第134話 近付く別れ

 ☆夕也視点☆


 2月6日、実力試験が終わった放課後。

 宏太の誕生日兼春人の送別会及び、試験お疲れパーティ―を俺の家でやることになっている。

 何故か俺の家で。


「いつもごめんね夕ちゃん」

「まあ、親もいないから良いんだが」

「だからいつも会場に使われるのよ」

「そうだね」


 幼馴染女子3人が、テーブルに料理を並べながら言う。

 から揚げやサンドウィッチ、パスタに野菜サラダとパーティー用のレシピが次々に出てくる。

 よくこんだけの食材あったな。

 テーブル一杯に並べられた料理を見てそう思った。


「美味しそうですね」


 黙って見ていた本日の準主役、春人が言葉を漏らす。

 しばらくすると買い出し組もやって来たので、満を持して主役を呼ぶことにする。


「もしもし、宏太。 準備出来たし来て良いわよ」


 奈々美が電話を掛けて呼び出す。

 どうやらすぐに来るらしいので、リビングに集まり待機する。


「でもそっかー……北上君も月末にはアメリカ帰っちゃうのねー」


 紗希ちゃんがしみじみとそう言う。

 そう、春人が日本にいられるのは今月末まで。


「ごめんね春くん。 送別会がついでみたいになっちゃって」

「いえ、開いてもらえるだけで嬉しいですよ」


 本当なら今日はパーティーなんてしないはずだったのだが、昨日の夜に急に決まったのだ。

 言い出したのは亜美である。


「本当、あっという間だったわね」


 奈々美の言う通りである。

 奈央ちゃんなんかは、暗い顔で俯いてしまっている。

 それを、紗希ちゃんと遥ちゃんで元気付けるように、頭を叩いている。


「痛いぃ!」


 結構本気入っていたようだ。


「そんなに暗くならないでください。 別に今生の別れではないんですから」

「そうだよねっ」

「うんうん」


 希望と亜美が頷く。

 とはいえ、日本とアメリカでは気軽に会うというわけにもいかないだろう。

 奈央ちゃん辺りは時間さえあれば簡単に行ってしまいそうだが。


「ささ、パーティーなんだから明るくいこうよー。 もうすぐ主役も来るわよん」


 紗希ちゃんがパンッと手を叩き、話題を締める。

 亜美達が「ムードメーカー」と呼ぶだけのことはある。


 ピンポーン……


「お、来たな」


 俺は立ち上がって、玄関へ向かう。

 ドアを開けると、本日の主役である宏太が立っている。


「よっ! 留年しそうな宏太クン。 まあまあ、あがりたまえ」

「試験の結果見て吠え面かくなよ?」


 そう言って靴を脱ぎ、遠慮なく家に上がる宏太。


「ふん、バカのお前が亜美にいくら教わったとて、俺を超えることはできぬぅ!!」

「言ってろ。 絶対に見下してやるぞ」


 2人でそのような話をしながらリビングヘ向かう。

 先に宏太にリビングへ入るよう促すと、ドアをゆっくりと開けて中に入る。


「誕生日おめでとう! あと留年ご愁傷様!!」

「まだしてねーよ!?」


 皆から笑顔がこぼれる。

 宏太は何だかんだで、皆から愛されるキャラクターだな。

 本人もこういうやりとりが楽しいのだと、俺にだけ語ったことがある。


「ささ、主役の席はここだよ宏ちゃん」


 と、亜美が春人と奈々美の間の席に案内する。

 宏太が座ると、奈々美が乾杯の音頭を取る。


「じゃあ、始めるわよ。 宏太の誕生日をついでに祝いつつ、春人との別れを惜しみながら、試験お疲れ様のかんぱーい!」

「なんだよそれ! 主役じゃないのか俺!?」

「かんぱーい」


 宏太の叫びは無視され、皆はジュースで乾杯するのであった。

 相変わらずの扱いである。


 各々が料理を食べながら、雑談を開始する。

 この光景も、もう見慣れたものである。


「ところで夕也」


 奈々美に声を掛けられて、そっちに視線を向ける。


「どうなのよその後は?」

「何の話だよ?」


 思い当たる節が無い。


「亜美と希望の事に決まってんでしょうが。 わざわざ振り出しに戻すようなことして、何考えてんの? あ、何も考えてないからこうなってるのよね」

