第402話 奈央の楽しみ

 ☆奈央視点☆


 ビーチバレーの大会決勝戦。 相手は私が終生のライバルと認めた亜美ちゃんと、その親友奈々美のペア。

 試合開始直後の攻防で先制点をものにしたところでサーブが私に回ってくる。

 こちら側は風上にいるのでサーブが思ったよりも伸びる。 今日の何試合かでどれぐらいの風ならどれぐらい影響するのかというのは、ある程度掴めている。

 そして、たぶんそれは亜美ちゃんも同じだろう。 どこまでも私の上を行くとんでもない天才。


「本当……憎たらしい事この上ないわね……」


 笛の音が鳴ったのでサーブを開始する。 私の得意サーブはたった1つ。 ドライブ回転のかかった急激に落ちるサーブ。


「はっ!」


 思いっ切りドライブ回転を掛けたサーブが、相手コートに飛んでいく。

 ネットを越えたあたりで、急激に軌道を変えて一気に落ちる。


「よっ!」


 しかしそれをあっさりと拾う亜美ちゃん。 やっぱり風の強さや私のサーブの軌道なんかを完全に把握しているようで、インドアと変わらないプレーを披露する。 この短時間でビーチバレーに対応してきたようだ。


「はぁ、さすがってとこねぇ」


 亜美ちゃんはそのまま少し下がって、スパイクの助走距離を取る。

 奈々美が高めのアンダーハンドトスを上げると、亜美ちゃんがそれに合わせて助走を開始して──。


「紗希、ブロック跳んで」

「あいよー! あんたじゃ高さ足らないもんねー!」

「悪かったわねっ!」


 いちいち一言余計なんだから……。 とは言いつつ、仲間内で一番付き合いの長い相手で、お互いの事を誰よりも信頼してるし、わかっている。 こういったやり取りも日常茶飯事。


「とぅ!」

「てりゃっ!」


 このビーチバレーという競技はは2人1チームでやる性質上、ブロックは止めるというよりコースを遮り誘導する意味合いの方が強いところがある。 ただ亜美ちゃんクラスともなると……。


 ピッ!


「うへぇ……上手いなぁ」


 紗希の手に当ててボールをコート外に弾かせるブロックアウトプレーもたやすくこなす。

 この手のプレーは、東京の宮下さんやうちの奈々美の方が上手いけれど、亜美ちゃんも相当なレベルのテクニックを持っている。

 あれを一枚のブロックで止めるのは至難の技でしょうね。


「ごめん奈央ー」

「仕方ないわよ。 亜美ちゃん止めるのは相当大変だし」

「ありゃ骨折れるわー」


 でもそうでなくっちゃ面白くない。 私の最強最高のライバルである亜美ちゃんにはそれぐらいでいてもらわないと。


 幼いころから勝負事で負けたことのない私は、同世代で私より優れた人間なんていないと思っていた。

 別の小学校に天才少女と呼ばれる子が同学年にいるという噂は私にも届いていたけど、どうせ私の方が上で私に敵うわけはないと、そう思っていた。

 中学に上がってその天才少女と邂逅した私は、早速自分との格の違いを見せつけようと定期テストの点数で勝負を挑んだが……私の完敗だった。 その時、人生で初めて同世代の子に敗北した。

 その後も、体育での記録など様々な事で勝負挑むも、どうしても勝つことが出来なくて悔しいと思った。

 いつしか私の目標は「亜美ちゃんに勝つ」事になっていた。 どんなことでもいい。 亜美ちゃんに勝ちたいと思うようになった私は、亜美ちゃんの弱点を探るためにバレー部に入部して彼女の行動全てを観察していった。

 だけど、どれだけ観察すれども弱点といった弱点も見つけられず、ただただ時間は過ぎていった。

 そしてある日私は気付いた。 亜美ちゃんに勝つことは大事だけど、何より亜美ちゃんと競う事を楽しんでいる自分がいることに。

 私の全力に応えられる相手がいる事が何より楽しいと感じるようになったのである。

 今でこそ、亜美ちゃんとは勝ったり負けたりするような感じになったけど、唯一勉学だけは勝たせてもらえないわね。


 ピッ!


「7-7! チェンジコート!」


 試合はお互い一歩も引かない展開で進んでおり、1セット目2回目のチェンジコートを迎えた。


「さすがですわね、亜美ちゃん」

「そっちこそだよ」


 すれ違いざまに短く言葉を交わす。 亜美ちゃんが本気で来てくれるなら、私も本気でぶつかるまで。


「この楽しい時間を、もっと楽しむわよ」


 サーブの準備に入り笛を待つ。

 審判の合図とともにサーブを開始。


「はっ!」

「よっ!」


 私のサーブも亜美ちゃんには通用しない。 何か新しいことをやらないと、あの子には勝てそうにない。 かといって、今から何か新しいことを試すのも難しい。 ここは紗希にも頑張ってもらうとしましょう。


「亜美!」

「お任せだよ!」

「紗希!」

「あいよぉ!」


 今日何度目かの亜美ちゃんと紗希のマッチアップ。 結果はここのとこ全部亜美ちゃんの得点となっているあたり、さすがと言わざるを得ない。


「てりゃ!」


 パァン!


 亜美ちゃんは今回もブロックアウト狙いのスパイクを打ってきた。 そこをすかさずフォローに入る。

 紗希の手に当たって軌道の変わったボールに、即座に反応して飛び込む。


「ナイスフォロー!」


 出来るだけ高く上がるように打ち上げたので、紗希ならこれをチャンスボールにしてくれるはず。


「良いボールじゃん。 任せなー!」


 紗希は2歩後ろに下がってから助走を開始。 そして、砂をしっかりと足で掴んで地面を思いっ切り蹴る。 ジャンプの特訓を誰よりもしてきた紗希は、砂の上でも床と変わらない感覚で跳べるようだ。

 高いジャンプから繰り出される急角度の打ち下ろしサーブが最大の武器。


「メテオストラーイク!」


 技名らしい言葉を叫びながら放たれたスパイクは、相手コートの誰もいないスペースに突き刺さり、砂にめり込んだ。


「よーっし」

「あれ拾ってくるんだぁ……やるねぇ奈央ちゃん」

「亜美ちゃんの事は誰よりも観察してるから、動きを読んだだけよ」

「あはは、さすが私のライバル。 私も負けてられないね」


 にこにことしながらそう言う亜美ちゃん。 表情こそ笑顔だけど、本気でやっているのはわかる。

 今まではあまり本気を見せることはなかったけど、去年の体育祭以来常に本気の勝負をしてくれるようになったからである。

 ここに来て亜美ちゃんのジャンプも体育館の床でのジャンプと遜色無い高さを出してくるようになったし、ここからが本番になりそうね。

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