第96話 全国区
☆夕也視点☆
1戦目の相手をダブルスコアの70-30で下した俺達は、軽くミーティングを終えた後で少し休憩時間をもらっている。
「夕也くん1戦目お疲れ様!」
「おう。 まあ、本番は次だけどな……」
次の星城戦が本番。 ここに勝てば全国も十分見えてくる。 夏の県優勝校でインターハイ16強まで行った強豪校だが、どちらにして倒さなければならない相手である。
「は、春人君、次も頑張ってね」
「はい」
春人と恋人ごっこ中の奈央ちゃんも応援に来ている。 なんか顔赤いぞ?
宏太は宏太で奈々美に労ってもらっているようだ。 高校に入って7ヶ月、周りの状況もだいぶ変わったな。
「夕ちゃん、頑張って」
「あぁ」
「皆凄かったし行ける行ける!」」
亜美と紗希ちゃんの応援でやる気も十分だ。 遥ちゃんも気合いを入れてくれたし、行ける気がしてきたぜ
。
「サンキューな皆」
短い休憩時間を終えて、再びコートの方へ向かう俺達。 先輩も次が正念場だとわかっているのか、表情に気合が入っている。 ここに勝ったからと言って全国行きが決まるわけではないが、大きく近付くことには変わりないのだ。
ベンチの前で円陣を組み気合を入れる。
「よぉし! ここ勝って勢いに乗るぞ!」
「おうっ!」
◆◇◆◇◆◇
試合開始のブザーが鳴りボールが春人に渡った。 俺にマークが付いてくる。
「付き合ってもらうぜ、月学1年の今井」
「?」
俺のマーク星城2年、同じスモールフォワードでエースの早川さん。 マジかよ、全国区のトップクラスのプレーヤーに名前を覚えられてるなんて光栄だ。
しかし、この人とマッチアップか……。 俺で果して相手できるか?
チラッと春人の方に目をやると、さすがに苦戦しているようだ。
しゃーねぇ、マークを剥がしてボール貰うか!
なんとか、マークを剥がそうと動き回る。 が、さすがに全国区プレーヤー。 簡単には剥がせない……。
「くっ」
「まあ、落ち着けよ。 始まったとこだぞ?」
「ですよねー」
春人は俺を見て、パスを諦めたのようで突破を試みる。 低い姿勢で切り込みフロントチェンジで1人を抜いた。
「なんだ、抜けるんじゃねーか」
それを見て、俺達も上がっていく。 スリーラインの辺りで宏太がボールを貰い、ドリブルで突破しレイアップを決める。
「っし」
「ナイス宏太」
「さすがですね」
「おう。 しかし、夕也のマッチ相手がかなり厄介そうだな」
「ああ、さすが早川さんだ。 簡単には崩れねーよ」
とりあえず先制できたことで、勢いに乗れるだろう。
このまま行きたいところだ。
相手ボールで試合が再開する。
早速早川さんにボールが渡り、俺とのマッチアップになる。
「……」
スティール出来る隙は見当たらないな。 目の前で悠々とボールを突く早川さんの、一挙手一投足を見逃さないように集中する。
パスか? 突破か?
「今のうちに『差』ってものを見せといたほうが良いよなぁ?」
「?」
そう言うと、鋭いドリブルで突破してくる。
「簡単に抜かせるかっ!」
コースを塞ごうと反応したが、早川さんは急ブレーキをかける様に止まったかと思うと、逆に切り返して俺の左を抜いて行った。
「なんつーキレだよ……」
その後もあっさり先輩を抜いて、2ポイントをあっという間に返された。 先輩も「ありゃ簡単には止まらんな」と、ぼやいた。
「悪いな今井。 あんなのの相手を任せちまって」
「本当ですよ……」
まざまざと「差」を見せつけられた。 あれが全国トップクラスのプレーヤーかよ。
「今井」
「っと」
ボールが俺に渡ってきた。 よし……。
「やってやらぁ」
俺は、ボールをドリブルしながらサイドを突破しする、素早くフォローに来た早川さんと再びマッチアップする。
「……」
パスコースを確認するが、綺麗にマークされている。 さすがに穴が無いな。
抜くしかないか、この人を。
背中の後ろでボールを突きながら隙を窺う。 意を決して、勝負を挑む。
右から左へのフロントチェンジ……。
体重を左に傾け、フェイントを仕掛ける。 早川さんも体重を傾けてコースを塞ぎにきた。
それを確認し、俺はフロントチェンジを行わずにそのまま右へ体重を戻して右から抜きに行く。
「良い、インサイドアウトだな。 俺じゃなきゃ抜かれてるぜ」
「なっ?!」
完全に虚を突いたつもりだった。 抜いたと思ったのに、俺について来た。
「悪いけどな、まだまだ1年にやられてやるわけにはいかねんだわ」
「っ……」
油断した隙にスティールまで決められた。
「くっそ!」
ここまで差があんのかよ!
