんごい食べっぷり……」
「せ、せやけどこう見たら、ただのゴツい猫みたいなもんやな?」
「だよねー」
尚も生肉をむしゃむしゃと食べる2頭のトラさんを、じっくりと眺めながら言う弥生ちゃんと宮下さん。
2頭が生肉を食べ終えると、ゴロゴロ言いながら奈央ちゃんに擦り寄っていき甘え始める。
「か、可愛い……」
「言うてもトラやで?」
私が発した言葉に、弥生ちゃんが冷静に返してくる。
トラでも可愛いものは可愛いのだ。
私も久しぶりに頭を撫でてあげる事にした。
「よしよし、可愛いねぇ」
「そうでしょそうでしょ」
奈央ちゃん自慢のペットだけあり、手入れも行き届いているようだ。
皆も順番に撫でたりして、スキンシップを図る。
弥生ちゃん、宮下さんは最初はおっかなびっくりだったけど、今は慣れたのか後の方は普通にトラと遊んでいる。
「こらええ経験させてもろとるわ」
「だよねー。 トラとこんな風に遊べる場所なんて無いもの」
「うんうん」
「まあ、最初の内は苦労もしたけどね」
奈央ちゃんは、この子達の母親代わりなのであるが、最初の頃は言うことを訊いてくれなくて大変だったとの事。 それでも根気よく世話を続けて今の関係を築いたらしい。
本当にこの子達が大切らしく、餌やりや掃除は自分が必ずするという事。
「偉いなー……あんさんはやっぱ、その辺のお高く留まったお嬢様とはちゃうな」
「その辺の金ばっかり持った高慢なだけのお嬢様と一緒にしないで頂戴」
と、奈央ちゃん。 たまにすごく偉そうな時はあるけど、基本的には相手の事も立てられる良い性格をしている。
本当にこういう人は貴重だと思う。
きっと日本の経済界を背負って立つような凄い人になるんだろうなぁ。
◆◇◆◇◆◇
ジョセフとセリーヌの家から出て、西條邸の方へ向かう私達。
「さっきのトラの家も相当やったけど、こっちのはもはや城やな……」
「すんごすぎ……」
「そうよね……何回来ても慣れないわよ」
「私は慣れてるわよー」
慣れないという奈々ちゃんに対し、もう何度も足を運んでいる紗希ちゃんはもう慣れているという事。 良く泊まりに来るそうだしねぇ。
家の中へ入ると、広い廊下を突き進んでいく。 すれ違うメイドさん達が次々と頭を下げていくのは気持ち良いものである。
「ほ、本物の侍女がぎょうさんおるで……」
「コスプレじゃないメイドさんは初めて見るわ……」
奈央ちゃんの家に来てからというもの驚きの連続らしい弥生ちゃんと宮下さん。
こんな家そうそう無いからねぇ。
「ここよ」
奈央ちゃんの部屋の前まで来ると、立ち止まって振り向く。
「んじゃ入るわね」
いざ、久しぶりの奈央ちゃんの部屋へ。
「ん、何ちゅう広さやねん……」
「部屋ってより家でしょこれー」
家かどうかは知らないけど、その辺の1Kのアパートよりは遥かに広い部屋だ。
「まあ、広いのは広いけど、この広い部屋に私1人って寂しいものよ?」
「たしかにそうかもー……」
「ですね……」
いくら部屋が広くて高級家具が並んでいようとも、1人で過ごすのは寂しいものである。
だから、よく来てくれる紗希ちゃんには感謝しているという。 それを聞いた紗希ちゃんは珍しく顔を赤くして照れていた。
「ささ、皆も座って」
と、クッションをポイポイと投げてくる奈央ちゃん。 これ3万円のクッションなんだよね。
さすがの私もこれに座るのに躊躇は無くなった。
「それ、3万円のクッションだよ」
「うぇっ?!」
「ちょちょちょ?!」
一応初めての2人には教えてあげる。
すると、座ろうとして中腰になっていた2人がスクワットでもするかのように勢いよく立ち上がる。
「何してんのよ……」
「3万円っていきなり言うからびっくりしたやないか」
「うんうん」
「別に気にしなくて良いわよ。 3万円くらい」
奈央ちゃんからすれば30円くらいも感覚なのかもしれない。
「あはは、私も最初はそうなったよ」
「普通そうやろ」
「慣れよ慣れー」
皆クッションに座ると、ちょうどメイドさんが紅茶を持ってきてくれた。
測ったようなタイミングである。
「ありがとう、下がってもらっていいわよ」
「はい、昼食は12時ちょうどになります。 ではごゆっくり」
ぺこりと頭を下げて退室するメイドさん。
「お昼は家で食べますわよ。 テーブルもこの部屋に運んでもらって、この部屋でお話でもしながら食べましょう」
「おおきにやで」
「楽しみねー」
西條家での昼食という事はまた豪華なものが並ぶんだろうねぇ。
「そういえば、2人はVリーグ行くんでしたわよね?」
「そやよー」
「どこのチームでしたっけ?」
「東京クリムフェニックスよ」
弥生ちゃんと宮下さんの所属する予定のチームである。
奈央ちゃんは「ふーむ」と言いながらパソコンをカタカタと触り始める。
そして……。
「ふーむ……なるほど。 買収するにも少々てこずりそうねぇ」
「ば、買収?!」
「考えましたが却下ですわー。 やっぱり自分でチーム作りから始めるに越したことないわね」
「何? 本当にチーム作る気なの?」
「まあ、そのつもり。 いつか皆とバレーボールする為にもね」
「てことは、いつか亜美ちゃんと勝負できるっちゅうことか?」
「あはは、かもしれないね」
「おおー」
「ウチは待っとるで」
「私だって」
奈央ちゃんが作るチームに、いつか私も所属する時がくるんだろうか?
うーん、私のお仕事とかどうなっちゃうんだろう?
小説を書くのはやめないし、奈央ちゃんの専属秘書を目指すのだって諦めない。
そこに加えてバレーボールまで出来るだろうか?
将来の事はまだわからない。
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