第329話 大好きだから

 ☆夕也視点☆


 現在我が家のダイニングには、麻美ちゃん作の肉じゃがと野菜サラダが並んでいる。

 なるほど、去年の春に比べればかなり腕を上げた事が窺える。

 あの時は亜美の助言や手助けもあっての物だったが、今回は完全に麻美ちゃん1人の手による物である。

 亜美が見たらきっと泣いて喜ぶに違いない。


「ささー、どうぞ召し上がれ!」


 麻美ちゃんは期待に満ちた目でこっちを見ながら、俺が食べるのを待っている。


「じゃあ、いただきます」


 俺は手を合わせてから箸を手にし、早速肉じゃがをいただくことに。

 じゃがいもに箸を入れると、抵抗もなく軽く半分に切れる。 良く煮えていて柔らかくなっているようだ。


「はむ……んむんむ」

「……ど、どーかな?」


 じゃがいもにはダシがしっかりしみ込んでおり、柔らかくなったじゃがいもは口に入れた瞬間に溶けるように消えてなくなる。 それにこの味は……。


「美味いな! これ、藍沢のおばさんの味付けにそっくりだな?」

「おー! わかるー? 藍沢家の味をマスターしたんだー! 良かったー、美味しくできてて」


 麻美ちゃんは安心して笑顔になり、パクパクと肉じゃがを食べ始めた。


「おいしぃー」

「ははは。 これを亜美に見せたら卒業認めてくれるぞ」

「そーかなー? 今度亜美姉にも作ってあげよーっと」

「そうしてやってくれ」


 麻美ちゃんは「おー!」と元気にそう言うと、肉じゃがを食べる手を止めて話を変えてきた。


「そだー! 夕也兄ぃも私と亜美姉が一緒にやってるゲームやらない?」

「んー?」


 ゲームの話か。 うーむ……今日、ゲームを始めてみるって約束しちまったしなー。

 亜美もやってるみたいだし……。


「わかった。 ちょっとやってみる」

「やったー! じゃあ後で色々と準備してあげるねー!」

「あー、頼む」


 よくわからないから、プレイできるところまでは麻美ちゃんにやってもらうことにした。 あの亜美が楽しいと言って続けていることには、正直驚いている。 どんなもんなのか気にはなるな。


「亜美姉もずいぶん強くなったよー。 今度2人で夕也兄ぃのレベリング手伝うねー」

「レ、レベリング? 何かわからんが頼む」


 んー、ようわからん。


「今度、希望姉も誘ってみよーっと」


 麻美ちゃんは、幼馴染ゲーマー化計画でも企んでいるんだろうか。

 夕食を食べた俺と麻美ちゃんは、ささーっと洗い物を済ませてリビングへやって来る。 普段ゲームやったり遊んだりしてる割に、家事の手際はかなり良い方のようだ。 成績も良いみたいだし、既にプロの小説家としても活動しているらしい。 凄い子だ。


「麻美ちゃんはいいお嫁さんになるぞー」

「ふぇっ?! お嫁さんっ?! 妄想が現実に!」


 な、何? 妄想?


「ダメだよー夕也兄ぃー。 亜美姉がいるでしょー」


 なんか変なテンションになった麻美ちゃんだが、一体どうしたというのだろうか?

