第383話 希望とハムちゃん

 ☆希望視点☆


 練習試合の翌日、朝の事。

 今日もお泊まりだった宮下さんと一緒に、今井家で朝食を食べている。


「いやー、悪いね。 2日も世話になっちゃって」

「あはは、賑やかで楽しくて良いよ」


 亜美ちゃんは、にこにこと笑いながら言った。

 賑やかなのは良い事だ。


「んぐ……あ、餌の時間だ」


 私はスマホで時間を見て、バニラとパフェの餌の時間だと気付く。


「餌?」

「希望ちゃんは、ハムスターを飼ってるんだよ」

「へー。 後で見に行っても?」

「うん。 だけど、メスが妊娠してるから静かに遠くからだよぅ」

「ほぅ! 了解!」


 だ、大丈夫かなぁ……。

 と、少し心配しながら、一旦失礼して自分の部屋へ向かう事にした。


 部屋に入って、まずはバニラのケージに餌を入れてあげる。


「ゆっくり食べるんだよぅ」


 見ていると癒されるよ。 ハムスターの一生は長くは無いから、いつかは居なくなってしまうとわかっている。 きっとその時は悲しくて泣いちゃうかもしれない。


「でも大丈夫だよぅ。 パフェのお腹には、バニラとパフェの赤ちゃんがいるんだもんね」


 私は2匹の血を繋げていきたいと思っている。 産まれた子供を色んなハムちゃんとお見合いさせて。


「パフェ……ご飯入れておくね……」


 ゆっくり静かに餌を入れて上げる……。


「キュイキュイ」

「……あ」


 その時に初めて気付いた。 パフェの巣箱の中に小さく動く物影がいくつかある事に。



 ◆◇◆◇◆◇



 朝食そっちのけで宏太くんに電話をして、パフェが子供を産んだ事を報告。

 わざわさ家に来てくれた宏太くんに、これからどうすれば良いかアドバイスをもらう。


「どうしてタオル掛けちゃうの? 赤ちゃん見えないじゃーん」


 と、宮下さんはご立腹。

 宏太くんはまず最初に、ケージにタオルを掛けて中を見れないようにしてしまった。

 でも、宏太くんがする事だから意味があるんだろう。


「出産後ってのは、妊娠中よりも神経質でストレスが溜まりやすくなるもんなんだよ。 子育てに集中出来る環境を作ってやるのが大事だぜ」

「メモメモ」


 宏太くんのアドバイスをメモしていく。

 頼りになるなぁ。


「子供に人の匂いがつくのを嫌ったりする。 そうなると子育てを放棄しちまうらしいから、何があっても子供には触るな? 大体2週間は我慢してくれ」

「そ、そんなに……」

「まあ、餌をやる時にチラッと見るぐらいは多分大丈夫だと思う……」

「やった!」


 その他の注意事項なんかもしっかりとメモして、パフェの育児サポート体制を整える。

 といっても、見守るだけらしい。


「頑張るんだよぅパフェ」



 ◆◇◆◇◆◇



 宏太くんは、アドバイスだけして家に戻っていった。

 今回の件では本当に助かったよ。


「んで、ハムちゃんが6匹増えたわけだけど……」

「うん」


 朝食を終えてリビングで一休憩中。

 宮下さんはバニラのケージを眺めてほんわかしている。

 帰り支度とかしなくて良いのかな?


