第330話 夜這い

 ☆麻美視点☆


 夕也兄ぃの家に泊まりたいという事を夕也兄ぃに告げると、さすがに反対されてしまったが、何とか食らい付いて別部屋に寝るならOKというところまで持ち込めた。

 しかししかし、私はそれでもまだ満足では無い。

 目標はあくまでも、夕也兄ぃとの添い寝である。

 なのでもう一押し必要。

 私は涙ながらに訴えた。


「私は夕也兄ぃが大好きだから……ずっとずっとこれからも……でも、その気持ちが届かないならせめて……思い出だけでもくださいっ!」


 夕也兄ぃは少し黙り込んで考え始めた。

 私は、夕也兄ぃが結論を出すのをじっと待つ。

 やがて夕也兄ぃは観念したのか、小さく溜息をついて言った。


「わかった……ただし、麻美ちゃんはベッドで、俺は床に布団を敷いて寝る。 間違っても同じ布団には寝ないからな? これが最大の妥協点だ。 これ以上の我儘を言うようなら、帰らせるぞ?」

「い、言わない! それで良いよー!」


 最終関門も突破したー。 これで夕也兄ぃの近くで寝られるんだ。

 満足だよー。


「やった! やった!」

「……全く、そんな嬉しいか?」

「うむっ! 嬉しいよー! よーし、そうと決まったらお風呂入ろーっと。 あ、でも先に夕也兄ぃか」

「良いよ、お先にどうぞ」


 夕也兄ぃは苦笑いを浮かべてそう言うのだった。



 ◆◇◆◇◆◇



 チャポーン……


 お言葉に甘えて、夕也兄ぃの家のお風呂に先に入らせてもらっている。


「ゆ、夢じゃないよねー?」


 頬をつねってみても、目をくわっと見開いても何も変化は起きない。 これは現実だという事だ。


「夕也兄ぃと、同じ部屋で……」


 こ、ここまで来たら後はもう夜這いをかけてミッション完遂を目指すのみ。

 夕也兄ぃには一緒の布団では寝ないと釘を刺されたけど、夜中になってしまえばこちらのものだ。

 夕也兄ぃは怒るかもしれないけど、私にだって譲れない想いがある。


「たとえ届かなくても、私は夕也兄ぃが好きだから!」


 

 ◆◇◆◇◆◇



 お風呂から上がると、夕也兄ぃはリビングに降りてきて電話をかけていた。

 十中八九亜美姉と希望姉だろう。

 私は静かに夕也兄ぃの後ろを通り抜けて、ソファーに座る。

 亜美姉に余計な心配は掛けられないので、私が夕也兄ぃの傍にいる事はバレないようにしたい。


「あー、大丈夫だって。 ん? あぁ、麻美ちゃんも楽しんでたし、問題ねーよ」


 どうやら、私とのデートの話になっているようだ。

 亜美姉も気にしているのかなー? 何だかこの後にする事を考えると、凄い罪悪感を感じるよー。


「おう、じゃあおやすみ」


 通話は終わったらしい。 スマホをテーブルに置いて、チラッと私を見る。


「良く静かにしてたな」

「私だって空気ぐらい読めるよー!」

「ははは、そうかそうか。 じゃあ、俺も風呂入って来るから、テレビ見るなり寝るなり自由にしてて良いぞ」

「はーい」


 夕也兄ぃはそれだけ言い残して、お風呂場の方へと向かった。


「……さて、私はちょっとお仕事でもしようかなー」


 スマホを取り出して、メールを起動する。

 下書き中のメールには、現在執筆中の新作の文章がズラズラと書いてある。

 外出先や閃きがあった時になんかは、こうやってスマホで書いて、自室のパソコンに送信するのだ。


「……」


 黙々と文字を入力していると、かなり集中してしまっていたらしく、スマホの時間をチラッと見るともう40分経過していた。

 そこで、疲れた目をスマホから外して前を見ると。


「やっと気付いたか。 真剣な顔して何してたんだ? ゲームか?」


 夕也兄ぃがじっと見ていた事にも気付かなかったらしい。

 私は首を振る。


「ううん、お仕事ー」

「仕事? あぁ、昼に言ってた小説か?」

「そーそー。 新作ー」

「ほー、見せてくれー」

「ダーメー! 完成したら本屋で買ってくださーい」

「ケチだなー。 まあ、良いよ。 出たら教えてくれな」

「うんー! っと、そろそろ寝よーかなー」


 時間はもうすぐ日が変わる時間だ。 ついに最終ミッション、夜這いを仕掛ける時が近付いてきた。


「そうだな。 じゃあ寝るか」


 私が立ち上がると夕也兄ぃも立ち上がり、2人で夕也兄ぃの部屋に向かう。

 緊張してきたー。 夕也兄ぃは大人しく襲われてくれるかなー?

