第413話 バトン

 ☆奈々美視点☆


 前の走者である森君が頑張ってくれている。

 トップとの差は6秒程。

 残り7人でこの差をひっくり返す事が出来るか……。


「何か燃えてきたわね」

「奈々ちゃんファイトー!」


 親友の亜美からも熱い声援を受けて、バトンを受ける体勢に入る。

 バトンタッチゾーンを目一杯使い助走して、バトンを受け取る。


「あとは任せたー!」

「任せなさい」


 まずは前を行くB組との差を少しずつ縮めていく。 私の足は、亜美や奈央、遥に比べると少し劣る。

 でも、その辺の男子になら負けない自信はある。


「どきなさい!」


 コーナーを大きく外に回りながら、B組を抜いて三位に浮上する事に成功。


「良いよ奈々ちゃん! 先頭との差も詰まってる!」


 亜美の声が良く聞こえる。


「さすがにもう1人は抜けないわね……せめてもう少し差を詰めておきたい」


 バックストレートに入り足をフル回転させる。

 前を行くC組はまだ遠い。

 次のバトンを受ける相手をチラッと見ると、ポニーテールを結び直して気合いを入れている姿が窺える。

 最終コーナーを曲がり、最後のスパートをかけて手を伸ばす。

 バトンを受け取った流れるような黒髪が、急加速して前を追う。


「紗希! お願い!」

「あいよーっ!」



 ☆紗希視点☆


 奈々美が必死になって縮めたトップとの差。

 おそらく5秒ちょっとぐらいまでは縮んでいるはず。


「私のノルマは半秒縮めつつ、二位を射程に捉えるってとこかな!」


 私はコーナーではピッチ走法気味に曲がり、ストレートに入るとストライド走法に切り替える。


 チラッとトップの位置を確認するが、縮められているかは判断出来ない。


「縮んでるわよね……」


 足には自信がある方だけど、ガチ勢にどこまで迫れるかはわからない。

 私は私の全力で走るだけ。


「次の走者は遥ね」


 ここから残りのメンバーは誰も彼も化け物の領域になる。

 とはいえ、この差が覆せるかどうかは何とも言えない。


「紗希! トップとの差5秒切ってるよ! よくやった!」


 どうやら縮められているようで良かったわ。

 私は手を伸ばし、次の走者に全てを託した。



 ☆遥視点☆


「良い感じに縮められてるな……」


 残り約5秒を5人で縮める。 ノルマは1人1秒ってとこか。

 私達の持ちタイムなら可能性はある。


「おぉぉ!」


 小学生の頃は奈央の二番手に甘んじてたけど、それ以外の人には負けた事無い。

 中学に上がってからは何人か化け物が増えたが……。


「でも、そんな奴らにだって、劣っているとは思わない!」


 私はストレートに入って一気に最高速まで加速する。

 まずは前を行く奴を抜いて二位に……。


「なる!」

「マァジか?! 化け物だらけかよ!」

「そいつは私の後に走る奴らに言ってやりな!」


 1人抜き去って単独二位に浮上。 残りはあと1人。 まだ30mは差がありそうだ。


「ここまで皆が縮めてくれたんだ、私もやらなきゃ嘘だな!」


 最高速を維持したまま最終コーナーに入る。

 外に膨らまないように、外の腕を大きく振りながら曲がる。


「次は化け物その1、佐々木! 頼んだ!」

「化け物じゃねぇけど任された!」


 佐々木にバトンを渡して、私は役目を終えたのだった。



 ☆宏太視点☆



 蒼井からバトンを受けて走り始める。 皆が頑張ったおかげで、7秒差で約50mあった差が4秒程の30mあるかないかまで縮まってきている。 残り4人で30m、つまり1人8m以上がノルマって事になる。 残りのメンバーなら不可能ではないレベルだ。


