第382話 全中覇者

 ☆亜美視点☆


 私達の練習試合自体は終わったけど、都姫女子のコーチの提案で、1年生選抜メンバーで試合をしてもらう事になった。


「という事で、今名前を呼んだ6人がスタメンだよ。 控えは決めてないから、交替する時にまた呼びます」

「はい!」


 次に私は、マリアちゃんに声をかける。


「マリアちゃん」

「はい、なんでしょうか?」


 よ、よそよそしいなぁ。


「冷静にね」

「……わかってますよ」


 彼女は少し頭に血が上りやすい性格のようだ。

 冷静にプレーすれば、簡単には止められないはずだけど、一旦熱くなるとプレーが雑になる傾向がある。

 これはマリアちゃんの課題だ。 それだけ伝えてアップに戻らせる。

 他の子達も、それぞれアップを始めているみたいだ。


「さて、どうなるかしらね」


 隣にやってきた奈々ちゃんが、壁にもたれ掛かりながら話しかけてきた。


「さぁねぇ……」

「冷静にプレーすれば、同世代に敵は居ないと思いますわ」

「その冷静にってのが難しいのよねー、あの子」

「さっきの試合も途中でヒートアップしてたらしいからなー」


 奈央ちゃん、紗希ちゃん、遥ちゃんも続々とやって来た。


「心配だよぅ」

「そだね」


 とはいえ、早くメンタル面の弱点を克服してもらいたい。

 この試合は絶好のチャンスだ。


「じゃあ、試合開始!」


 都姫女子のコーチさんの合図で試合が始まった。


 都姫サイドのサーブからである。


「今は小さな体育館の練習試合だけど、来年には全国の大舞台で試合してるかもって思うと、なんだかワクワクするわよね」

「奈々ちゃんがまたロマンチックな事言ってるよ」

「……うっさい」


 こつん……


 奈々ちゃんは照れながら私の頭を小突いた。

 恥ずかしいなら言わなきゃいいのにぃ。


 さぁ、試合は始まって、都姫女子のサーブを1年生リベロ冬崎さんが拾う。


「上手い上手い。 さすが希望ちゃんのチョイスだよ」

「センスを感じたんだよね」


 同じポジション同士だからこそわかる何かがあるのだろう。


「廣瀬さんお願い!」


 セッターの冴木さんからマリアちゃんに山なりの高いトスが上がる。

 マリアちゃん、オープンを要求したのか。 自信家なんだねぇ。

 大きく跳び上がってバックスイングを取るマリアちゃん。

 横から見ると綺麗なフォームをしている。 ただ、どこかで見た事のあるフォームだなぁ。


「亜美ね」

「亜美ちゃんだよぅ」

「亜美ちゃんですわねぇ」


 と、3人は同時にそう呟く。

 ん? 私がどうしたっていうんだろうか。


 スパァン!


 マリアちゃんは2枚のブロックを躱しつつ、リベロも躱すコースに打っていく。

 コントロールもあり、中々器用な事をするプレーヤーだ。


「んー、あれ廣瀬さんの悪い癖なんだよねー」

「え、悪い癖?」


 床に座りながら観戦中の麻美ちゃんがそう言った。 悪い癖ってどういう事だろう? 凄く上手いプレーだと思うけど。


「どういう意味よ?」

「廣瀬さん、相手にブロックされたり拾われたりするのを極端に嫌う傾向にあるんだよー。 なるべくリスクを減らすっていう意味ではありなんだけど、見え見えなんだよねー」

「ほう……」


 麻美ちゃんが言うんだからそうなのかもしれない。 狙ってそれが出来る技術があるなら狙うべきだけど、他の選択肢が無いというなら逆に止められやすい。

 うーん。 やはりメンタルとかそういうとこに弱点を抱えてるプレーヤーだねぇ。


「凄いじゃんあの子」

「あ、宮下さん。 向こう行ってなくていいの?」

「コーチが見てるから良いの良いの」


 こっちへやって来た宮下さんは、奈々ちゃんの隣に立ち壁にもたれかかった。

 それにしても、凄い注目度だねぇマリアちゃん。


 試合をしばらく観戦していると、少しずつ1年生のプレーの問題も見えてきた。

 なるほど、たしかにマリアちゃんはブロックやリベロに止められるのを嫌うようだ。 上手いけど、相手にバレたら逆に狙い打ちされる。 麻美ちゃんが紅白戦でやっていたように。

