第95話 気持ちの変化

 ☆奈央視点☆

 

 あれから2週間が経った11月1日。 私の誕生日まで後10日に迫った今日は、月ノ木学園高等部バスケ部のウィンターカップ県予選である。

 今までバスケ部の応援に来たことは無かったのだけど、今回は春人君の疑似恋人として応援の為にやって来ている。

 今思えば、友人が参加しているというのに一度も応援に来なかったなんてひどいわね。 私達の全国大会にも駆けつけてくれたわけだし、ちゃんと応援しないとね。

 というわけで、月ノ木学園バレー部の皆で応援だ。


「部活の時、たまに横目で練習見たりするけど、試合するの見るのは初めてだわね」

「そうね」

「夏はどこまで行ったんだっけ?」


 私は知らないけど、亜美ちゃんが「2回戦で負けたよ」と答えてくれた。

 2回戦かぁ……大丈夫なのかしらね?


「夏は、まだ入学してすぐだった夕ちゃんと宏ちゃんが、あまり試合に出してもらえなかったみたいだよ? 今は夕ちゃんもチームのエースとして認識されてるし、宏ちゃんもスタメンだし、春くんも加入したし、今回は全国行けるよ!」


 亜美ちゃんは彼らを信頼してるようだ。 さっき紗希が言ってたように、私は練習風景をチラチラと横目に見たりしていただけなので、彼らの実力の程を知らない。 県大会まで来れるので地力はあるのだろう。

 私もバスケはそれなりに自信あるけど、まさか私以下なんてことは無いわよね?


「3人ってどれくらい上手いんだい?」


 私の代わりに遥がその疑問を口にした。 その疑問には、奈々美が答える。


「夕也と宏太は亜美が1on1で勝てないぐらいには上手いわよ? 春人もアメリカのストリートバスケでブイブイ言わせてたみたい」

「亜美ちゃんが勝てないの?」

「ひぇー」


 あの亜美ちゃんが勝てないんなら、相当のレベルね。  

 月学の選手がコートでウォームアップを始める。 

 1回戦とはいえ、見ているこっちも緊張するわね。 選手としてコートに立つ緊張感には慣れたけど、これはまた違った緊張感ね。


「1戦目の相手ってどうなの?」


 栗富士高校というらしい。 県大会まで来るぐらいだから弱くは無いのだろうけれど。

 高校バスケに詳しくない私達には誰もわからないようだ。

 ただ、今井君から話を聞いていたのか、希望ちゃんが答えてくれた。


「1戦目は問題ないけど、2戦目が強豪校と当たるらしいの」

「強豪?」

「夏の大会で県優勝した星城大付属ってとこだって」

「県優勝校……」


 2戦目からそんなのと当たるのね。 運が無いわねー。


「大丈夫だよ。 夕ちゃん達なら」

「そうね」

「うんっ」


 幼馴染達の信頼はとても厚いようである。 コートの中では両チームのウォームアップが終了して、試合開始前の作戦会議を行っている。

 しばらく見ていると、スタメン選手がコートに散らばる。

 3人の背番号を見ると今井君は7番、佐々木君は8番で春人君は6番。 一概には言えないが背番号でポジションがわかることもある。

 6番はシューティングガードであることが多い。  基本的には外からのシュートやドリブルで切り込んで得点に絡むプレーヤー。 必要に応じてパスも出せる判断力が試される。

 7番はスモールフォワード。 エースであることも多い。 ゴールに向かって多少強引なアタックを仕掛けていくチームの点取り屋で、中外のどちらからでも点が取れる技量が必要である。

 8番はパワーフォワード。 主にインサイドでプレーをする選手で、ポストプレーやハードなプレー、シュートブロックなんかも請け負う選手で、フィジカルの強さや身長が大事なポジションある。

 