「まずは俺だな!」


 蒼井が単独でニ位に上がってくれたことで、俺の前にはあと1人しかいない。

 一気に差を詰めてやるぜ。


「うおおおお!」


 夕也には及ばないが、俺だって足には自信がある。

 亜美ちゃんや西條には負けない自信もあるが、あの2人の本気は少々底が知れないところがあるからな。

 残り半周になったところで前との差を確認する。 少しは縮まってるように見える。


「この調子だな」


 もう少し……もう少し縮めてあいつらに渡せれば何とかしてくれるだろ。

 足を限界まで回せ。 まだまだやれるだろ。


「うおお!」

「かっこいいよ宏ちゃんー! もう少しだよー!」


 今年はアンカーを任されている亜美ちゃんから、声援が届く。

 さっきからずっと声を出してんな……。

 亜美ちゃんの声に後押しされてラストスパートをかける。


「良いぞ宏太! 射程圏内だ!」


 バトンタッチゾーンで待つ親友が、こっちを見ながら叫ぶと、軽く助走を開始した。

 夕也は間違いなく学年でもトップクラスの俊足だ。 こいつなら一気に縮めてくれる。


「いけ!」

「おう!」


 夕也へとバトンを渡し、コースから出ると同時に仰向けに倒れ込む。


「お疲れ様、佐々木君。 あとは私達に任せてちょうだい」


 次の走者である西條がコースに入る。



 ☆夕也視点☆



 やべー。 皆やべーな。

 7秒あったんだぞ? それがもう射程圏内まで縮めてんじゃねぇか。

 先頭のD組も、目立ったミスはしていない。

 単純に足の差だけでここまで追いついた。


「皆、化け物かよ」


 特に俺の後に控える2人は常識では計れないような人間だ。 あの2人の「マジ」には俺でさえ勝てるかどうか。


「そんな2人でも、まだこの差は覆せないだろ……俺がもっともっと縮めてこのバトンを!」


 大きなストライドで一歩一歩確実に差を縮めていく。


「夕也くーん! 頑張れー!」

「夕也兄ぃ!」

「先頭と2秒差です!」


 バックストレートに入ると、希望を皮切りに麻美ちゃん、渚ちゃんが声援を送ってくれる。


「ありがてぇ……こういう時の声ってのは力になるもんだ」


 あと四半秒縮める。 その差なら奈央ちゃんと亜美が何とかするだろう。


「足保ってくれ!」


 完全にリミットを超えて足を回す。 下手をすれば転倒しかねない程であるが、リスクを背負わないと縮められない差だ。


「今井君! さすがよ! 私と亜美ちゃんで何とかなりそうだわ!」


 早くもバトンタッチゾーンが見えてきた。

 D組は既にバトンタッチを終えて次の走者が走り出している。

 2秒切ったか?


「奈央ちゃん!」


 パシッ!


 たしかにバトンを次の奈央ちゃんに託す。


「夕ちゃんナイスファイトだよ。 ゆっくり休んで見ててね」

「おう……」


 足に力が入らなくなり、その場に座り込む。

 チーム対抗を奈央ちゃん譲って正解だったな。

 今日はもう走れねぇ。



 ☆奈央視点☆


 ざっと13mってとこかしら? 私と亜美ちゃんの持ちタイムなら、この2秒もない差をギリギリなんとかって感じかしらね。


「ふふ、我が終生のライバルに、最高の舞台を用意してあげるわ!」


 バトンを受け取りフルスロットルで前を追う。 

 0.1秒、また0.1秒と前との差を縮めていく。

 そしてバックストレートに入ると同時に、反対側にあるバトンタッチゾーンの方に視線を向けると、アンカーである亜美ちゃんがこちらを見ながら小さく頷いたのが見えた。


「貴女と真剣勝負ができない体育祭なんてつまらないと思ってたけど、こういうのも案外悪くないわね」


 ライバルであり大事な仲間。 皆でバレーボールをするようになってから、皆と一つの勝利に向かっていく楽しみを知った。

 亜美ちゃんに出会わなきゃ、私は今でもそんな楽しみがあることを知らずにいたかもしれない。


「感謝してるわよ」


 最終コーナーを曲がる頃には、先頭の背中はずいぶんと大きくなっていた。 この差なら……。


「亜美ちゃん! 最高の舞台を整えておいたわよ! 勝ちなさい!」


 パシッ!



 ☆亜美視点☆


「らじゃだよ!」


 奈央ちゃんから最後のバトンを受け取り、前を行くD組を追いかける。

 差は大体6mぐらい。 皆でここまで縮めてくれた差を絶対に無駄にはしない。


「勝つよ!」


 コーナーを曲がり切り、本気の走りである前傾のフォームで一気に勝負に出る。

 皆で繋いだこのバトン……皆の想いがこもってる。 そう思ったら、まだまだ加速できるような気さえしてくる。


「てややー!」


 腕を大きく振ってさらに加速する。


「亜美ー! ぶち抜きなさいー!」

「亜美ちゃんいったれー!」

「気張れ亜美ちゃーん!」

「いけー!」

「あと2mだぞ!」

「負けることは許さないわよー!」


 バトンを繋いでくれた皆が大きな声で応援してくれているのが聞こえる。

 先頭の背中を捉えたところで最終コーナーに入り、姿勢を戻す。

 外を回らんければいけない分ロスもある。 最後のストレート勝負だ。


「てゃー!」


 最小限のロスで最終コーナーを曲がりつつ、ラストスパートに入る。


「並んだー! 最後の最後でA組がD組に並んだぞー! どっちだー!?」


 横に並んで最後のストレートに入る。 そして。


「抜いたー! 抜いた抜いたー! 7秒差を覆したー!」


 体1つ抜け出し、腕を大きく横に広げて胸でゴールテープを切る。


「一位通過はなんとA組ー!!」

「うおおおおお! すげぇ!! あれ覆すとかパネェ!!」


  周りが大いに盛り上がる中、私の周りに集まったA組のメンバーは、私に抱きついたり私の頭を叩いたりして出迎えてくれるのだった。



 ◆◇◆◇◆◇



 その後のチーム対抗リレーでも優勝した私達A組は、チーム得点、学年別得点の両方で歴史的大差をつけての優勝を飾り、最後の体育祭は幕を閉じたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る