第91話 疑似デート

 ☆奈央視点☆


 本日は春人君との疑似デートである。 誕生日パーティーに彼氏を両親に紹介することになってしまったのだけど、困ったことにそんな相手はいない。

 今井君や佐々木君に頼んではみたものの、やはり無理であろうということになった。

 そんな八方塞がりの状況の中、声を出してくれたのが春人君なわけだけど、事の発端が春人君による私との婚約破棄なのだから困ったものだ。

 春人君は「僕に任せてくださいと」言っていたが果してどうするつもりなのだろうか?


 今は私は自室で、昨日選んだデート用の服に着替えている。


 1人で過ごすには広すぎる部屋には、豪華なシャンデリアやいくらしたか覚えていない花瓶が数点。

 大きな姿見や、メイクをする時に使うドレッサー、ベッドは無駄に天蓋幕付のベッドである。 床には毛の深い絨毯なんかも敷かれている。

 誰が見てもお金持ちの部屋である。 紗希が初めて来た時なんかは、大きな口を開けて呆然としていた。

 紗希の家に行って、初めて一般家庭の部屋を見た時は私の方が驚いたぐらいだ。

 でも、こんな無駄に広い部屋より、そういった部屋の方が落ち着くのだと最近分かった。


「よし! 化粧OK! 服装OK! 髪型OK!」


 これでもう少し身長があって、胸とかもあればなぁ。 紗希とか奈々美みたいなのはいらないの、せめて希望ちゃんぐらいは……。


「はぁ、行こうかな……」


 無い物をねだってもしかたないので、早々に諦めてデートの待ち合わせ場所である駅前に向かうことにした。

 私も春人君もデートの経験はゼロ。 なので私は紗希に、春人君は希望ちゃんに相談して今日のデートプランを決めたのだ。

 何故か2人とも共通しているのは市内のボケねこショップがデートプランに入っていること。 どうやら2人にとっては外せないスポットらしい。

 ということなので、今日は市内の方まで足を伸ばしてみることになった。


 待ち合わせ場所に5分ほど早く到着したが、まだ春人君の姿は無かった。 駅前広場の噴水前はデートの待ち合わせ場所に最適だ。 数名の男女が、私と同じように噴水の前で誰かを待っている。

 そのまま3分ほど待っていると──。

 

「奈央さん、お待たせしました」

「待ち合わせの2分前、合格!」

「は、はぁ……」


 春人君がやってくると、近くにいた女性達が一様に振り返る。 まぁ、誰が見ても美少年だから仕方ないわね。

 聞こえてくる声は「あの子かっこいい」とか「あの2人は兄妹かしら? 美男美女ー」とかだ。

 やっぱり妹とか思われてるのかしら。

 よぉし、ここは恋人っぽくいくわよ。


「さぁ行くわよ、春人君」

「はい」


 私と春人君はとりあえず電車に乗り込み、7駅先にある市内へと向かうのだった。

 電車の中ではお互い少し離れて座った。 やっぱり慣れていないのである。

 希望ちゃんや紗希は良くあんなにベタベタできるわね。 それとも、恋人になればそれぐらいは普通なのかしら?

 

 私は意を決して、少しだけ春人君の方へと身を寄せた。 距離にしたら10cmほどではあるが、結構勇気がいるものだ。

 大体これは疑似デート。 何を恥ずかしがることがあるのだ。


「ねぇ、実際のところどうやってお父様たちを納得させるの?」

「その辺は任せていただいて結構です。 何とかしますよ」


 頼りになるのかならないのか良く分からないけど、そこまで言うなら信じるしかない。 今は誕生日パーティーの日に、恋人っぽく振る舞えるように練習することに注力しよう。


「恋人ってこういう時でも、手を繋いだりするものなのかしら?」

「どうでしょう? 希望さんは繋げる時は繋ぐと言ってましたけど」


 ふぅん、紗希も多分繋ぐわよねぇ? 奈々美はどうなのかしら? でも、繋ぐ方が恋人っぽいわよねやっぱり。

 よし、繋いでみましょう

 私は、春人君の手を握ってみる。 細くて長い指はまるで女性の手のようだ。


「はは……ちょっと恋人っぽくなりましたかね?」


 少し困ったような顔をしてそう言う。

 それもそうか、所詮私達は偽りの恋人同士。 お父様にバレなように恋人を演じるだけなのだ。 そこに愛や恋愛感情というものは存在していない。

 何より、春人君の心の中には亜美ちゃんがいるのだ。


「……」

「あ、気にしないで下さい。 僕が奈央さんとの婚約を破棄した所為ですから」

「え、あぁ、うん」


 本当にこれでいいのかしら? 私がお見合いをしたくないからと言って春人君を巻き込んで。

 

