第177話 何を迷ってる?

 ☆夕也視点☆


 ゴールデンウイークに入った5月の頭。

 奈央ちゃんは早速アメリカへ発っていった。

 アメリカから戻ってきたら、今年は海へ旅行に行き潮干狩りをさせてくれるそうだ。

 皆での旅行を、亜美はとても楽しみにしている。

 今年は、麻美ちゃんと渚ちゃん、柏原君も一緒についてくる。

 いつも以上に賑やかになりそうだ。

 ちょっとした団体ツアーだな。


 今日は、朝練の為学校へ来ている。

 今日はバレー部もいないので、コート両面が使える。


「夕也、キレキレだなー」

「そうか?」

「おう」


 自分ではわからないが、キレキレらしい。

 バスケ部にも1年生が入って来て、中にはかなり有望な奴もいる。

 春人の代わりにはなれないだろうが、十分戦力になれるだろう。

 やはり、全国で活躍したというのが大きいのか、興味を持った奴が他県からも来ている。


「宏太、今からランニング行くけど付き合うか?」

「おう、いいぞ」


 宏太と体育館を出て、学校の周りを軽く走ることにした。


「しかし、アメリカか。 西條もすげぇよな」

「あの子は俺らの常識が通用しないからな」

「だよな。 春人も大変だろう」

「あいつはあいつで、割と常識通用しないとこあるから、上手くやってくだろ」

「かもな」


 2月末から奈央ちゃんと春人が付き合い始めたらしいのだが、すぐにアメリカへ戻ってしまった為、2人は恋人になってからは一度もデートさえしていない。

 きっと、今回は楽しんでくることだろう。


「宏太は奈々美とどうなんだ?」

「ふーむ。 まあ普通だぞ。 最初の頃はしょっちゅうデートに誘われたもんだけど、最近はまぁ、常識的な範囲だしよ」

「そうか。 亜美の事はもう完全に?」

「まぁ、未練とかそういうのはねぇよ。 ハナっからお前に勝てる見込みなんて薄かったからな」

「そうでもないだろ」


 去年の夏休み旅行中、傷心状態だったとはいえ、亜美は宏太に頼ろうとした。

 亜美の心境としては多分、誰かに支えてほしかったのだろうが。

 結局それは宏太が亜美を拒否する形で終わってしまったが、もしかしたらその時宏太が受け入れていれば今頃は──。

 んー、それを考えるともやもやするな。


「そういうお前はどうなんだよ? 何か2人の事で進展はねぇのか?」

「む……」


 今度は宏太から訊かれる。

 当然、亜美と希望のことだ。 ひどい話だが、何も進展していない。

 2人は何も言わないが、きっと待っているに違いないのに。


「なんだ、まだ何も進展してないのかよ。 雪村と何の為に別れたんだお前」

「ぐっ……」

「何も考えてないんじゃないのか?」

「そんなことはないんだが……」

「雪村も可哀想だよなぁ。 せっかく長年の想いが通じて幸せだったのによ」

「……」


 希望には本当に悪かったと思っている。

 何度も頭を下げて謝っている。 あいつは「想定内だから」と、許してくれているが……。


「なぁ、何を迷ってるんだ?」

「何をって、お前……2人の事でだな」

「……違うだろ」


 宏太は、前を向いて走りながらそう言った。


「違うってなぁ。 何がわかるんだよ」

「わかるよ。 何年つるんでると思ってんだバカ野郎」

「バカって……」

「バカだろ。 おまけにクズだな」


 ひどい言われようだが、言ってることは間違いない。

 自分でもそう思っている。

 宏太にバカと言われるのが心外ではあるが。


「……」

「お前の事だ。 選ばなかった方が傷付いて落ち込むと思って前に進めない。 違うか?」

「……」


 痛い所を突いてくる親友。


「あの2人はな、そんなこと覚悟の上でお前と向き合ってるんだぞ。 わかるだろ? 2人はあれでも強い。 確かに一時的には落ち込んでフラフラするかもしれないけど、すぐに立ち直って『まだ諦めない、奪ってやる』ぐらいは言う奴らだ」