っさりと決められて、逆転を許してしまった。
「……はぁ」
「夕也、どんまい」
「凄いプレーヤーですね、あの人」
はっきり言って、ここまで差があるとは思わなかった。 なんだかんだ言ってもやれると思ってたんだが目論見が甘かったようだ。 この2プレーでその差をまざまざと見せつけられてしまった。
その後、2Qまでの間俺にボールが何度か回るも、勝負する気に慣れずに春人や宏太にパスを回しお茶を濁すプレーが続いた。
「なぁ、今井。 勝負する気はないのか」
「勝負なら最初の2プレーで決まったようなもんでしょう?」
「つまんねぇなおい。 楽しめる相手だと思ったんだがなぁ」
そう言いながら、目をギラつかせる早川さん。 楽しめる? 冗談だろ。
前半2Q終了のブザーが鳴り響く。
「はぁ……」
スコアの方に目を向ける。
20-32で、まだ何とか食らいついてるが、俺が早川さんに勝てない所為で点差が詰められないでいる。
「すいません……」
「気にするな。 お前がマッチアップしてくれてるからこの程度で済んでるんだ」
「……」
「しかし、このままじゃあラチが開かんぞ」
「ですねぇ」
ベンチに座り体力を回復しつつ、打開策を考える。
しかし、個人技の力量差をどうしようってんだ……。
「夕也」
「あん?」
春人に声を掛けられる。 真剣な顔で俺を見下ろす。
「僕は、夕也なら勝てると思いますよ」
「はぁ……1Qを見ただろ? 無理だ」
「たった2回抜かれただけだろ? 俺はそこまで差があるようには見えないぜ?」
宏太が肩をポンッと叩く。 何言ってんだよこいつらは……。 相手は全国屈指のスモールフォワードだぜ?
「佐々木と北上の言う通りだ。 この試合、お前が早川を超えられるかどうかに懸ってる」
「先輩」
「頼むぞ今井」
そう言われても困るんだが。 しかし、俺が早川さんを抜けるかどうかに懸ってるのは間違いないな……。
くそ……。
3Q開始直後も、俺にボールを回してくる先輩。 スパルタ過ぎんだろ!
「おうおう、いいのかねぇ? そっちのエース萎縮しちゃってるけど?」
「っ」
「うちのエースはそんな柔じゃないっすよ!」
宏太の奴、余計な事を……。 突破をしようと思うもプレッシャーに気圧される。
結局パスを出さされる。
「ふん……がっかりだぜ」
冷めたような顔でそう吐き捨てて、俺のマークを外した早川さん。 いつでも止められるってことかよ!
その後3Q中盤までシーソーゲームが続く。 強豪校相手に30-40で食らいついて善戦している。
しかし、その差が埋まらない……エースの差だ。
「……」
また俺にボールが回ってくる。 どうして俺に回すんだよ……。 目の前に立つ早川さんも、最初のようなギラついた目はしておらず、退屈そうな目で俺を見ている。 完全に相手にされなくなってしまったようだ。
「……」
パスを出そうと、視線の動きだけで周囲を確認する。
その時だった。 応援席の方から、大きく通る声が聞こえてきた。
「夕ちゃーん! 逃げるなー! 夕ちゃんなら、絶対勝てるよー!!」
聞き慣れた幼馴染の声が──。
あいつは、他人事だと思いやがって。 俺はお前みたいに全国No1プレーヤーじゃねぇんだよ!
「いけぇー!!」
「ったく……やってやるよ!」
体の力が抜けて、軽くなったような気がした。 自然と体が動き、目の前の化け物と対峙する。
「彼女の声援でやる気出たか、あん?」
「幼馴染っすよ!」
先程までやる気無さそうだった早川さんが、ギラついた目を再び見せる。
春人も宏太亜美も、俺を買い被りすぎだ。 だけどな、信頼されたエースが何もせずに終わるわけにいかねぇよなぁ?
「まだ、抜かれてやるわけにはいかねぇって言ったよな!」
「そろそろ抜かせてもらいますよ」
言うが早いか、レッグスルーを連発し早川さんを挑発する。 そのまま前進し、速度を上げて抜きに掛かる。 レッグスルーからのフロントチェンジ。
「ちっ、キラークロスオーバーかよ?!」
ようやく出し抜くことに成功した。 体勢が戻りきらない早川さんを置き去りにして、ペイントエリアに切り込みレイアップを決める。
「っしゃ!」
「ナイス夕也! よくやった!」
すぐに自陣へ戻り、ディフェンスにつく。
早川さんとの勝負に勝てたことで、ステージが上がった気がする。 相手の攻撃も、パスカットでターンオーバーして、春人がストリート仕込みのテクニックで強豪校のプレーヤーを手玉に取る。
俺が、早川さんを一度抜いたことで流れが変わったようだ。
「さっきのがマグレじゃないか確かめてやるよ。 来な!」
「いつまで格上のつもりですか」
自信が付いた俺は、その後も大暴れ。 4Qでも早川さんとの勝負になんとか勝ち越し、試合も終わってみれば60-50と逆転して勝利していた。
全国16強の強豪校を倒したことで、月学に注目が集まってしまう。
これで、明日2戦勝てれば全国だ。
「まさか試合中に追い越されるとはなぁ、おい」
「マッチアップありがとうどざいました」
「けっ……まぁ、頑張れよ」
早川さんはそう言って、背中を見せながら手を振ってコートを去った。
「夕ちゃんー! かっこよかったよー!」
俺は、応援席から声を掛けてくれた幼馴染に手を振って感謝の意を示すと、その幼馴染は笑顔でVサインを返した。
勝てたのは、あいつのおかげだな……。
今度またパフェでも奢ってやろうかと、思うのであった。
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