「うるさいなぁ! ほっといてくれ!」


 別に何も考えていないわけではない。

 ちゃんと2人の事は考えているし、希望と別れたことも後悔してはいない。

 希望には悪い事をしたという罪悪感はある。 だが、あのままハッキリしない気持ちのままで付き合い続けていたら、いずれ傷付けることになっていたかもしれない。

 亜美も希望も、俺を信じて何も言わずに待ってくれているし、それには感謝している。


「奈々美ちゃん、今はこれで良いの」


 話に希望が割って入ってくる。


「実はね、亜美ちゃんを焚き付けた時から、こうなるかもしれないなって少し思ってたの。 想定の範囲内なんだよ、今の状況は」


 それは初耳だ。 希望は常にこうなる可能性を考えて俺と付き合っていたのか?

 大体、どうして希望は亜美を焚き付けたりなんか……。

 何もしなければ、俺が希望と亜美の間で揺れて悩むことなんて無かったかもしれないのに。


「まあ、半々ぐらいの確率だったんだけどね。 もしかしたら、迷わず私と恋人でいてくれるかもっていう期待もあるにはあったけど」

「予想してたから、あっさり受け入れて、あんまり落ち込んでないんだね」


 今度は横から亜美が口を出してくる。

 そうなんだよな。 やけにあっさり受け入れたから不思議だったんだ。

 実は俺の事そんな好きじゃないんじゃ? と思ったぐらいだ。

 

「希望ちゃん、結構必死に頑張ってたんだぞー! ちゃんと考えてあげてよ今井君!」


 紗希ちゃんが、ポッキーをカリカリとかじりながら言う。

 と、何か思いついたかのように「そだ!」と声を上げる。


「今井君、ポッキーゲームしよ!」

「「紗ー希ーちゃん!」」


 亜美と希望が即座にツッコむ。 さすが息ぴったりである。

 紗希ちゃんは割と本気だったらしく「ちぇーっ」と残念そうな顔をするのだった。

 紗希ちゃんが何を考えているのか、さっぱりわからない。


「キスなんてアメリカじゃ挨拶みたいな物でしょ? ね、北上君」

「んー、そうですね。 人によってはそんな風にしている人もいますね」

「ほらー。 今井君、挨拶しよ」

「彼氏君の事はどうすんのよ?」


 奈々美が呆れたように言うと──。


「舌入れなきゃセーフ!」

「柏原君が聞いたら泣いて怒りそう……」


 亜美がボソッと呟くのだった。


「なぁ、主役の俺がぼっちで料理食ってるのは誰も気にしてないのか?」

「珍しく静かだと思ったら、誰にも相手にされてなかったか」

「蒼井、胸が痛むから言うな」

「奈々美―、相手してやりなさいよー」


 紗希ちゃんの背中に乗っかり、コアラのようになっているのは奈央ちゃん。

 以前も似たような光景を見た気がする。

 最近になってわかったことだが、奈央ちゃんにはどうやら3つ目のモードがあるらしい。

 今が正にその「子供モード」である。

 あんまり発現しない、レアモードなのかもしれない。


「奈央、重い」

「えー。 いいじゃーん」


 このように、子供っぽくなってしまうのだ。

 どうやら、紗希ちゃんと遥ちゃんに対してだけ発現するようだ。


「まあ、俺は良いけどよ。 春人とはもっと絡んでやれよ? 来月からは気軽に会えなくなるんだぞ」

「ははは、気になさらずに……」

「春人君、向こう行く前にどこか行きたいな」


 最近は大人しかった奈央ちゃんが、久し振りに春人を誘っている。

 春人は二つ返事で「いいですよ」と頷く。

 ほう、2人の関係も少しはマシになったか?


「今度の休み、皆でパーッと遊びに行きましょうよ!」


 奈々美がそう提案すると、全員が賛成した。

 春人に思い出を作ってもらうための計らいだそうだ。

 春人は「十分思い出は作ったつもりですが、もう少し皆さんに甘えさせてもらいます」と頭を下げるのだった。


「お、俺の誕生日……」

「宏ちゃん、強く生きるんだよ……」


 亜美に背中をぽんぽんっと叩かれ、諭される主役の宏太を尻目に、パーティーは盛り上がるのであった。

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