 宏太は、本当はしっかりした奴だ。

 普段は皆からバカにされたり雑に扱われたりするが、決めるとこでは決めるそういうやつだ。

 仲間の事だってよく見ている。


「いい加減にしてやれよ。 いつまでも待たせるな。 以上だ」

「……」



 ◆◇◆◇◆◇



 その日は、今まで以上に2人の事を考えていた。

 

「?」

「どうしたんだろね?」


 夕飯の準備に来てくれた2人も、俺を見て疑問に思ったらしく、首を傾げていた。

 宏太が言っていた事は真実だ。

 俺の中ではもう答えが出ている……それもきっとずっと前から。

 でもそれを選んだ結果、選ばれなかった方がどうなるのか……それを考えると、もう一歩を踏み出せなかった。

 だから今の心地よい関係に甘えていた。 

 

「夕ちゃーん、おーい」

「夕也くん?」

「ん、あぁ」

「だいじょぶ?」

「体調悪いの?」


 考え込む俺を心配して覗き込む2人。

 俺は「何でもない」と応えて、夕飯に手を付ける。

 そろそろ覚悟を決める時なのかもしれない。


「ね、本当に何でもない?」

「あぁ」

「んー、そう見えないよね?」

「旅行だってあるんだから、体調はしっかり整えておいてね」

「大丈夫だって」


 まったくこの2人は……。

 

「それにしても、潮干狩りかぁ。 水着の方が良いのかな?」

「水着じゃなくても、濡れても大丈夫な服持っていけば良いんじゃないかな? 私は体操服持ってくよ」


 亜美と希望は、旅行の話で盛り上がっていた。

 水を差すのは野暮というものかもしれない。


 結局、宏太に言われなきゃ覚悟も決められない俺は、あいつの言う通りクズ野郎なのだろう。

 


 ◆◇◆◇◆◇



 ☆亜美視点☆


 今日は夕ちゃんの様子が変だった。

 家に帰ってきて、希望ちゃんとその話をする。


「どう思う?」

「んー、体調は悪くなさそうだったよね」

「うん。 やっぱり私達の事かな?」

「かも」


 未だ答えの出ない悩みに、頭を抱えているのかもしれない。


「やっぱり、選べないのかな?」

「夕ちゃん、優しいからねぇ……どっちかを傷付けると思ってるんだと思うよ」

「私は別れ話された時点で傷付いてるんだけどなぁ」


 まあ、そうだよねぇ。

 よく、何も言わずにあっさり別れたものだと思う。

 もっと食い下がっても良かったはずだ。

 夕ちゃんがどんな答えを出しても、私も希望ちゃんも受け入れる覚悟は出来ている。

 それに、お互いフラれても夕ちゃんの事を好きで居続ける覚悟も。


「恨みっこ無しだからね」

「もちろん。 仮に亜美ちゃんが選ばれても、私は諦めないよ? 亜美ちゃんがそうだったようにね」

「私だって!」


 私と希望ちゃんはこの先ずっと、永遠に恋のライバルであり続けそうである。

 


 ◆◇◆◇◆◇



 奈央ちゃんがアメリカから帰って来た翌日。

 疲れているはずなのに、私達の為に企画してくれた1泊2日の潮干狩り旅行へ連れて行ってくれる。

 西條家専用バスに乗り込み、一路奈央ちゃんの別荘へと向かう。

 奈央ちゃん、一体幾つ別荘を持っているんだろう?

 聞くのも怖いから、黙っていよう。


「さ、西條先輩って凄い……」

「さすが過ぎる……」


 奈央ちゃんとの旅行初体験な後輩2人は、さすがに縮こまっていたのは言うまでもない。


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