 そして一旦そうやって止められ始めると頭に血が上ってプレーが雑になってくるのだ。

 今のところ止められてはいないけど、このままじゃいずれ通用しなくなる……。

 それでも全中で優勝できたのは、周囲との実力に差があったから。 奈央ちゃんの言う通り、冷静にさえプレーしていれば同世代に敵はいないのだろう。

 だけど、高校ではそれも通用するかどうか……。


「あの子、伸びるよ」


 宮下さんは、そんなマリアちゃんの弱点を見抜きつつも評価しているようだ。 

 宮下さんもマリアちゃんも技術で勝負するタイプだし、シンパシーを感じているのかもしれない。

 試合は最初のテクニカルタイムアウトに入り、選手が私の元に戻ってくる。

 ここまでの流れを見て問題のあるところや、良かったところを伝える。

 そして……。


「マリアちゃん。 止められることを怖がっちゃダメだよ。 絶対に止められないOHアウトサイドヒッターなんていないんだから」

「……ですが、触られなければ止められは……」

「バレたら狙われるだけよマリア。 紅白戦で麻美と希望にやられたでしょ」


 隣から奈々ちゃんも話に入ってきた。 奈々ちゃんのその言葉を聞いて黙り込んでしまうマリアちゃん。 ここで止められても大丈夫だという気持ちを持たないと、これ以上の成長はない。


「止められても誰も文句言わないし、思い切ってブロックに当てたりもしなよ廣瀬さん。 貴女なら、狙ってブロックアウト取ったりできるんじゃない?」


 と、そう言ったのはSの冴木さん。 さすがキャプテン経験者である。


「冴木さん……わかりました」

「前にも言ったけど、マリアには皆が期待してんのよ? 夏以降は渚とのWエースとして頑張ってほしいんだから」


 奈々ちゃんの言う通り、私達3年や2年生だってマリアちゃんには期待しているのだ。


「はい!」


 マリアちゃんの顔つきが少し変わった気がする。 とても頼もしい顔つきである。


「マリアちゃん頑張って」

「はい!」


 話を終えて選手をコートに送り出す。 これでマリアちゃんが変わってくれればいい感じになりそうだ。 他の1年生達も能力は申し分ないし、本当に強い世代になるよ。


「あの子、顔つき変わったねー。 ありゃもう止まらないよ」


 宮下さんもマリアちゃんの変化に気付いたようだ。

 そこからの試合は、マリアちゃんのプレーに躍動感が出てきた。 ブロックを怖がらずに伸び伸びとスパイクを打つ姿はとても頼もしく見える。 ブロックに止められたりする事もあったが、他のプレーヤーがフォローしたりといったチームワークも生まれて良い傾向だ。


「廣瀬さん! 最後お願い!」

「任せて!」


 冴木さんからの最後のトスがマリアちゃんに上がり、マリアちゃんは高く跳び上がる。

 ブロックは3枚。 ここで止めないと試合終了なので、都姫女子の方も必死のブロックだよ。


「さぁ、マリアちゃんどうする?」


 マリアちゃんは大きく腕を振ってスパイクを放つ。 ライン側のブロッカーの右手に当ててブロックアウトを取ることに成功。 これで1年生選抜チームの試合も終了。

 セットカウント2-1で月ノ木1年チームの勝利に終わった。


 

 ◆◇◆◇◆◇



「今日は良い練習試合が出来ました。 ありがとうございました!」

「今度は全国大会で会おうねー」

「うん、必ず!」


 今日の日程を終えた私達は、ホテルへ戻るという都姫女子のメンバー達を見送るために駐車場へ来ている。 何故か宮下さんだけはバスに乗ってないけど、前乗りしてきた彼女の分の部屋は取っていないとの事。 だから今日はまたお泊りらしいし、明日も自費で帰らなきゃいけないらしい。


「あ、あんまりだー」

「自業自得よ美智香ー。 じゃあ、そのバカの事よろしく」

「あ、あはは、お預かりします」


 バスは宮下さんを置いて走り去ってしまった。

 ほ、本当に置いて行くんだ……。


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