第425話 春人再来日

 ☆奈央視点☆


 今日は7月29日。

 夏休みに入ったところである。

 連日のように私達の集会所に集まり、受験勉強会を行っているわけだけど、今日は少し遅れていく旨を皆には伝えてある。


「まだかしら?」


 私は今、空港へとやって来ている。

 今日、春人君が日本にやってくるのだ。

 この秋から、月ノ木学園に編入してくるからである。

 大学も私や亜美ちゃんと同じ大学を受験する事になっている。

 そう、ようやく遠距離恋愛が終わるのだ。


「言っても1年半程だったけど……」


 春人君が乗っている飛行機の到着を今か今かと待ち侘びる私なのであった。


 少しの間座って待っていると、やっと飛行機が着陸してきた。


「あれね」


 私は立ち上がって、わかりやすい場所で待つ。

 背伸びをしながら、出てくるお客さんの中から春人君を探す。


「んー……あ、いた! 春人君ー! こっちこっち!」


 春人君は私の声に気付いて近付いてくる。

 

「お待たせしました」

「いやいや。 よく来たわね。 車を待たせてあるから、早速皆の所へ行きましょうか」

「はい」


 相変わらずな感じの春人君と並んで空港を後にし、車に乗り込む。


「私の別宅前までお願いします」

「かしこまりました」


 運転手に行き先を伝えると、車が走り出した。

 春人君は首を傾げながら訊いてきた。


「奈央さんの別宅とは?」

「ふふふ。 それは着いてからのお楽しみです」

「はあ……」


 とりあえずはそれで納得してくれたようだ。

 車は安全運転で目的地へ向かうのであった。



 ◆◇◆◇◆◇



 見慣れた街に戻ってきた私達は、雑談をしながら目的地への到着を待つ。


「駅前のあたりも変わりませんね」

「去年の夏に来てから1年経ってないですもの。 そうそう変わりませんわよ」


 むしろこの辺りの街並みは、昔からほぼ変わっていない。

 まあ、マンションなんかが増えたといえば増えたが。

 さらに3分程走った辺りで、車が止まる。


「お嬢様、到着いたしました」

「えぇ、ありがとうございました。 帰りは歩いて帰りますので、貴方はこのまま戻ってもらって結構ですわ」


 運転手にそう伝えて、車から降りる。

 そこには見慣れた我が別宅兼皆の集会所がある。


「ここは、夕也の家と亜美さん、希望さんの家?」

「ふふふ。 清水家は今、私の別宅になってるのよ。 清水家のご両親、仕事で東京へ行がなければならなくなって、この家を手放すって言うから私が買い取ったの」

「また凄い買い物を……それでは、亜美さんや希望さんも東京へ?」

「2人はこの街に残ったわ今は今井君の家で3人で共同生活してる。 さ、入るわよ」

「あ、はい」


 話も程々に、家の扉を開けて中へ入っていく。

 皆がリビングに集まって勉強会をしているはずである。

 中へ入って、真っ直ぐリビングへ向かい扉を開ける。


 ガチャ……


「遥ちゃん、それはその式じゃないよ」

「ち、違うのか……」

「皆、遅くなってごめんなさい」

「お? おー? おー! 北上君おかえりー! ん? おかえり?」


 紗希が相変わらず元気な声を上げている。

 春人君は優しく微笑んで「ただいま戻りました」と返事をした。

 春人君がやって来たという事で、皆は一旦勉強の手を休める。


「休憩にしましょうか」

「だなー」

「台所からお菓子持ってくるねぇ」


 亜美ちゃんが立ち上がって、台所へ向かう為にこちらへ歩いてくる。


「春くん、ちょっとイケメン度増した?」

「どうでしょうか? わかりませんが……」

「あはは、そかそか」


 そう言って台所の方へ消えていく亜美ちゃん。

 春人君は、部屋内を見渡してある事に気付いてのか、質問を投げかけてきた。


「宏太はいないんですか?」

「あー、あいつなぁ……」

「惜しい人を亡くしたわね……」

「そうだな」