 まあ、その内収まるだろう……。



 ◆◇◆◇◆◇



 何か変なテンションで舞い上がっていた麻美ちゃんが冷静に戻ったのはあれから5分後。

 何か俺との子供が産まれるところぐらいまで話が飛躍していた。

 面白い子である。


「んじゃー、夕也兄ぃの部屋にお邪魔しまーす」

「おう、入ってくれ」


 ゲームをプレイする準備をしてもらう為に部屋に入ってもらう。 麻美ちゃんはパソコンを立ち上げると、手際よく操作していく。


「クライアントをDLして……」

「……」


 意味わからん。


「うんとうんと。 夕也兄ぃ、メンバー登録するんだけど、IDとパスワード自分で決めてー?」

「ん。 おう」


 適当でいいか。 俺は思いついた言葉をローマ字にして入力していく。


「今のIDとパスワードはメモ帳ファイルにでも控えておいてね。 大事だからー」

「お、おう」


 メモ帳ファイルを出して、先程入力した文字列を入力して保存しておく。


「よしー。 次はこれをダブルクリックしてねー。 ゲームが起動するから」


 カチカチッ


「お、何か出たぞ」

「うんうん。 そこにさっきのIDとパスワードを入れるとゲームにログインできるんだよー」

「ふむふむ」


 カタカタカタカタ……

 ログインしましたという画面が出て、キャラクター選択画面らしきものが出てくるが……。


「キャラおらんがな」

「今から夕也兄ぃが作るんだよー!」

「なんと」


 画面の左下を見ると、キャラ作成と書かれたボタンがある。 そこをクリックすると、名前や性別を入力する欄が現れる。 なるほど……。


「こういうのは本名でやるのはどうなんだ?」

「別にいなくはないよー? 私も亜美姉も本名じゃないけど」

「ふむ……じゃあ俺も微妙に変えようか」


 適当に名前を文字ってキャラ名を作る。 性別は男……クラス?


「クラスってなんだ?」

「職業だよー。 戦士とか僧侶みたいな」

「戦士一択だな!」

「ははは、わかりやすーい。 私はシーフで亜美姉はメイジなんだよー」

「なんとなくイメージ通りだな」


 四苦八苦しながらもキャラクターを作成し、チュートリアルで簡単な操作やゲームのシステムを学ぶ。

 チュートリアルを終えて、今日の所はゲームを終える。


「亜美の奴、こんなのやってんのか」

「うんうんー。 凄く上手くなってるよー」

「あいつ、本当に何でも出来んなー……」


 恐れ入る。 まあ、俺も始めるといった以上は2人の邪魔にならない程度にはプレイできるようにならんとな。


「っと、もうこんな時間じゃないか。 家まで送るから帰る準備を……」

「帰らないよー?」


 麻美ちゃんは首を傾げて笑顔でそう言った。


「……は?」

「お母さんに、友達の家に泊まるって言っちゃったー。 てへぺろー」

「ぬぁにぃー!」


 こ、この子は何を言ってるんだ? まさか、俺の家に泊まる気なのか? 俺と2人だぞ?


「ちょっと何言ってるんだ麻美ちゃん?」

「何って、夕也兄ぃの家に泊まるんだよ?」

「ダメです!」


 即答すると麻美ちゃんは「えぇ……」と、悲しそうな表情で俺を見つめる。 ぐぬ……俺が女の子の涙に弱いのを知ってるからこその表情。 策士め。


「最初からそのつもりだったのか?」

「うーん……今朝思いついたー」

「はぁ……わかった。 ただし、寝るのは別の部屋だぞ」

「えぇ……それじゃあ泊まる意味ないよー」

「あのなー……」


 しかし、ここは退けないな。


「それを承諾できないなら、泊められないな」

「……っ」


 麻美ちゃんは下を向いてしまった。 表情は見えないが、もしかしたら泣いているのかもしれない。


「きっと最初で最後だから……」

「ん?」


 麻美ちゃんは小さな声でそう言った。 最初で最後?


「……今日のデートはねー、夕也兄ぃのことをこのまま諦めたら後悔すると思ったから無理言ってしてもらったの……でもまだ足りなくて……」


 元気が取り柄の麻美ちゃんが、小さな声でそう言った。

 この流れ……俺には覚えがある。 2年前の6月、亜美と東京デートに行ったあの夜だ。

 亜美は最後のデートだから、後悔したくない。 幸せな思い出が欲しいと言って俺を求めてきた。

 似ている、あの日と。


「私は夕也兄ぃが大好きだから……ずっとずっとこれからも……でも、その気持ちが届かないならせめて……思い出だけでもくださいっ!」


 麻美ちゃんは涙を流しながら顔を上げ、はっきりとした声でそう言った。





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