 部屋に入って一応確認だけ。


「本当に私ベッドで良いのー?」

「女の子を床に寝かせるような真似できるかよ」

「紳士だねー! では遠慮なくー」


 夕也兄ぃのベッドにダイブして仰向けになる。

 んー、最高。


「電気消すぞー」

「はーい」


 返事をすると、すぐに部屋の電気が消されて辺りが真っ暗闇に包まれる。

 私はもそもそと布団へ入り、夕也兄ぃがいるであろう方向に顔を向ける。

 やがて暗闇にも目が慣れてきて、うっすらと部屋内の物の輪郭が浮かび上がる。

 おー、夕也兄ぃも布団に入って寝てるー。

 そりゃそーかー。

 

「……」


 さて、夜這いを仕掛けるのに大事な事。 それは、相手より先に眠りに落ちない事である。

 私は、寝落ちしないように注意しつつ、夕也兄ぃが寝静まるのを待たねばならない。

 

 ……。


 どれぐらい経っただろうか? 夕也兄ぃは眠ったかな?

 少し確認してみよー。


「夕也兄ぃ、もう寝たー?」


 試しに声を掛けてみるも、全く応答無し。 念の為にもう一度呼びかけるも、やはり応答無し。


「寝たねー? 寝ちゃいましたねー?」


 ゆっくりと起き上がり、じーっと夕也兄ぃの方を見てみる。

 夕也兄ぃは、仰向けになり、静かに寝息を立てているようである。

 という事で、最終ミッション。

 夕也兄ぃを襲えを開始する!


 そろりと布団から抜けだし、静かにベッドから降りて、ゆっくりと夕也兄ぃへと近付く。

 物音を立てないように、細心の注意を払う。


「よし……」


 ここからだ……ここからは時間勝負。

 気付いて起きる前に、夕也兄ぃの布団に忍び込みマウントポジションを取る。


「……」


 大胆かつ慎重に夕也兄ぃの掛け布団をめくり、ゆっくりと足から入っていく。



「いい感じ……」

「……」


 時間を掛けると目を覚ましかねないので、速やかに布団に入り込み、布団の中で自分の服のボタンを外す。

 な、なんて変態チックなんだろー。

 前をはだけて、いざ!


「何してんだ……」

「ひぇっ?!」


 バ、バレたー! 後もうちょっとというとこで、夕也兄ぃバレてしまったー!

 夕也兄ぃは、少し怒った様な表情を見せる。


「か、かくなる上は!」


 ここまで来て後に退けるかという事で、当初の予定通りにマウントポジションを取る。


「ぐおっ?!」


 夕也兄ぃは変な声を出した。 わ、私ってばそんなに重たいのかなー? ちょっとショック。


「何を……」

「ごめんなさい夕也兄ぃ! 今から夕也兄ぃを襲うよ!」

「既に襲われてるが……てか、上着のボタンちゃんとしろ。 はだけてるぞ」

「はだけさせてるのー!」

「……いやいや、一旦落ち着け。 な?」


 夕也兄ぃは、私にマウントを取られながらもあっさりと上体を起こして座った。

 あ、私そんな重くないんだ。 良かったー。

 じゃなくて……。


「夕也兄ぃ大人しくしててー!」

「そりゃこっちのセリフだって……一体どういうつもりか説明してくれ」

「夕也兄ぃに抱かれたい!」

「……」

「……?」

「はぁ……あのなー麻美ちゃん。 そういうのはいつか出来る大事な人とだな」

「いない!」


 私のその言葉を聞いて、夕也兄ぃは黙ってしまった。


「いつか出来る大事な人なんていないよー。 私は誰よりも夕也兄ぃが大事だもん。 夕也兄ぃだけ」

「……し、しかしだな」

「お願い! 一晩だけ!」


 私は懇願した。 夕也兄ぃは困ったように頭を掻いた。


「俺には亜美がいるから……」

「それはわかってるよー! 承知の上で、それでも一晩だけお願いしてるのー!」

「承知の上でって……」

「どんなに好きでも、私の気持ちは届かない、私の想いは成就しない……そんなことは、わかってる。 でも、それでも……忘れたくない、忘れられない思い出が欲しい」


 私は真剣だ。 おふざけでこんな事をしたりしない。 それをわかって欲しい。


「……お願い夕也兄ぃ! 一晩だけ、夕也兄ぃの彼女にして!」


 夕也兄ぃの胸に顔を埋めて、そのまま夕也兄ぃを押し倒す。


「お願い」

「……」


 夕也兄ぃは何も言ってくれない。

 ダメ……かな?


「夕也兄ぃ……」

「麻美ちゃんの気持ちは嬉しいけどな……やっぱり何つーか、そんな一時の感情に任せて捨てて良いものじゃないよ」

「一時の……感情?」


 違う……違う……。


「違うよー!」


 私は夕也兄ぃの胸から顔を離して、強引に唇を奪った。


「一時の感情なんかじゃないもん。 ずっとずっと……小さな頃からずっと大事に育ててきた感情だよ?」

「麻美ちゃん……んっ?!」


 もう一度、今度は深くキスする。

 夕也兄ぃがその気にならないなら、私が好きにさせてもらう。

 と、思った矢先。 夕也兄ぃが体を回転させて、上下逆転させられる。


「あまりされると、理性が言う事聞かなくなる……」


 夕也兄ぃは、私にマウントを取りながらそう言った。


「良いじゃん……手放しちゃいなよー、理性」


 三度、夕也兄ぃの唇を奪ってやった。

 

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