第102話 傷心

 ☆亜美視点☆


 気付いたら私は、自分の部屋で泣いていた。

 夕ちゃんに、誤解だと伝えても話を聞いてもらえなくて、「もう好きだなんて言うな」と言われてしまった。

 どうしてあんな嘘を吐いてしまったのだろう……。

 あの日、春くんとお出掛けなんてしなければ良かった……そう思った。


「……ぐすっ」


 どうすれば許してもらえるんだろう? どうすれば、またあの優しい笑顔を向けてもらえるだろう?

 私は、これが夢であるように願いながら、眠りについた。



 ◆◇◆◇◆◇



「ごほっ……うぅ……」

「風邪だねぇ」


 翌朝目が覚めた私は、高熱を出して起き上がれなくなっていた。 無理矢理起きて夕ちゃんの家に行こうとしたものの、希望ちゃんに止められてしまった。


「学校には私が言っとくから、ゆっくり休んでね?」

「あぅ……夕ちゃん……会いたい……」

「あはは、学校終わったら会いに行くように伝えるから」

「……夕ちゃんに……嫌われた……」

「え?」

「うぅっ……ぐすっ」

「えっと……とにかく、ゆっくり休んでね?」

「うん……」


 希望ちゃんは、それだけ言うと「行ってくるね」と部屋を出ていった。

 今はあまり、夕ちゃんの事を考えないようにしよう……。

 そう思い、朦朧としていた意識を手放した。



 ◆◇◆◇◆◇



 お昼頃に目を覚ました私は、近くにある病院で診察を受けて薬をもらった。

 帰りに近くの公園に寄り、ベンチに腰掛けて夜中の事を思い出していた。

 もしかしたら、もう2度とあの優しい笑顔を自分に向けてくれないかもしれない。

 そう思うと、怖くて仕方なかった。

 考え出すと、どんどん悪い方へ考えが行ってしまう。

 私は頭を振って、立ち上がる。


「帰って寝よう」


 無理矢理に思考をシャットアウトした。

 それにしても今日は寒い。 風邪を引いた身にこれは非常に辛い。

 私は夕ちゃんから貰ったマフラーをしっかりと巻き直して──。


「そうだ……毛糸を買わなきゃ」


 夕ちゃんにマフラー編むんだった。

 そうしたら、夕ちゃんはまた笑顔になってくれるに違いない。

 クリスマスに間に合わせなきゃ……。



 ◆◇◆◇◆◇



 家に帰って早速編み物を開始するも、高熱の所為で集中力が保たない。

 頭がクラクラして、編み物どころじゃなかった。

 私は早々に切り上げて、再度睡眠をとる事にした。

 

 次に目が覚めたのは、もう夜の8時だった。 

 どうやら薬が効いて良く眠ってしまったようだ。

 スマホには皆からのお見舞いメッセージが届いていた。


「皆、優しいなぁ……」


 ただ、そこには夕ちゃんのメッセージだけが無かった。

 やっぱり私は夕ちゃんに嫌われて……。


 コンコン……


 突然ドアをノックする音が聞こえてきた。


「はい……」

「俺だけど」


 夕ちゃんの声だった。

 私は反射的にベッドから起き上がり、ふらつきながらドアの前まで移動する。


 ガチャッ……


 ドアを開けると、夕ちゃんが立っていた。 それを見ただけで、涙で視界が歪む。


「大丈夫か? 夕方来た時はうなされてたけど」

「え?」


 夕方にも来てくれたんだ……。 私嫌われてないのかな? それともあれは、高熱の所為で見た夢?


「えぇと……ちょっとまだ熱が下がらないみたい」

「そっか。 今晩はゆっくり寝ろよ? ベランダに出るんじゃねぇぞ。 じゃあな」

「……あの、ありがと」

「別に幼馴染のお見舞いぐらいは普通に来るっての。 昨夜はあんなこと言ったが、その……っ、大事な幼馴染には変わりねぇんだからよ……」

「あぅ……夢じゃ……無かったんだ」

「……あぁ」

「じゃあ、私は夕ちゃんに女として嫌われたんだ?」

「……」


 夕ちゃんは黙って下を向いそのまま何も言わずに部屋を出て行ってしまった。

 私は、追いかける事も出来ず膝から崩れ落ちる。


「自分に素直になったのに……幸せになんてなれなかったぁ……」


 あんな占いを信じた私がバカだったのだと、そう思うしかなかった。




 ☆夕也視点☆


「じゃあ、私は夕ちゃんに女として嫌われたんだ?」


 亜美はふらついた体と潤んだ瞳でそう言った。

 俺は「そうじゃない、違うんだ」と、口を開きかけたが、どうしても春人と亜美の抱き合っている映像が頭から離れず、頭の中でどす黒い物が渦巻いている感覚に苛まれていた。

 気になった俺は、今日の昼春人に確認を取った。


「亜美さんから僕の胸に飛び込んできたんですよ」


 あいつは何食わぬ顔でそう言った。 亜美の言っていた「踵を踏まれて躓いた」とは違う答えが返って来たため、どっちが本当のことを言っているのかはわからない。

 

