第332話 家族旅行

 ☆亜美視点☆


 時は少し遡り、亜美と希望が家族水入らずで旅行へと向かう前日の夜。


「おう。 ああ明日の7時に駅前だな? わかった」


 夕ちゃんは麻美ちゃんと電話している。 どうやら以前言っていたデートを、私がいない間にしてしまおうという事なんだろう。

 私もデート許可を出しちゃってることだし、特に何か言う事もない。


「明日は楽しんできてね」

「そりゃこっちのセリフだ」

「あはは。 麻美ちゃんが可愛いからって、手を出しちゃだめだよ?」

「妹分みたいな子だぞ? 出さないって」


 うわわ……夕ちゃんはまだ麻美ちゃんの事を妹扱いしてるんだ……。

 たしか、告白もされたんだよねぇ? 麻美ちゃん怒るぞーこれは。


「お前たちはどこまで旅行行くんだよ?」

「草津だよぅ。 草津温泉」

「そうかそうか。 結構遠いな」

「そだね。 まあ、大会の疲れをゆっくり癒してくるよ」

「あぁ。 俺の事は気にせずにゆっくりしてこい」

「はーい」


 

 ◆◇◆◇◆◇



 ということで翌朝。

 私達は清水家4人で家族旅行へと出発。

 新幹線で行くので、まずは東京に出る必要がある。 いつもの駅を利用して、東京へ向かう。


「しかし、本当にお父さんとお母さんで良かったのか、希望?」

「今更だよぅ。 それに4人分だから、夕也君誘っても後1人分余っちゃうし」

「それが本音かしら?」

「違うよぅ。 お父さんとお母さんにはいろいろと感謝してるから恩返しにって思って」


 希望ちゃんはそうやって、お父さんとお母さんに話を始めた。


「あの時、私を養子にする事を受け入れてくれて、今日まで何不自由なく、本当の娘みたいに育ててくれて、本当に感謝してるんだよ。 だから、これでもまだまだ返し足りないくらいの恩が……」

「バカねぇ、希望は」

「バ……バカって……」

「そんなこと、子供が気にしなくていいんだぞ希望。 私達は希望を、本当の娘だと思ってるんだ。 娘を幸せになれるように育てるのは親として当たり前じゃないか」

「はぅ……」


 希望ちゃんってば、もう自分は立派な清水家の人間だってことに、まだ気付いてなかったのね。


「亜美も希望も、幸せになってくれることが最大の親孝行なのよ」


 お父さんとお母さんは、にっこりと笑いそう言った。 本当なら、4月には両親と一緒に東京へ行くべきなのに……。

 ごめんなさい、お父さんお母さん。

 そうやって心の中で謝っていると、お母さんがにこやかな表情のまま……。


「と-こーろ-でー?」

「?」

「亜美と希望。 どっちが夕也君に貰われるのかしらねー?」


 お母さんは大体いつもこうである。 私達のどっちかが夕ちゃんと結婚するのは既定路線だと思ってるみたいだ。


「まだ何とも言えないけどね」

「あら、そうなの? でも今は亜美と夕也君が付き合ってるんでしょう?」

「そうだけど、どうなるかなんてまだわからないよ」


 自信が無いわけではないのだけど、先の事は何もわからない。 また希望ちゃんと縒りが戻ったりするかもしれないし、夕ちゃんが別の誰かを好きになったりするかもしれない。


「でも、亜美ちゃんが一番可能性が高いのも事実だよぅ」

「そ、そうかな?」

「うんうん」

「まあ、うちは夕也君になら両方任せても大丈夫だがな」


 お父さんは夕ちゃんを信頼しきっているらしい……。 両方かぁ。 今まさにそんな状態で同居してるんだよね。


「あ、でも今日は夕ちゃん、麻美ちゃんとデートだよ」

「麻美ちゃんって、藍沢さんのとこの?」

「そそ」

「プレイボーイだなー、夕也君は」


 本当にモテて困っちゃうよ。 彼女として心配で心配で……。 一応信じてるから送り出しはしたけれど……あと、麻美ちゃんへの罪悪感もあってね。


「亜美って結構温いのねー」

「ぬ、温い?」

「彼氏が他の女の子とデートするのをOKするなんて温い!」


 お母さんがビシッと指を差してそう言った。

 やっぱりそうなんだろうか? 好きならガッチリと掴んで離さないぐらいでないといけないのかな?