「……」

「本当に気にしないでください。 それに、おじ様を納得させない限り、奈央さんが折れるまでお見合いをさせられるでしょう?」

「多分」

「それに、これは僕にとってもいい経験になりますよ。 何せ、デートなんてしたことは無かったですからね」


 いずれ誰かとデートする時の為の、予行演習という意味ではいい経験になるのだという。 「亜美ちゃんと」と、言わないあたりまだ自信がないのだろう。

 まあそれも仕方ないことではある。

 ここ最近の亜美ちゃんは、見るからに今井君Loveなのだ。 希望ちゃんから奪う気満々という感じなのである。

 あの状態の亜美ちゃんを振り向かせるのは、至難の業といえるだろう。


「わかったわよー。 もう気にしない。 春人君、頼むわね?」

「はい」


 私は、繋いだ手をぎゅっと強く握るのであった。


 ◆◇◆◇◆◇


 電車を下りて、紗希の立ててくれたプランと、希望ちゃんが立ててくれたプランを見比べてみる、


「えーと、2人ともがオススメのショッピングモールが近いわね」

「そうですね、行きますか」


 目的地を定めて、歩き出した。

 

 この辺りは、大きな駅の周辺という事もあり、大小様々なお店が並んでいる。

 喫茶店、カラオケ、ボウリング、映画館などなどデートに使えそうなスポットが目白押しである。

 

 歩き続ける事数分、目的のショッピングモールへ到着した。

 いろんなお店が立ち並ぶ商店街、せっかく出て来たのだから楽しむ事にしよう。


「春人君、手始めに宝石店を見るわよ」

「さ、さすが西條家の令嬢ですね……手始めがそれなんですか」

「あったりまえよー! 気に入ったら店ごと買うわよ」


 春人君も「さすがにそれはやり過ぎでは?」と、苦笑いしながら、人差し指で頰を掻いていた。

 あれ? 気に入ったら店を買うのは普通じゃないのかしら? 私、結構衝動買いしてるんだけど。


「いらっしゃいませ」


 店員さんが、声を掛けてくれるが、子供カップルだと気付いたのかそれ以降は何も言って来なかった。

 客を見た目で判断するなんて、ここはダメねー。


「んー、中々綺麗ねー」


 キラキラしたアクセサリーがたくさんあって目移りする。

 数万から数百万の物まで様々である。

 私はその中の一つであるネックレスに目を止めた。

 ピンクダイヤが台座にはめ込まれた可愛いネックレス。

 お値段もお安い。


「すいません、これ見せてもらいたいのですが?」

「少々お待ち下さい」


 そう言ってショーケースを開けると、そのネックレスを取り出して近くで見せてくれる。

 ピンクゴールドね。 可愛いじゃない。


「買うわ」

「え?」

「買うって言ってますのよ」


 私を小学生か何かと間違えているのか、目をパチクリしている。

 少々戸惑っていたようだが、それでも会計してくれるようだ。


「カードで」


 私はカードケースからサッと黒いカードを出した。

 店員さんはギョッと目を見開き、カードと私の顔を交互に見やり冷汗を流していた。


「早くしてよー、連れが待ってるの」

「は、はい」


 店員さんからカードを返してもらい、ネックレスを受け取って店を後にした。

 全く、教育がなっていないわね。


「奈央さんからブラックカードが出てきたら普通はああなりますよ」

「子供みたいで悪かったわね!」

「いえいえ、奈央さんは立派なレディーですよ」

「ふ、ふん。 次はどの店へ行こうかしら?」


 少し照れ隠しをしながら、次の店を探すのであった。


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