「……」


 不安そうな瞳で俺を見つめる亜美に、俺は声を掛けてやることも出来ず、そのまま亜美の部屋を後にした。

 俺は何をやってるんだ……。



 ◆◇◆◇◆◇ 



 それから2週間程経過した。

 亜美は体調もすっかり良くなって、いつも通りの日常が戻ってきた。

 不自然なほど明るく振る舞う姿に最初は戸惑ったが、誰もそのことに対して言及しないので俺も敢えては何も言わなかった。

 ただ、希望だけが「最近の亜美ちゃんは張り合いが無い。 ちょっと前の亜美ちゃんに戻ったみたいだよ」と、少し不満げに言っていた。

 どうやら亜美は、俺との一件を誰にも話していないようだ。 自分の中で全て片付けてしまったのだろうか?

 俺とも、以前のような幼馴染ポジションに収まったような距離感で接してきて「好き」という言葉は一切言わなくなった。

 

 夕飯を食べていた時である。


「亜美ちゃん、最近どうしたの?」

「え、何が?」


 今の亜美と張り合っても面白くないと言った希望が、亜美に問う。


「夕也くんを奪おうって気が無くなったみたいに、全然何もしてこなくなったじゃない?」

「あー、うん……」


 俺は黙ってその様子を眺めていた。

 亜美は俺の顔を一瞥すると──。


「私、夕ちゃんにフラれたから」


 笑いながら、そう言った。

 それを聞いた希望は、俺の方に視線を向けて「ほんと?!」と、大声を上げる。

「そう、なるのか?」

「ええ……」

「つまり、亜美さんはフリーになったんですか?」

「最初からフリーだけどね」


 明るい笑顔見せる亜美だが、希望はそんな亜美を心配そうに見つめていた。

 長年、家族として過ごしてきた者には見えるのだろう。

 亜美が見せるその笑顔の向こう側にある、暗い感情が。

 

 


 ☆希望視点☆


 どうも最近、亜美ちゃんの様子がおかしいと思っていたらそんな事になっていたんだ。

 夕也くんが亜美ちゃんをフッた──単純に考えれば私を選んでくれたってことになるんだけど、どうもそんな感じには見えない。

 亜美ちゃんは無理に笑顔を作っているのが丸わかりだし、夕也くんの方も何か様子がおかしい。

 これは、何かあるね。



 ◆◇◆◇◆◇



 家に戻った後、お風呂へ入った亜美ちゃんの後、すかさず私もついていく。


「うわわ」

「さて、話してもらうよ?」

「な、何を?」

「夕也くんと何があったのかをだよっ!」

「うっ……」


 亜美ちゃんは言葉に詰まり、俯いてしまった。

 私は亜美ちゃんが口を開くまで根気よく待つことにする。

 少しすると、観念したのかゆっくりと話し始めた。


「私が春くんと出掛けたことを隠してたのがバレてね」

「え? それだけ?」

「何だか、ネットにその時の写真が出回ってるらしくて、私と春くんが抱き合ってる写真とかを見たらしいの」

「抱き合ってたのっ?!」


 亜美ちゃんは「そういう意味で抱き合っていたんじゃない」と否定する。

 どうやら、躓いた亜美ちゃんを春人君が支えていただけらしい。

 そのことは夕也くんにも話したが信じてもらえず今に至るという事らしいのだけど……。


「それって、夕也くんがただ嫉妬しただけじゃないのかな?」

「……えっ?」


 目を丸くして顔を上げる亜美ちゃん。 話を聞くとそうだとしか思えないし、夕也くんの様子がちょっと変なのも頷ける。

 決して夕也くんは亜美ちゃんが嫌いになったわけじゃない。 むしろ好きだからこそ嫉妬して、思っても無い事を言ってしまったんじゃないかと思う。

 本人に確認すればわかるはず。


「明日、夕也くんに話を聞いてみよう? きっと大丈夫だよ」

「それは良いんだけど、どうして恋敵の私を助けるの? 放っておけば、勝負がつくんだよ?」

「それは、まだ夕也くんの心の中に亜美ちゃんがいるからだよ」

「夕ちゃんの心の中に?」


 嫉妬するというのは、まだ亜美ちゃんが好きだからだ。

 他の男の子と仲良くしているのが嫌だからだ。


「私の勝利条件は、夕也くんの心から亜美ちゃんを消す事。 こんな終わり方じゃ、夕也くんの心にはずっと亜美ちゃんが残り続けちゃうと思うの」

「そうかなぁ……まあ、私としてはまだ希望があるなら良いんだけど……でも、ちょっとだけ待って」

「待つって?」

「夕ちゃんと話をする前に……ちゃんと決着をつけなきゃいけない事があるから」


 そう言って亜美ちゃんは、お風呂から出ていった。

 決着ってなんだろう?

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