「まあ、それは亜美の自由だと思うけどね」

「う、うん」

「お母さーん、そんなこと言ったら私が付け入れなくなるよぅ」

「えぇっ?! 希望ちゃん諦めたんじゃなかったの?!」

「常にチャンスは窺がってるよぅ!」


 これはこれは……。 てっきり一緒にいるだけで良いんだと思ってたら、まだ恋人枠を諦めてなかったのね……。 気を引き締めていこう。



 ◆◇◆◇◆◇



 そうして家族での会話を楽しみながら、私たち一家は草津温泉街へとやってきた。

 んー、温泉街の匂い。


「えーっと……奈央ちゃんの家のグループがやってる旅館はと……」


 希望ちゃんが無料宿泊招待券を見ながら、キョロキョロと周りを見回す。

 私も一緒になって探してみる。


「あったよ」

「おお」


 少し歩いた先に看板が見える、菫荘すみれそうという旅館。 そこが今回泊まる場所である。

 木造の立派な佇まいをした、温泉旅館だ。 玄関扉を開けて入ると、清潔感のあふれる内装となっている。 女将さんらしき人を筆頭に仲居さんやスタッフさんが頭を下げて出迎えてくれる。

 広々としたロビーはお客さんで賑わっており、家族間交流なんかも行われているようだ。


「清水様ですね。 西條のお嬢様から伺っております。 お部屋まで荷物をお持ちしますので、どうぞこちらへ」


 荷物を一旦預けて、案内されるがままに後をついていく。 じきに私達が泊まる部屋に到着すると、部屋の鍵を開けて中へと案内してくれた。


「うわわー、これまた立派な部屋だねぇ」


 どうやら希望ちゃんが引き当てた券は、この旅館でも1、2を争う部屋の宿泊券だったようである。

 さすが奈央ちゃんの家のビンゴの景品である。 ただの無料宿泊券ではなかった。


「では、夕食は18時頃に……温泉の方はご自由に入浴してくださって結構ですので、ごゆっくり堪能ください」

「はい」


 荷物を部屋の中に置き、少し部屋内で休憩する。


「良い宿ね」

「そうだなー。 希望の強運に感謝」

「お、お父さん……もぅ」

「あはは」


 希望ちゃんがビンゴで当てなきゃ、家族旅行なんてしなかっただろうし本当に感謝だ。


「窓の外見ると、雪の帽子をかぶった山が見えるよ。 綺麗ー」

「どれどれー。 うわわ、本当だ。 一枚撮っておこう」


 スマホで撮影してSNSに上げておく。 よーし。


「ほーら、バニラー、パフェー良い景色だよ」


 希望ちゃんは飼育ケースを専用バッグから取り出し、ハムちゃんに景色を見せてあげている。 ちなみに専用バッグは希望ちゃんお手製で、ケースがぴったり入るサイズ。 両サイドにはマジックテープで開閉出来る窓が付いており、中を確認できるようにもなっている。 

 このデザインは紗希ちゃんの手による物。 さすがはデザイナー志望。


「希望ちゃん。 私はちょっとその辺散歩行くけどどうするー?」

「あ、ついていくよ」


 一休憩も終えて、私は旅館の外に出て辺りを散歩することにした。 少し冷えるけど、あとで温泉に浸かれば温まるし問題無し。 両親はお部屋でゆっくりするとの事なので、希望ちゃんと2人でお出かけだ。

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