「頑張れ月学ー!」

「負けんなよー!」


 紗希と遥が声を出して応援をしている。 この2人はバレーの試合中でも声をよく出してくれる、ムードメーカーでもある。

 コートの月学の選手達が、声援に応えるように手を上げた。


 ブザーが鳴り試合が始まる。

 ジャンプボールを制したのは月学。 早速、春人君がボールを持ってドリブルで切り込んでいく。


「おお、凄いキレのあるドリブルね」

「うん、ストリートで慣らしたスピードのあるドリブルだね」


 亜美ちゃんの解説にも熱が入る。 サイドを駆け上がり、あっという間に敵陣のスリーポイントラインの前まで入り込んだ。

 一旦足を止めて、周囲の確認をする春人君。 パッと見てマンツーマンディフェンスであることがわかる。 マークが厳しくてパスを出すのは難しそうだ。

 春人君もそう判断したのか、自分で切り込む選択をしたようだ。 1VS1の勝負が始まる。

 春人君がドリブルで切り込むと、相手ディフェンスが反応して動く。 すると、春人君はピタリとドリブルを止めてリングに視線を移す。 スリーを撃つのだろうと思ったがそれもフェイントだった。

 ディフェンスの選手がスリーを警戒してブロックに跳ぶモーションを見せると同時に、ドリブルを再開し脇を抜いていく。

 シュート・ヘジテイション──ドリブルからシュートフェイクを経てさらにドリブルで相手を抜くテクニック。 静と動のメリハリが大事である。

 見事に相手ディフェンスを出し抜いた春人君が、リングに向かってレイアップシュートを試みる。


「シュートブロック高いね」

「ええ」


 おそらくセンターであろう選手がブロックに跳んでいた。 それを受けた春人君は冷静にダブルクラッチを行い、相手の背中側に手を回してボールを放る。

 回転が加えられたボールはバックボードで跳ね返り、リングに吸い込まれた。


「っ……」


 ええ、か、かか、かっこいい!

 私が知っている春人君は、幼い頃のなよっちかった姿と、日本に戻って来てからの大人しい姿だけだった。 あんな好戦的な顔で、あんなプレーをする姿を初めて見たのだ。


「春くんナイシュー!」

「いいわよー!」


 亜美ちゃんと奈々美の声援に応える様に右手を上げて微笑む春人君。 他に応援に来ている女子生徒もキャーキャーと黄色い声を上げている。

 私も何故かも少しドキドキしている。

 そうか! わ、私はギャップ萌えだったのかーっ!?

 

「奈央どうしたの? 顔赤いじゃん」

「へっ、な、なんでもございませんわよ!」


 動揺でキャラ定まらなくなってしまっていた。 落ち着け私。 普段おとなしい人が、ちょっとかっこいい事しただけじゃないの!


「キャラ定まってないよ奈央ちゃん?」

「そんなことないですますわよ」

「ですますわよって……」


 とにかく、応援に集中しましょう!


「頑張ってくださいませー!」

「おお、声出るねぇ」


 今度は今井君が相手のボールをパスカットして、速攻をしかける。 完全にフリーになった今井君はボールをドリブルしているとは思えない速度で、相手ディフェンダーを振り切りダンクを決めてしまった。 

 どうやら、初戦の相手とはそこそこの力量差があるようだ。 というより、今井君、佐々木君、春人君の3人が想像以上にハイレベルなのだろう。


「話によるとだけど、夕ちゃんも宏ちゃんも全国で通用するレベルだって。 県大会で燻ってるのが不思議なくらいらしいよ」


 ここまでのプレーを見ても、そんな気はする。

 1戦目の相手は問題無く勝てそうである。 本番は次の試合という事になるのだろう。

 応援する私の視線の先で、春人君が普段見せないようなかっこいい表情で活躍するたびに、胸がドキドキするのを感じていた。


 まさか、こんな簡単に? 今まで一緒に居たりして、疑似とは言えデートもしたけどこんな風に意識したことは無かった。 なのに、普段は見せないようなちょっとかっこいいとこを見せられただけで──。

 私、恋に落ちちゃったかもしんない……。  

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