第103話 一つの恋
☆亜美視点☆
希望ちゃんの話では、夕ちゃんは嫉妬してあんな事を言ったんじゃないかという事らしい。
私には確証がないけど、それならちゃんと話せば仲直りできる筈。
「よし……出来た!」
私はお風呂から上がってすぐに、編み物をしていた。
夕ちゃんと仲直りする為に、クリスマスにプレゼントするマフラーを編んでいたのだ。
「これを渡して、仲直りして、また優しく微笑んでもらうんだから……」
どんな事を言われても、どんな態度を取られても、私はもう諦めないと決めていた。
最初、夕ちゃんに嫌われたと思った時は、諦めてしまおうと考えた。
でも、私は諦めない事を選んだ。
ただ、夕ちゃんと仲直りする前に、どうしても片付けなくてはならない事がある。
◆◇◆◇◆◇
その数日後──
私は、春くんに呼ばれて学校の屋上にやって来ている。
放課後の屋上は、基本的には誰も来ない。
だからか知らないけど、告白の呼び出しなんかによく使われる。
私はもう、何人もの男子をここでフッてきた。
「亜美さん、わざわざ来てもらってすいません……」
「ううん、どうしたの?」
わかっているけど、敢えてそう聞く。
「あれから、夕也とはどうですか?:
「見ての通りだよ?」
まだ、仲直りは出来ていない事を伝える。
「……辛くはないんですか?」
「辛いよ? 当たり前だよ」
嘘ではない。 はっきり言って辛い。
今すぐ仲直りして、抱き付きたいと思う程である。
「……なら、僕とアメリカへ行きませんか?」
ようやく本題に入ったようだ。
以前にも聞いたこの言葉。
春くんからの、実質的なプロポーズだ。
「……アメリカ?」
「はい、アメリカの学校に編入するんです。 亜美さんなら試験も問題無くパスできる筈。 ここに、パンフレットもありますよ」
手に持っていたのは、向こうの学校のパンフレットだったのね。
「アメリカに行けば、夕也に会わなくて済みますよ。 夕也の事を忘れて過ごせるじゃないですか」
「……」
残念だけど、夕ちゃんを忘れる事なんてもう出来ない。
春くんは、私の夕ちゃんへの想いの強さを計り切れていない。
「僕なら亜美さんを傷付けたりしません。 僕なら亜美さんを幸せにしてあげられます」
多分、それは間違い無いだろう。
春くんなら、きっと私を大事にしてくれるし、幸せにもしてくれる。
夏祭りの時に占い師さんが言っていた「春くんとの幸せな未来」が、そこにあるのだろう。
でも、きっと夕ちゃんを忘れる事は出来ない。
幸せな中でも、ずっと夕ちゃんの事が心の中に引っかかったまま……きっとそんな未来だ。
それは、私が思い描く一番の幸せじゃない。
だから──。
「ごめんなさい春くん」
「亜美さん……」
「私は、アメリカには行けないよ」
「何故……夕也は亜美さんをこんなに傷付けたじゃないですか?」
「それでも好きなの」
「そ、そこまで……」
春くんは、俯いて拳を強く握る。
こんな私を好きになってくれた春くん。
申し訳なさで胸が苦しくなる。
「私には、夕ちゃんしかいないの。 だから、春くんの気持ちには応えられない」
春くんは、それきり黙ってしまい、私はその春くんの姿をずっと見つめていた。
やがて心の整理がついたのか、春くんは顔を上げた。
「夕也には勝てませんね……バスケも恋愛も」
まだ、少し悲しそうな表情だったけど、スッキリしたようだった。
私は、こんな私を好きになってくれた春くんにお礼をして、屋上を後にした。
これでようやく、春くんとの関係に白黒を付ける事が出来た。
私は、やっぱりあの占いを信じる事にしたのだ。
私にやってくる選択の時──今さっきの、春くんへの返事がそうだったのだと、私は思う。
傷付いた心で春くんの優しい言葉に流されていたら、私はきっと、アメリカで春くんと結ばれていたに違いない。
私は、自分の気持ちに正直な選択をした。 後の事はどうなるかわからない。
あの時、私と夕ちゃんの事を占ってもらうべきだったと、後悔している。
☆奈央視点☆
放課後に、春人君と亜美ちゃんが連れ立って屋上へ向かったのが見えた。
おそらく、春人君が亜美ちゃんに告白したのだろう。
先に体育館に来たのは亜美ちゃんだった。
一緒に春人君がいなかったということはつまりはそういう事なのだろう。
一つの恋が終わったのだ。
遅れて体育館へやってきた春人君は、普段通りに振る舞っていた。
部活の後で、私は春人君を緑風に誘った。
黙ってついて来たあたり、相当参っているのだろう。
「そのー、元気出してね?」
「はは……やっぱりわかります?」
「亜美ちゃんにフラれたんでしょ?」
「ええ、完膚なきまでに」
最近の亜美ちゃんを見れば、いけるかもと思っちゃう気持はわからないでもなかったけどね。
多分、今井君と何かあったのだとは推測していた。
それでもフラれるかぁ。
私は色々と話を聞いてあげた。 私に愚痴る事で少しでも気分が晴れるならいくらでも聞き役になる。
「そっか、頑張ったね」
「すいません、こんな愚痴を」
「ううん。 別に良いわよ」
店を出て、帰り道をゆっくりと歩く。
春人君は黙ったまま、私の隣を歩いている。
「ここにも、良い女いるんだけどなぁ」
ちょっと冗談ぽく言ってみる。
「そうですね」
「ち、ちょっと、素で返さないでくれる? 恥ずかしいじゃないの!」
「ははは」
「でもその、私だったらいつまででも待っててあげるわよ?」
「ありがとございます。 でもすいません、今はまだ……」
「だから、待つって言ってるじゃない」
そんな話をしながら、いつの間にか、私の家の前まで来ていた。
「今日はありがとうございました。 おかげで、少し楽になりました」
「そう? 私で良かったら、いつでも話を聞くわよ」
「その時は、またお願いします」
春人君は、ニッコリと微笑んでそう言い、手を振って後ろへ振り向いた。
春人君は頑張った。 結果はついてこなかったけど。
うん、私も頑張らないと。
「春人君!」
「はい?」
私は春人君の名前を呼びながら、走り寄る。
呼ばれた春人君は、こちら振り返った。
「んっ!」
「んん?」
目一杯背伸びして、春人君の唇を奪う。
とりあえず、今日はこれくらいで勘弁してあげましょう。
私の精一杯の頑張り。 ファーストキスである。
私は春人君から離れて、小さく手を振って。
「また明日ね?」
「はい」
春人君は戸惑った様な表情で手を振り返し、帰っていった。
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