 何故か悪ノリを始める友人達。

 まるでもうこの世にはいないみたいな言い方を……。


「皆、悪ノリしすぎだよぅ。 宏太くんは就職組だからたまにしか来ないんだよぅ」

「なるほど。 そうなんですね。 ここにいる皆さんは進学という事ですね」

「ま、そういうこと。 宏太の奴も呼ぶ? せっかく春人が来たんだし」

「どちらでも構いませんよ」

「んじゃ、いっか」


 結局呼ばれないのね、佐々木君。 扱いが相変わらずな事。


「はいはいー、お菓子持ってきたよ」


 亜美ちゃんがお盆にお菓子を大量に乗せて戻ってきた。

 とりあえずテーブルの上にばら撒いて駄弁り始める皆。


「春人。 今度1ONやろうぜ」

「おお、それは見たいねぇ」

「良いですよ」


 男の子はそういうのが好きね。 って、私も人の事言えないわね。

 亜美ちゃんと勝負ばかりしてるし。


「北上君。 向こうの美人と浮気とかした?」


 と、また変な事を訊くのは紗希。 この子の頭の中はどうなってるのかしら。

 柏原君も「何を訊いてるのさ……」と呆れている。


「紗希。 春人君が浮気なんてするわけないでしょ? この私の恋人なんだから」

「でも、結構告白とかされましたよ」

「ぬぁにぃー!?」


 つい取り乱してしまう。 きっと凄い顔で春人君を睨んでいる事だろう。


「も、もちろん全部断ってますよ」


 かなりたじろいだ感じでそう続ける春人君。

 それを聞いて私も安心した。

 紗希は「きゃはは」と笑い飛ばしているが。

 まったく……。


「にしても、約1年ぶりだけど変わらないわね、あんた」

「いや、奈々美さんもあんまり……」

「は?」

「あ、いや、さらに美人になられましたね」


 言わされてるし……。 でも1年会わなくても以前と変わらず笑い話が出来るって、素晴らしい事よね。

 それにこれからはずっと一緒だし。


「奈央ちゃん、嬉しそうだね」

「へ?」

「顔がにやけてるぞ、奈央」


 亜美ちゃんや遥に指摘されて手鏡を出し顔を確認してみると、なるほどにやけていた。

 喜びが顔に出てしまっているようだ。


「い、良いでしょ……嬉しいんだし。 1年我慢してこれからはずっと一緒にいられるのよ? そりゃにやけもするでしょ……」

「そうだよねぇ。 私が同じ立場だったらやっぱりにやけてると思うし」


 亜美ちゃんはそうでしょうね。 この中でそういうの冷めてそうなのって奈々美ぐらいかしら?

 普段からあんまり佐々木君とイチャイチャしてるイメージ無いし。


「しかしまあ、これからまた賑やかになるな。 春人は奈央ちゃんの家で世話になるんだろ?」

「まあ、大学へ行くまでは。 余裕が出来ればアパートでも借りて1人暮らしでもしようかと」

「別にずっといても良いのよ?」


 むしろその方が私は嬉しいのだけど、春人君は「さすがにそこまでお世話になるわけには」とそれを拒む。 本人がそれでいいって言うんなら、私が無理に引き留めても仕方がないわね。


「春人は奈央と一緒にいるのは嫌だと……」

「そうなの?!」

「いえ! そんなことは!」

「大体おかしいのよねぇ。 こんなちんちくりんのぺったんこのどこが良いのよ」

「ちんちくりんのぺったんこって言うなー!」


 奈々美めー。 ちょっと身長が高めで胸もあるからって偉そうに……。 デカけりゃいいってもんじゃないのよ。


「ま、まあ、可愛いじゃないですか?」

「あー春人君……なんて良い人」

「ちっちゃいのが好きなのね」

「ロリコンではないですよ?!」

「……私、小学生か中学生だと思われてるのかしら」


 皆はケラケラと笑い飛ばす。 私の扱いも大概ぞんざいな気がするのは気のせいかしら?

 一通り駄弁った後で受験勉強を再開。 夏休みはまだ始まったばかりであるが、今年はインターハイと勉強で潰れそうである。

 

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