「いきなり増えたな……どうすんだ?」


 夕也くんがそう訊いてきた。

 さすがに8匹の世話は大変過ぎて、ちょっと無理かもしれない。

 オスとメスを1匹ずつ残して、あとの子は誰か欲しがる人に上げようと思っている。

 特に紗希ちゃんと奈々美ちゃんは、よく見に来ていたりするし、貰ってくれるかもしれない。


「希望ちゃんが幸せそうで、私は嬉しいよ……ぐすっ」

「あ、亜美ちゃんってば……」


 たしかに、今はとても幸せな気分である。

 夕也くんにねだって買ってもらった子達を、大切に育てて子供まで産んで。

 まだ育児が上手くいくかはわからないから、油断は出来ないけど……。


「宮下さんって何かペット飼ってるの?」

「あ、気になるよぅ」


 亜美ちゃんの質問に便乗していく。

 宮下さんは、頷き……。


「うちは犬と猫がいるよ」

「おー。 ケンカとかしない?」

「仲良しよー」


 バニラで遊びながら、そう答える宮下さん。

 ケンカとかしないんだ。

 犬とか猫も飼ってみたいけど、中々難しい話だよ。

 宮下さんにスマホの写真を見せてもらい、その愛くるしい姿に癒されるのであった。

 


 ◆◇◆◇◆◇



 お昼を食べた後で、宮下さんがそろそろ東京へ戻るという事で駅まで見送ったあと、亜美ちゃんと2人で喫茶店に入ることにした。

 亜美ちゃんはジュースを頼み、私はコーヒーを飲む。


「夕ちゃんもだけど、よくそんな苦いだけの飲み物飲めるよね?」

「苦いだけって……美味しいよぅ?」


 亜美ちゃんはコーヒーは飲まない。

 飲めないのかな?


「ねぇ、ハムちゃんの子を飼うなら、名前決めなきゃねぇ」

「あ、うん。 オスメス1匹ずつだね」

「チョコクッキー」


 また亜美ちゃんはそんな名前を提案する……。

 お菓子やスイーツから離れられないらしい。

 でも……。


「採用!」

「え、即採用?!」


 意外そうに驚く亜美ちゃんだけど、親の名前がバニラとパフェだし、子供もそういう感じの方が自然な感じがする。


「チョコとクッキーで決まりだよ」

「うん。 名前なら私に任せてね!」


 レパートリーに若干の不安を感じるものの、胸を張って偉そうに言われては、仕方なく頷くしか無いのであった。


 なお、チョコとクッキーがどの子になって、どの子達が誰に貰われていくのか……それはまた1ヶ月後のお話である。



 ◆◇◆◇◆◇


 

 亜美ちゃんと一緒に家に戻ってくると、夕也くんがリビングで寛いでいた。

 今日はだらけてるね。


「おかえり。 元気な子だよな宮下さん」

「そうだねぇ。 麻美ちゃんと一緒だと凄かったねぇ」


 あの元気な2人が揃うと、どんな暗い雰囲気になっても騒がしそうだ。

 亜美ちゃんも「2人であれだけ盛り上がれるって凄いよ」と、感心していた。

 2人はメアドも交換してたし、仲良くなりそうだ。


 ピロピロー……


 不意に誰かのスマホから音が流れる。


「……俺のだな。 誰から……だ……」


 と、スマホの画面を確認して動きが止まる。 一体誰からの着信なんだろう?

 私と亜美ちゃんの顔色を窺うような仕草を見せた後で、スマホの通話をタップしたようだ。


「もしもし……あー、いや、いいんだけど。 早速かけてくるとは思わなくて」


 私は亜美ちゃんと顔を見合わせる。 私気になります。

 私と亜美ちゃんは、さささっと夕也くんの隣へ移動して耳を傾ける。


「いやー楽しい2日間だったよ。 清水さんと雪村さんにもお礼言っておいてくだされ」


 この声、宮下さんだよぅ! 知らない間に、ちゃっかり夕也くんの電話番号を聞き出したようだ。

 抜け目がないというかなんというか……。

 亜美ちゃんもやれやれと言った感じで溜息をついている。 

 本当に自由奔放な人なんだね……。


 少しの間宮下さんと通話をしていた夕也くん。 5分ほどで通話を終えてスマホをテーブルに置いた。

 少しお疲れの様子である。


「あはは……夕ちゃん、大変だねぇ」

「まぁ、そんな頻繁にはかかってこねぇだろ……」

「そ、そうだよね」


 数回会った程度の仲だし、そんなに頻繁に電話するような仲じゃないよね。

 と思いつつも、少々心配になる私と亜美ちゃんなのでした。

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